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第三章(その4) 進捗3(監視ビデオ)
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「既に取りかかっているところ、誠に申し訳ないが、再度念のため、確認する日付は、四月二十七日午後六時からにしてもらえませんか。後の条件は同じ。二十七日から二十八日早朝にかけての二人の行動も、できれば確認しておきたいので」
戸田は、申し訳なそうに言った。
「それと、なるべく早く終わるように、できれば一発ビンゴで頼みたい」
自分で言いながら、戸田はすぐにうち消した。無理かもしれんがな……と。
既に四人とも長期戦を覚悟している。サンダル履き、上衣は椅子の背もたれ、好みの飲み物、目薬、座布団、生憎煙草だけは別室だったが、それはやむ得ないところか。
十一時きっかりではなかったが、渡辺係長が来て一瞥すると出ていった。戸田に、嫌味のひとつも聞かせてやれない、実に残念な状況だと、わかったらしい。代わりの犠牲者が誰かは、戸田の知るところではない。
二十七日に河瀬奈保子が行ったと証言した【モーテルのだ】、おそらく純子が行ったのではないかと名を挙げた【西ホテル】からの監視ビデオの提出は、リストに挙がっていなかった。
提出リストを見ながら、戸田はやりきれない気持ちになっている。
監視ビデオすら設置していない、場末の古びたホテル。たとえ少女であっても、商売であれば場所は選ばないと言うことだった。
かつて戸田が補導した少女のことばが、不意に蘇ってきた。
『あれやるホテルってね、汚い方がいいんだよ。男がすぐ出ようって思うから。安いからいいじゃんとか言ってるけどね。本音はね、早く済ませてくれた方がいいもの』
戸田は、夜に友だちと遊びに行く金が工面できなくて、その日の昼間テレクラで見つけた男と寝た少女を知っていた。待ち合わせの時刻まで時間がなくて、文字通り男が嘗め回した肌を洗い流す時間すらなくて、ホテルから直行した少女を知っていた。
「戸田さん。ビデオ回ってませんよ」
瀬ノ尾が声をかけた。
「ああ」
戸田はしぶしぶ再生スイッチを入れかけて止めた。
「もう一面倒かけますが、該当者に限らず、未成年らしきの女性とその連れの画像データは、別途コピーしておいて欲しいんですが」
戸田の応援に来ているのは、県警生活安全課の二村巡査長と吉佐巡査部長である。
「ええ、そのつもりでやってますよ。場合によっては、そのままこっちで引き継ぐ可能性も高いですから」
二村がにやりと笑った。この事件を利用して、発覚した人物に児童買春処罰法違反の投網を打って、ごっそりと摘発する腹づもりらしかった。
「携帯電話の通話記録とプロバイダーのアクセスログが出れば、一気に進むんですが。週明けの回答なら、我々が手に取れるのは早くても十日過ぎ。もう少し早くならんもんですかね」
「まったくだ。河瀬とか言う子が履歴を消去してなければ、今頃は何人挙げてたことか」
二人の大げさなため息が漏れた。
翌五月五日、六日。
各捜査区域は日毎に順調に広がり、戸田班の重ねられたビデオは暫時減りつあった。
だが、捗っているように見えて、実は捜査自体は何も進展していない。
つまりはそう言うことだった。
五月七日午前八時三十分。捜査会議は定例時刻に始まっている。
この三日間、戸田は午前八時過ぎには西署に赴き、捜査会議が終わると深夜まで県警本部で監視ビデオを見つめ続けていた。その間、渡辺係長はしばしば覗きに来た。
「タイムセンサー付きの監視ビデオみたいですね」
何度目かに吉佐巡査部長が呆れて言った。
「ああ、おれに気があるんならある、ないんならない。はっきり告白してくれれば、ごめんなさい。お付き合いできません。きっぱり断るんだが、証拠のない思い込みは刑事のタブーなんでね」
戸田がぼそりと答えると、二村巡査長が言った。
「いい係長じゃないですか。一応差し入れも頂きましたし、うちなんか怒鳴るばかりで」
昨夜、戸田の机に置いてあったドーナッツのことだ。
瀬ノ尾は笑い出した。
瀬尾は見たのだ。
昨日昼過ぎ、小用に立った戸田が、覗きに来た渡辺係長と鉢合わせになった。
いきなり、戸田が口を開いた。
『係長。見回りご苦労様です。痔主の年寄りに長時間の座職は、堪えますねえ。ドーナッツ座布団とまで申しませんが、なにか労りが欲しいもので。人知れず隠し通す苦しさは、係長なら、十分ご存じのはずですが』
人知れず、係長なら、に奇妙なアクセントが付いている。渡辺係長は、むっとしたまま吐き出した。
『たまには、苦労すればいいんだ』
その挙げ句がドーナッツの差し入れらしかった。
七日の会議も大きな進展はなかった。
西署から県警本部に向かう途中、戸田は言った。
「日高秀子は、今朝自宅にいた。昨日家族と一緒に旅行から帰ってきたそうだ」
「出署前にも一回りしてるんですか」
瀬ノ尾は感心した表情で戸田を見やった。
これで懸案のひとつは片づいたはずだが、戸田の表情はどこか冴えない。
『いつまで続くか見当も付かない、今の仕事に飽きてきたんだな、戸田さん。こっちも似たようなもんだけど』
五月七日、八日、九日。
代わり映えのしない状況が続く。積まれていたメディアが減るにつれて、戸田と吉佐は、ぼつぼつと抜き出した未成年女性および連れの画像の照会に掛かり始めた。補導者・犯罪者データベースの画像と照会していくのである。
五月十日昼過ぎから午後七時過ぎにかけて、サイト運営・管理数社に開示要請していたアクセスログ及びアクセス者の個人情報が順次持ち込まれてきた。
出会い系サイトの男性利用者は、ほとんど有料である。
携帯電話で利用する場合、携帯のメールアドレス、電話番号、登録名年齢住所を登録することになる。
それから、年齢確認のために、人物認証としての写真入りの認証票――免許証、保険証等が必要になる。
捜査する側としては、会員情報の提供を受けることがそのまま電話番号の特定に繋がる。
氏名等が虚偽登録されていたとしても、電話番号、または課金用のクレジットカードから本人の特定ができることになる。
午後十時過ぎ。
津田純子並びに河瀬奈保子が、四月二十七日から三十日にかけて出会い系サイト上に掲載したメッセージにコメントを返した全ての携帯電話の持ち主が明らかになったが、パソコンから接触した者に関しては、さらに解析を進める必要があった。
五月十一日午前八時半。
西署会議室は、異様な熱気に包まれていた。
『これで大きく動く。サイトの利用者が割れたんだ』
誰もが、そう期待しながら、配布される捜査資料を心待ちにしていた。
野路西署刑事課長が口を開いた。
「これから配布する捜査資料に参考人の住所氏名、また本人ならびに同居家族名義の車の詳細が記述してある。残念ながら、白のバンの直接所有者はなし。念を押して置くが、あくまでも現時点では、出会い系サイト上での接触に過ぎない。サイト上のメールボックスの内容に目を通して貰えればわかるように、また、河瀬奈保子の供述からも、最終的なやりとりはお互いの携帯メールまたは、直接通話で行っていると理解して欲しい。参考人の居住地から適宜、捜査該当所轄を割り当ててあるが、くれぐれも慎重な行動を期待したい」
すぐに声が挙がった。
「携帯キャリアの通話情報開示はいつですか。それ次第で、一気に踏み込める」
野路課長は、吐き捨てた。
「まだだ。開示の回答すらない」
モメンに直接行かせろ! 誰かが叫んだ。
「木綿本部長のせいで、鹿箭島県警全体が舐められとるんじゃ」
戸田は、申し訳なそうに言った。
「それと、なるべく早く終わるように、できれば一発ビンゴで頼みたい」
自分で言いながら、戸田はすぐにうち消した。無理かもしれんがな……と。
既に四人とも長期戦を覚悟している。サンダル履き、上衣は椅子の背もたれ、好みの飲み物、目薬、座布団、生憎煙草だけは別室だったが、それはやむ得ないところか。
十一時きっかりではなかったが、渡辺係長が来て一瞥すると出ていった。戸田に、嫌味のひとつも聞かせてやれない、実に残念な状況だと、わかったらしい。代わりの犠牲者が誰かは、戸田の知るところではない。
二十七日に河瀬奈保子が行ったと証言した【モーテルのだ】、おそらく純子が行ったのではないかと名を挙げた【西ホテル】からの監視ビデオの提出は、リストに挙がっていなかった。
提出リストを見ながら、戸田はやりきれない気持ちになっている。
監視ビデオすら設置していない、場末の古びたホテル。たとえ少女であっても、商売であれば場所は選ばないと言うことだった。
かつて戸田が補導した少女のことばが、不意に蘇ってきた。
『あれやるホテルってね、汚い方がいいんだよ。男がすぐ出ようって思うから。安いからいいじゃんとか言ってるけどね。本音はね、早く済ませてくれた方がいいもの』
戸田は、夜に友だちと遊びに行く金が工面できなくて、その日の昼間テレクラで見つけた男と寝た少女を知っていた。待ち合わせの時刻まで時間がなくて、文字通り男が嘗め回した肌を洗い流す時間すらなくて、ホテルから直行した少女を知っていた。
「戸田さん。ビデオ回ってませんよ」
瀬ノ尾が声をかけた。
「ああ」
戸田はしぶしぶ再生スイッチを入れかけて止めた。
「もう一面倒かけますが、該当者に限らず、未成年らしきの女性とその連れの画像データは、別途コピーしておいて欲しいんですが」
戸田の応援に来ているのは、県警生活安全課の二村巡査長と吉佐巡査部長である。
「ええ、そのつもりでやってますよ。場合によっては、そのままこっちで引き継ぐ可能性も高いですから」
二村がにやりと笑った。この事件を利用して、発覚した人物に児童買春処罰法違反の投網を打って、ごっそりと摘発する腹づもりらしかった。
「携帯電話の通話記録とプロバイダーのアクセスログが出れば、一気に進むんですが。週明けの回答なら、我々が手に取れるのは早くても十日過ぎ。もう少し早くならんもんですかね」
「まったくだ。河瀬とか言う子が履歴を消去してなければ、今頃は何人挙げてたことか」
二人の大げさなため息が漏れた。
翌五月五日、六日。
各捜査区域は日毎に順調に広がり、戸田班の重ねられたビデオは暫時減りつあった。
だが、捗っているように見えて、実は捜査自体は何も進展していない。
つまりはそう言うことだった。
五月七日午前八時三十分。捜査会議は定例時刻に始まっている。
この三日間、戸田は午前八時過ぎには西署に赴き、捜査会議が終わると深夜まで県警本部で監視ビデオを見つめ続けていた。その間、渡辺係長はしばしば覗きに来た。
「タイムセンサー付きの監視ビデオみたいですね」
何度目かに吉佐巡査部長が呆れて言った。
「ああ、おれに気があるんならある、ないんならない。はっきり告白してくれれば、ごめんなさい。お付き合いできません。きっぱり断るんだが、証拠のない思い込みは刑事のタブーなんでね」
戸田がぼそりと答えると、二村巡査長が言った。
「いい係長じゃないですか。一応差し入れも頂きましたし、うちなんか怒鳴るばかりで」
昨夜、戸田の机に置いてあったドーナッツのことだ。
瀬ノ尾は笑い出した。
瀬尾は見たのだ。
昨日昼過ぎ、小用に立った戸田が、覗きに来た渡辺係長と鉢合わせになった。
いきなり、戸田が口を開いた。
『係長。見回りご苦労様です。痔主の年寄りに長時間の座職は、堪えますねえ。ドーナッツ座布団とまで申しませんが、なにか労りが欲しいもので。人知れず隠し通す苦しさは、係長なら、十分ご存じのはずですが』
人知れず、係長なら、に奇妙なアクセントが付いている。渡辺係長は、むっとしたまま吐き出した。
『たまには、苦労すればいいんだ』
その挙げ句がドーナッツの差し入れらしかった。
七日の会議も大きな進展はなかった。
西署から県警本部に向かう途中、戸田は言った。
「日高秀子は、今朝自宅にいた。昨日家族と一緒に旅行から帰ってきたそうだ」
「出署前にも一回りしてるんですか」
瀬ノ尾は感心した表情で戸田を見やった。
これで懸案のひとつは片づいたはずだが、戸田の表情はどこか冴えない。
『いつまで続くか見当も付かない、今の仕事に飽きてきたんだな、戸田さん。こっちも似たようなもんだけど』
五月七日、八日、九日。
代わり映えのしない状況が続く。積まれていたメディアが減るにつれて、戸田と吉佐は、ぼつぼつと抜き出した未成年女性および連れの画像の照会に掛かり始めた。補導者・犯罪者データベースの画像と照会していくのである。
五月十日昼過ぎから午後七時過ぎにかけて、サイト運営・管理数社に開示要請していたアクセスログ及びアクセス者の個人情報が順次持ち込まれてきた。
出会い系サイトの男性利用者は、ほとんど有料である。
携帯電話で利用する場合、携帯のメールアドレス、電話番号、登録名年齢住所を登録することになる。
それから、年齢確認のために、人物認証としての写真入りの認証票――免許証、保険証等が必要になる。
捜査する側としては、会員情報の提供を受けることがそのまま電話番号の特定に繋がる。
氏名等が虚偽登録されていたとしても、電話番号、または課金用のクレジットカードから本人の特定ができることになる。
午後十時過ぎ。
津田純子並びに河瀬奈保子が、四月二十七日から三十日にかけて出会い系サイト上に掲載したメッセージにコメントを返した全ての携帯電話の持ち主が明らかになったが、パソコンから接触した者に関しては、さらに解析を進める必要があった。
五月十一日午前八時半。
西署会議室は、異様な熱気に包まれていた。
『これで大きく動く。サイトの利用者が割れたんだ』
誰もが、そう期待しながら、配布される捜査資料を心待ちにしていた。
野路西署刑事課長が口を開いた。
「これから配布する捜査資料に参考人の住所氏名、また本人ならびに同居家族名義の車の詳細が記述してある。残念ながら、白のバンの直接所有者はなし。念を押して置くが、あくまでも現時点では、出会い系サイト上での接触に過ぎない。サイト上のメールボックスの内容に目を通して貰えればわかるように、また、河瀬奈保子の供述からも、最終的なやりとりはお互いの携帯メールまたは、直接通話で行っていると理解して欲しい。参考人の居住地から適宜、捜査該当所轄を割り当ててあるが、くれぐれも慎重な行動を期待したい」
すぐに声が挙がった。
「携帯キャリアの通話情報開示はいつですか。それ次第で、一気に踏み込める」
野路課長は、吐き捨てた。
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