埋(うずみふ)腐 ――警部補戸田章三の日常(仮題)

三章企画

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第三章(その6) 供述(河瀬奈保子)

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 柴田大作は、傷害と恐喝の容疑で平成十八年二月から、霧島市の鹿箭島刑務所に収監されていた。指定暴力団石割一家構成員。傷害と恐喝で前科二犯。三犯目の服役中。
「残念ながら、柴田の犯行じゃないですね。同じ組員の可能性ですか?」
 ともかく、と都留が瀬ノ尾を遮った。
「柴田名義で契約された携帯電話を当たらせてみよう。一桁ですめば御の字だがな」
「ええ。携帯電話本体の転売、又貸し。顧客を捕まえるとあとあと金になっていく。恐喝の詳しい中身も知りたいところですね。で、都留さん、柴田の携帯、今は?」
「大胆にも生きてるよ。電源は切ってるがな。だがプリペイド携帯だ。このまま死なれると、販売経路が見えなければ、捕まえるのは少々やっかいだな」
 ええ、と戸田は短く頷いた。
「通話記録の開示、早急に必要ですね」
「ああ、一市民としては通信の秘密は固持すべきだと思うが、司直に携わる身としてはないにこしたことはない」
 あの、戸田さん、と瀬ノ尾が言いにくそうに尋ねた。
「あれですか。闇でプリペイド携帯購入して、フリーメール使って出会い系サイトに登録すれば、身元がばれないってことですか」
「飛ばせる、使い捨てられるってのが魅力だからな」
「まあ、そのへんで。お二人さん、折角ねぐらから出てきたんだ。晩飯にしたっておかしくない時間だ」
 都留が声をかけた。やがて、十九時になろうとしている。
 食事と言うには貧相に過ぎるが、腹には溜まりそうな店屋物を頬張っている間に、鑑識から判明した一部だが、報告が入ってきた。
「バンに津田純子の指紋が確認された。明日早朝、バンを本部に移送して精査に掛かるそうだ。奴ら、繊維屑すら見逃さんつもりらしい」
「運転者の指紋は?」
「出てない。詳細は、明日の捜査会議に上がってくるだろうがな」
 津田純子の死因は、手で首を絞められたこと、扼殺に起因する窒息死だった。
 加害者が手袋を使用していて、指紋が出なくても、遺体と車から同一の繊維片が検出できれば、捜査は一歩進むことになる。その繊維片を使用した手袋が割り出せるからだ。だが、その一歩は遠い。
「犯人は、よほど注意深いか、日常的に手袋をし慣れている奴と言うことになるな」
「ええ。その両方か、前科持ち。あるいは手指に特異な欠損があるか。どの道、組織対策課に応援をもらって組関係を当たってもらわないといけないでしょうね」
「その前に、明日のスクラップ工場周辺の山狩りが先だ。出るもんが、さっさと出てくれれば、何事も速く進んでいくんだが、そうはいかんだろうな」
 明日は、河瀬奈保子の供述がとれ次第、新藤龍太郎、今村陽次郎の両名を、児童買春処罰法違反で身柄を拘束する手筈が付いている。同時に、津田純子殺害容疑の参考人としての事情聴取も行われることになるだろう。
「ええ。早いとこ、片づけてしまいたいもんです」
 戸田は静かに頷いた。
 
 五月十二日、午前八時三十分。
 出水署の婦警に伴われて、河瀬奈保子がやってきた。奈保子は、戸田を認めると一瞬顔を強張らせたが、頭を深く下げていくと同時に、硬かった表情は融けていった。
「おはようございます」
 と顔を上げて挨拶をしたとき、奈保子にはかすかな笑みが浮かんでいた。
 戸田は、まず四月二十七日のことから尋ねた。
 連絡を取った時間と内容。相手と接触した時間と場所と話した内容。受け取った金額と接触していたときの内容。相手の容貌や知り得た情報。それまでの接触の回数。別れた時間と場所。奈保子は淀みなく答えていく。内容はこれまでの供述と変わらない。ただ、奈保子が接触したとして供述した男性の容貌は、新藤容疑者のそれと酷似していた。
「それでは、純子さんのことについて尋ねたいが、質問は同じ。ゆっくりと尋ねるから、慌てないで、知っていることを聞かせてくれるかな」
 前回の供述とほぼ同じ内容。戸田は、静かに続けた。
「だいたいわかりました。これから、過去一年間の行動について尋ねることになります。よく思い出して答えてください」
 戸田は、明け方まで掛かって分類していた資料を見せた。サイトのアクセス解析と携帯電話の通話記録とを照合したものだ。渡辺係長の資料を基にしたものだ。津田純子と河瀬奈保子が、サイトで男性を勧誘し、接触したと思われる日時とサイト上でのやりとり、男性の電話番号がリストアップしてあった。
 戸田は、ひとつひとつを丁寧に聞いていく。奈保子も思い出しながらだが、答えていった。奈保子は十数名と会い、売春行為を働いたことを認めた。即座に男性の身辺を監視する手続きが取られた。
 いくつかのメールや電話番号は、サイトで勧誘した時期とは異なった時期にやりとりがなされている。
「これは、サイトを通さずに会ったということかな? 連絡先がわかれば、直接連絡できる。そいういうことですか」
 奈保子は頷いた。
「向こうから掛かってくることも、自分から連絡することもありました。一度会っていると安心できると言うこともあったし。ただ、違う子を紹介しろとか、前の時とは全然違う人もいて、いろいろされることもあったから。最近は、よっぽどでないと違う人と会うようにしてました」
「いろいろとは、どんなことですか」
「お金を貰えなかったり、乱暴されたり、避妊なんかもしないとか……。つきまとわれたこともありました」
「それでも続けてましたね。理由は、お金ですか」
「一番はそうだけど……。そればっかりでもなかったし」
「それは、お金をたくさん貰うと、儲けたという気分と、なんとなく自慢したいような、自分に価値があるような、そんな気持ちになった。そういうこともあるのかな」
「ああ、そうかも」
 奈保子は、軽く二度三度頷いた。戸田も、ゆっくり頷き、ことばを継いだ。
「紹介しろと言われた時、津田さんを紹介したこともありましたか」
「はい。逆のことも」
「津田さんが最後にあった人ですが、彼女が以前会っていた可能性はありませんか。あなたにも、同じことを尋ねます。どうでしたか」
 奈保子はしばらく考えていたが、ゆっくり首を振った。
「はっきりとは思い出せませんが、違うと思います」
 わかりました、と戸田は言った。
「わたしが、あなたに聞いたことは、津田純子さん殺害事件に関してのことです。あなた自身のことについては、出水署の刑事さんの方で、改めて聞くと思います。今日話したことでいいですから、話して下さい。話したくなければ、わたしに話したことで全部だと、そう話せばいいでしょう。わかるようにしておきます」
「わたしはどうなるんでしょうか」
 奈保子が聞いた。戸田は静かに言った。
「家庭裁判所の審問次第でしょう。こんご多少辛い人生になるかもしれませんが、それでも生きていることは、幸せだと思いますよ。もしかしたら、あなたが殺されていたかもしれなかったんです」
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