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第三章(その7) 鑑定結果
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一方、スクラップ工場周辺の捜索は空振りに終わった。犯人に繋がるようなものは何ひとつ出てこなかった。単純に車を乗り換えた。それだけのことのようだった。
新藤龍太郎、今村陽次郎両名は、児童買春処罰法違反の立件はできたものの、津田純子殺害に関しては不在証明が成立し、関与していないと断定された。
戸田は、引き続き監視ビデオの解析に戻った。
津田純子、河瀬奈保子両名と関係を持った十七名については、容疑者が在住する各の所轄署で立件の準備に入り、同時に津田純子殺害容疑での裏付け捜査が密かに進められていた。
五月十九日までには、十七名のうち十五名までの足取りが判明した。だが、十五名とも不在証明が成立し、そのまま時期を見て徐々に児童売春処罰法違反で立件することになった。即座に拘束しなかったのは、津田純子殺害犯人の警戒を懸念してのことである。
残る二名のうち一名は、四月二十八日に津田純子と接触した柴田大作名義のプリペイド携帯を持つ者で、通称「五八(ごんぱち、あるいは、ごーはち)」。これはプリペイド携帯電話の末尾番号からの符丁だが、およそ一年前にも津田純子と接触している形跡があった。携帯電話の販売経路の推移からも、津田純子の行動、河瀬奈保子の供述からも、津田純子の顔見知り、同一人物の可能性が高かった。
さらに、残る一名、一台と言う方が正確だろうが、所有者名義は鹿箭島大学生水田光一になっていたが、彼はこの携帯電話を所持していなかった。しかし、彼名義で五台も購入されており、うち一台は彼が以前から所有していたもの。残る四台は同時期に購入され、そのうちの三台は購入後に即時解約されていた。
「購入名義貸しの一台一万の割のいいバイトだと思った」
そう水田は供述した。解約手数料その他の追加料金は水田の支払いとなり、現在も請求は続いている。さらに、意図的な購買料金の踏み倒し、つまりは詐欺罪で摘発されることになった。水田としては、結果的には、割りにあわないバイトになったと言えるだろう。
水田絡みの残る一台、現在も稼働している携帯電話の所有者は、まだ突き止められていない。使用料金の支払い口座は水田個人から、水田が役員として所属している会社名義に書き換えられており、現在では稼働している携帯電話の引き落とし専用になっていた。使用者が電話番号名義で月々使用料に幾らか加えた額を支払っている形跡があった。石割組から督促の電話がいっているものと推測された。
口座の名義会社は、短期間に役員数名が何度も変わり、水田もその一人で、すでに役員から抹消されている。何名ものアルバイトを使って携帯電話本体を購入させ、本体の転売と、おそらく高額でのリースを目的としたペーパーカンパニーである。役員のひとりに、石割組の以前の幹部の名があった。石和田清次郎、六十七歳。暴対法施行後、正式に杯を返して組を抜け、袂を別けて正業についていたが、ここ数年は入退院を繰り返していると言う噂だった。
翌五月二十日、日曜日、午後二時過ぎ、事態が大きく動いた。
鹿箭島県警薩摩川内警察署に、
[薩摩川内市入来町、八重山の竹林脇の山林に、人の死体らしいものが埋めてある]
という通報があった。竹の子時期の唐竹取りに竹藪に来たところ、連れて来ていた飼い犬が人体らしきものを発見したと言う内容だった。
八重山は、県道三二八号線の西側にある標高六七七メートルの山である。八重山を挟んで南北十キロの間には二つのゴルフ場があり、山の北側には牧場がある。通報があった場所は、二つのゴルフ場のほぼ中間地点、山中を走る林道脇の山中だった。
通報を受けて急行した捜査員は、一部露出しかけているが、地中三十センチほどの窪みに埋没している遺体を発見した。遺体には頭部がなく、残る全身が発見されたが、腐敗が著しく進んでおり一部白骨化していた。遺体は鹿箭島PJ女子高の制服を着用しており、下着類はなし。素肌に直接制服を着用していたと見られる。さらに白と思われるハイソックスを履いていたが、靴はない。他に遺留品らしきものはなかった。
遺体は、頭部のみ発見されていた津田純子との関連性が指摘され、即刻鹿箭島大医学部での司法解剖に回された。しかし、腐敗が進んでいることから、DNA鑑定を含めて、通常の血液鑑定にも、一週間ほどの時間がかかりそうだと回答された。
血液型の鑑定は、一般的に赤血球の抗原を調べる方法で行うが、腐敗が進んでいると赤血球も破壊されるため、抗原を調べる方法では難しくなる。こうしたケースでは、抗原の量が多い胃粘膜を利用する。ただ胃粘膜から抗原を抽出する際、熟練した技術や手間が要求され、判定まで長い時間がかかるのである。
血液型だけでも早期鑑定は無理なのかという捜査員からの要請を受けて、鑑識課員の一部で、
「血液型だけでよければ、H大の北岡講師の手法が試せるのでは?」
という意見が出た。
二○○六年に発表された北岡講師の手法は、一時間ほどで血液型の判定が可能だとされる。損傷や腐敗の進行した遺体の血液型を短時間、かつ容易に判別することができた。地震や津波などの大規模災害時の早期身元判別に有効と考えられている。
手法自体は、遺体から胃粘膜数ミリ四方程度を取り出し、木綿布(さらし)に強くこすりつけた後、その木綿繊維をプレパラートに張り付ける。その後、各抗体やA型、B型、O型の血球を反応させ、顕微鏡で判定するというもの。
木綿布に胃粘膜をこすりつけた後の手順は、衣類に付着した血痕の血液型を判別する現行の「混合凝集反応法」とほぼ同様となる。
早速試され、一時間ほどで結果が出た。津田純子と同じA型が検出された。
さらに遺体の着衣からは、複数人のものと見られる毛髪片が採取された。頭部、白のバンに付着していた毛髪との関連性については、今後の鑑定を待つことになる。
五月二十一日、午前八時半。
捜査本部が置かれた西署の大会議室は騒然としていた。
挨拶は省く、と西署長小松周造は言った。
「すぐに捜査状況の報告に入ってくれ」
野路西署刑事課長がすぐに後を受けた。
「結論から先に言う。昨日、入来町で発見された首無し死体を、津田純子のものとほぼ断定して捜査を継続する。詳細は手元の捜査報告書を見てほしい」
資料をめくる音と筆記具で書き込む音が、波のようにうねっていく。
血液型、身体的特徴、欠損した指紋の一部……。断定に到る鑑定結果が並んでいる。
「報告書と重複するが特異事項と記載できなかった最新情報を口頭で伝えておく。まず、被害者から精液斑は検出できなかった。代わりに膣内から被害者と同じA型の血液が入ったコンドームが発見されている。頭部の口中から発見されたものと同じ意図と見受けられる。さらに、遺体は埋められていたのではなく、深い窪地上の地面にそのまま放置され、土ではなく枯葉等の有機物を何層にも被せただけだった」
「本気で隠す意図はなかった。そういうことですか?」
誰かが声を上げた。野路課長は答えず、深く頷いた。
「頭部に付着していた毛髪片のDNA鑑定では、十三名のDNAが確認できている。そのうちのひとりに前科があった。石和田清次郎、六十七歳。鹿箭島市下福元町。もと石割一家幹部だ。現在は、同町内でペットショップを経営している」
「やくざ上がりがペットショップですか。似合わねえな」
野次がとんだ。
「最初は、らしく、屋台の金魚屋で、六月灯の露天がはじまりだ。それが観賞魚で当てて、他の動物も扱うようになった。店舗も三店舗ある。それぞれ扱うペットが違っていて、従業員も十名を越えているようだし、現状では摘発すべき容疑もない。組にシノギを上げていても、正業過ぎて手の出しようがない」
石割組の関与も目されることから捜査に駆り出された、たぶん暴対課の誰かが呟いた。
「石和田は、毎月二十日前後に下福元町のイソザキ理容室に通っている。四月二十日にも来店したそうだ。報告書にも上がっているように、毛髪片の切断面は、ハサミやバリカンで切断されたものだ。人数、形状から言っても理容室絡みで付着したものと推測できるんだが…」
「関係者の当日のアリバイは、どうなっているんです」
そう誰かが急き込んだ。
新藤龍太郎、今村陽次郎両名は、児童買春処罰法違反の立件はできたものの、津田純子殺害に関しては不在証明が成立し、関与していないと断定された。
戸田は、引き続き監視ビデオの解析に戻った。
津田純子、河瀬奈保子両名と関係を持った十七名については、容疑者が在住する各の所轄署で立件の準備に入り、同時に津田純子殺害容疑での裏付け捜査が密かに進められていた。
五月十九日までには、十七名のうち十五名までの足取りが判明した。だが、十五名とも不在証明が成立し、そのまま時期を見て徐々に児童売春処罰法違反で立件することになった。即座に拘束しなかったのは、津田純子殺害犯人の警戒を懸念してのことである。
残る二名のうち一名は、四月二十八日に津田純子と接触した柴田大作名義のプリペイド携帯を持つ者で、通称「五八(ごんぱち、あるいは、ごーはち)」。これはプリペイド携帯電話の末尾番号からの符丁だが、およそ一年前にも津田純子と接触している形跡があった。携帯電話の販売経路の推移からも、津田純子の行動、河瀬奈保子の供述からも、津田純子の顔見知り、同一人物の可能性が高かった。
さらに、残る一名、一台と言う方が正確だろうが、所有者名義は鹿箭島大学生水田光一になっていたが、彼はこの携帯電話を所持していなかった。しかし、彼名義で五台も購入されており、うち一台は彼が以前から所有していたもの。残る四台は同時期に購入され、そのうちの三台は購入後に即時解約されていた。
「購入名義貸しの一台一万の割のいいバイトだと思った」
そう水田は供述した。解約手数料その他の追加料金は水田の支払いとなり、現在も請求は続いている。さらに、意図的な購買料金の踏み倒し、つまりは詐欺罪で摘発されることになった。水田としては、結果的には、割りにあわないバイトになったと言えるだろう。
水田絡みの残る一台、現在も稼働している携帯電話の所有者は、まだ突き止められていない。使用料金の支払い口座は水田個人から、水田が役員として所属している会社名義に書き換えられており、現在では稼働している携帯電話の引き落とし専用になっていた。使用者が電話番号名義で月々使用料に幾らか加えた額を支払っている形跡があった。石割組から督促の電話がいっているものと推測された。
口座の名義会社は、短期間に役員数名が何度も変わり、水田もその一人で、すでに役員から抹消されている。何名ものアルバイトを使って携帯電話本体を購入させ、本体の転売と、おそらく高額でのリースを目的としたペーパーカンパニーである。役員のひとりに、石割組の以前の幹部の名があった。石和田清次郎、六十七歳。暴対法施行後、正式に杯を返して組を抜け、袂を別けて正業についていたが、ここ数年は入退院を繰り返していると言う噂だった。
翌五月二十日、日曜日、午後二時過ぎ、事態が大きく動いた。
鹿箭島県警薩摩川内警察署に、
[薩摩川内市入来町、八重山の竹林脇の山林に、人の死体らしいものが埋めてある]
という通報があった。竹の子時期の唐竹取りに竹藪に来たところ、連れて来ていた飼い犬が人体らしきものを発見したと言う内容だった。
八重山は、県道三二八号線の西側にある標高六七七メートルの山である。八重山を挟んで南北十キロの間には二つのゴルフ場があり、山の北側には牧場がある。通報があった場所は、二つのゴルフ場のほぼ中間地点、山中を走る林道脇の山中だった。
通報を受けて急行した捜査員は、一部露出しかけているが、地中三十センチほどの窪みに埋没している遺体を発見した。遺体には頭部がなく、残る全身が発見されたが、腐敗が著しく進んでおり一部白骨化していた。遺体は鹿箭島PJ女子高の制服を着用しており、下着類はなし。素肌に直接制服を着用していたと見られる。さらに白と思われるハイソックスを履いていたが、靴はない。他に遺留品らしきものはなかった。
遺体は、頭部のみ発見されていた津田純子との関連性が指摘され、即刻鹿箭島大医学部での司法解剖に回された。しかし、腐敗が進んでいることから、DNA鑑定を含めて、通常の血液鑑定にも、一週間ほどの時間がかかりそうだと回答された。
血液型の鑑定は、一般的に赤血球の抗原を調べる方法で行うが、腐敗が進んでいると赤血球も破壊されるため、抗原を調べる方法では難しくなる。こうしたケースでは、抗原の量が多い胃粘膜を利用する。ただ胃粘膜から抗原を抽出する際、熟練した技術や手間が要求され、判定まで長い時間がかかるのである。
血液型だけでも早期鑑定は無理なのかという捜査員からの要請を受けて、鑑識課員の一部で、
「血液型だけでよければ、H大の北岡講師の手法が試せるのでは?」
という意見が出た。
二○○六年に発表された北岡講師の手法は、一時間ほどで血液型の判定が可能だとされる。損傷や腐敗の進行した遺体の血液型を短時間、かつ容易に判別することができた。地震や津波などの大規模災害時の早期身元判別に有効と考えられている。
手法自体は、遺体から胃粘膜数ミリ四方程度を取り出し、木綿布(さらし)に強くこすりつけた後、その木綿繊維をプレパラートに張り付ける。その後、各抗体やA型、B型、O型の血球を反応させ、顕微鏡で判定するというもの。
木綿布に胃粘膜をこすりつけた後の手順は、衣類に付着した血痕の血液型を判別する現行の「混合凝集反応法」とほぼ同様となる。
早速試され、一時間ほどで結果が出た。津田純子と同じA型が検出された。
さらに遺体の着衣からは、複数人のものと見られる毛髪片が採取された。頭部、白のバンに付着していた毛髪との関連性については、今後の鑑定を待つことになる。
五月二十一日、午前八時半。
捜査本部が置かれた西署の大会議室は騒然としていた。
挨拶は省く、と西署長小松周造は言った。
「すぐに捜査状況の報告に入ってくれ」
野路西署刑事課長がすぐに後を受けた。
「結論から先に言う。昨日、入来町で発見された首無し死体を、津田純子のものとほぼ断定して捜査を継続する。詳細は手元の捜査報告書を見てほしい」
資料をめくる音と筆記具で書き込む音が、波のようにうねっていく。
血液型、身体的特徴、欠損した指紋の一部……。断定に到る鑑定結果が並んでいる。
「報告書と重複するが特異事項と記載できなかった最新情報を口頭で伝えておく。まず、被害者から精液斑は検出できなかった。代わりに膣内から被害者と同じA型の血液が入ったコンドームが発見されている。頭部の口中から発見されたものと同じ意図と見受けられる。さらに、遺体は埋められていたのではなく、深い窪地上の地面にそのまま放置され、土ではなく枯葉等の有機物を何層にも被せただけだった」
「本気で隠す意図はなかった。そういうことですか?」
誰かが声を上げた。野路課長は答えず、深く頷いた。
「頭部に付着していた毛髪片のDNA鑑定では、十三名のDNAが確認できている。そのうちのひとりに前科があった。石和田清次郎、六十七歳。鹿箭島市下福元町。もと石割一家幹部だ。現在は、同町内でペットショップを経営している」
「やくざ上がりがペットショップですか。似合わねえな」
野次がとんだ。
「最初は、らしく、屋台の金魚屋で、六月灯の露天がはじまりだ。それが観賞魚で当てて、他の動物も扱うようになった。店舗も三店舗ある。それぞれ扱うペットが違っていて、従業員も十名を越えているようだし、現状では摘発すべき容疑もない。組にシノギを上げていても、正業過ぎて手の出しようがない」
石割組の関与も目されることから捜査に駆り出された、たぶん暴対課の誰かが呟いた。
「石和田は、毎月二十日前後に下福元町のイソザキ理容室に通っている。四月二十日にも来店したそうだ。報告書にも上がっているように、毛髪片の切断面は、ハサミやバリカンで切断されたものだ。人数、形状から言っても理容室絡みで付着したものと推測できるんだが…」
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