埋(うずみふ)風――風が吹いたら死体が見つかり、ぼくは少女を殺す夢を見る

三章企画

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少女と死体と夢と現実(3)

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 ぼくは、その足で松元町に向かった。
 消防団、松元分遣隊は、K市消防局西消防署の管轄になり、旧松元町役場から少し北に離れた場所にあった。ぼくが到着したのは、午後六時少し前で、既に日没が過ぎ、捜索に当たっていた人たちが徐々に解散し始める時間だった。
 ぼくは、事前に準備してもらっていた、周辺の地図と行方不明者のプロフィールのコピーを受け取り、直ぐに分遣所を後にした。あれこれ聞かれるのが面倒だったし、周辺を車で流してみたいということもあった。
 捜索該当者のプロフィールは、松元警察署から回ってきた家出人捜索願の個人情報の写しだったが、ほとんどの箇所が黒く塗り潰されていた。
 以前空白の書類を見せてもらったときの記憶では、本来記載されている項目は、住所氏名年齢職業など、全部で九十項目を超えていたと思う。そのうち、捜索に必要な幾つかの情報のみを残してあとは全ての項目が消してあった。
 氏名住所年齢、ならびに身長体重顔色面型などの身体的特徴……などは残してあったが、行動の特徴・性格・健康・習癖・立ち回り先……などは塗りつぶされていた。
 死体を探すぼくには必要ない項目。そういうつもりだったのだろう。
 ぼくは三十分ほど旧松元町役場周辺を車で流した。
 大した意味も収穫もない。
 強いて言えば、風を入れるために、とりあえず窓か、その前にカーテンを開けることに似ていたかもしれない。

 ぼくは、そのままK市新屋敷町にある自分のマンションへと引き返した。
 2Kの安マンションの三階の部屋。フローリングの床に、受け取った地図を広げ、プロフィールを開いた。地図の上に無造作に五円玉を置き印を付けて、プロフィールを読む。
 ――四元浩樹よつもとひろき(三月四日生まれの四十二才)。株式会社富永興産勤務。失踪直前の二月二十八日付けで依願退社。身長一七十五センチ、体重五十七キロ。痩せ型。妻聡子(三十九才)、娘頼子(十才)と三人暮らし……。
 プロフィールを見たまま、地図上の五円玉を、見ないようにして右手人差し指で動かす。なんとなく五円玉が止まったら、五円玉から指を離して印を付ける。プロフィールを読み、五円玉を動かし、印を付ける。その作業を五回繰り返し、地図上に付いた五点を、印を付けた順番に結ぶ。さらにひとつ置きに結び五芒星を作る。そして、出来た形を塗りつぶす。
 出来上がった形は、二点目が内側に入り込んだせいで、きれいな五角形ではなく、かなり歪な、内側に入り込んだ点を目にして大きな口を開けている魚のような形に見えた。
――魚? 魚座か……。
 つい苦笑が浮かぶ。
 これまで何度か遺体を見つけたことがあるが、地図上で塗りつぶされた箇所から遺体が出て来るとは限らなかった。(魚の)口の向いた方向からは見つかったこともあれば、見つからないこともある。塗り潰すのは遺体の場所を特定するダウジングの類ではない。意識を集中する為の、ジンクス担ぎのルーティンのようなものだった。
 松元町の役場周辺を車で走ったときと同じ。
――風が吹き込むための、窓かカーテンを開ける作業に似ていた。
 風は、開けた窓から必ず吹きこんでくるとは限らないが、吹き込んでくる方向の窓が開いていれば、風は必ず吹き込んでくる。
 ぼくの場合、遺体を見つけるためには、いちいちその場所に行き、風に遭わなければならなかったから、風に遭うための覚悟の儀式として、いつしか必要になっていたのかもしれない。
 その……。
 ――風に遭うと言うこと……。

 やわらかく休み休み吹いてくる風には、よこしまな霊魂が乗っていて、人に病気をもたらしたり、死をもたらしたりするという話がある。そうした邪悪な者を乗せた風に吹かれると、邪悪な者そのものを見たり、災厄を取り入れたりするとも言う。
 南九州の中には、山道で急にぞっとしたり、背筋に悪寒が走ってたりすることを、――風に遭う、と表現する地区がある。
 山道でぞっとしたとき、――風に遭ったとき、おそるおそる風上を見ると山坊主が座っているのが見える。山坊主は山姥と同類の妖怪で、時によっては山の幸の在処を教えたりして、幸運をもたらす存在でもあるが、ほとんどの場合は病や災厄の原因となる、と伝えている。
 そもそも吹いてくる風に吹かれてしまえば、風の中に存在するものから逃れることは無理だろう。ぼくの場合、風に遭うことは、風の近くで死者を、遺体を見つけてしまうことだった。
 たとえば山道を歩いている。
 ふと藪の中に何かの気配を感じたとき、藪から吹き寄せるほんの微かな風を感じたとき、ぞっとして、悪寒が全身の皮膚にまとわりつき総毛立つ。次の瞬間には、微かな風の気配の中に、三割方のかび臭さとほぼ七割の腐敗臭。付け加えてほんのわずかな甘酸っぱい発酵臭を感じている。鼻腔内のむず痒さに気を取られていると、いつの間にか風の気配の方向に目が向き足が向いてしまう。そして、死体を発見してしまうのだ。

 最初に風に遭ったのは五年前の六月八日だった。
 親戚の法事で、南さつま市の頴娃えい町に出向いた帰りのことだった。
 平日の、確か木曜日の夕方で陽はまだ落ちていなかった。頴娃インターから指宿スカイラインに入り、北に十分ほど走った頃にふと車に新鮮な風を入れようと思って窓を開けた。妙にかび臭い匂いが吹き込んできて鼻につき、気分が悪くなって路肩に車を止め、外へ出た。その時、妙な寒気がして総身に怖気が走った。
『ああ、風に遭ったな』
 咄嗟にそう思った。
 目を閉じ、ポケットの中の、斎場でもらった浄め塩をまさぐった。どれくらいの時間そうしていたか。おそるおそる開けた目を西日が射抜いて、眼が眩む。思わず閉じた瞼の裏には、オレンジ色の大小三つの染みが形を変えながら蠢いている。目を開けても、路肩のガードレール越しに見える藪の上を、オレンジ色の染みが徐々に白へと変色しながら、跳ねていた。染みは色を変えると同時に、だんだんに人気ひとけを帯びてくる。人が未知の何かの形を認識しようとすれば、自然と人の顔や人の姿に見えてくるのは、人の持つ当然の心理だろう。光の染みが薄くなって、だんだんぼんやりと中年男の哀しげな顔のように見え、急にひどく薄ぼけて消えた。
 かわりに、かび臭さと腐敗臭とほんの少しの甘酸っぱい発酵臭が徐々に強くなってきて、鼻腔がむず痒くなり、ついには鼻水まで出てきた。
 たまらなくなったぼくは、ガードレールを乗り越えると藪の中のツワブキの葉を摘んで鼻をかんだ。閉じた瞼の裏でオレンジ色の人の顔がもう一度揺らぎ、目を開けると消えた。だが、そのオレンジ色の人の顔の浮かんだ先の藪の下に、汚れきったシャツの裾のような布きれが見え、近づくと半ば腐敗した人間の死体があった。
 その死体が、知人に殺され遺棄された中年男性の変死体だったことは、後で聞かされた。
  同じような経緯で、ぼくは、その年の暮れまでに、さらに二体の変死体を見つけた。
 死体を見つけた翌年になると、どういう話の経緯になっていたのか、時たまではあるが、あれこれの消防団から行方不明者の捜索の依頼が入るようになった。
 そのせいもあって、その後の五年間で実に十を越える変死体を見つける羽目になっていた。
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