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少女をさがすためにぼくができること(2)捜索する
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五月二十四日の夕刻。
ぼくは車を駐車場に停めると部屋に向かわず、河川公園に足を向けた。
車のドアを開けた瞬間の、吹き込んできた五月下旬の涼やかな夕刻の風が妙に気持ちよかったせいもある。
この数日思い悩んでいたことを、考えたくなかったこともある。
ダッシュボードに入れて置いた本を携えて車を降り、風に押されるように歩き、間近なベンチに腰を下ろした。
気が付くと、日高源吾さんが左足を発見した、あのゴミステーションの真上だった。
何となく胸騒ぎがして周囲を見渡してみた。
あの当時の、騒音に近いほど存在した報道陣の姿は消え、いつもの静けさに戻っている。
『こうじゃないと……』
つぶやきかけて、ぼくは塀沿いの歩道を歩いてくるふたり連れに目が留まった。
四十絡みの年輩の男と、二十代後半の男だった。
彼らはゴミステーションの前で立ち止まり、じっと辺りを見渡している。
やがてぼくに気づき、年輩の方が声を掛けようとした。
――戸田さんだ……。
ぼくは、軽く頭を下げた。
「やあ、木塚さん」
戸田刑事はぼくに声をかけ、すぐに公園への石段を駆け上がってきた。距離を置いて近づいて来る、たぶん若い刑事の刺すような視線が気になった。
「おかげさまで、このあたりも静かになりました」
ぼくは戸田刑事に向かって笑いかけた。
「犯人が捕まるまでのマスコミ関係者の騒々しさは、凄まじいものでしたから。一種の災害です。桜島の地鳴りですら、かわいく感じましたからね」
「いや、あの節はご迷惑をおかけしました」
戸田刑事は、当たり障りのないことばをかけてきた。ぼくは、戸田刑事が視線を注いでいる膝の上の本を、さりげなく背中に回しながら、
「静かになって……。仕事が早く終わったので、日暮れまでに読むつもりできたのですが」
そう答えた。
わざとらしいと思ったものの、ぼくは皮肉を込めて、戸田刑事にも、もうひとりの刑事のどちらにも視線を合わせないまま、ひとりごとのように言ってみた。
「青嵐に当たりに来ただけかもしれません。あの事件の頃芽吹いた若葉は、もう次の世代の準備をしています。地面の底の微生物も同じで、地温が上がると、上がる温度に応じて違う微生物や虫たちが活動を始める。地上の風の音に、地下に埋もれた腐敗物を食い囓っていく微生物や虫の音が溶けて広がっていく。それを木々の若葉が聞きつけて、深く広く根を伸ばして養分の吸収にかかる。そんな音みんなが渾然と聞こえてくる気がして、外にいることが楽しいんです」
言い終えてふたりに視線を移すと、何かが勘に障ったのか、若い刑事の眼の色が、知人を見る色から容疑者を見るそれへと、静かに変わっていくのがわかった。
そして、彼は斬りつけるように聞いてきた。
「微生物、分解菌とかにも詳しいんですか」
「ええ、堆肥屋ですから。でも自分の会社が使う分についてだけですけど」
じゃあ今度、と戸田刑事が割って入った。
「現物を見ながら、いろいろ教えて下さい」
「ええ。月水金の午前中なら生ゴミの搬入があるので、必ずセンターにいます。ぼく程度の知識でお役に立てば……」
ぼくは、そう答えてベンチを立ち、公園を後にした。気分が悪かった。
若い刑事は、瀬ノ尾と名乗ったが、何かの理由でぼくを疑っているらしかった。
たぶん。あの、絞め殺された上に首を切断され、置き去りにされた女子高生の事件の犯人として……。
彼女が殺害されたのは、確か四月二十八日。
ぼくはちょうど休みだったし、部屋に籠もりきりで誰とも会わなかった。確かに、第三者的には、ぼくが殺した可能性がなくもないと考えるだろう。手近なところから疑っていくのは自然な流れだ。
ゴミステーションの切断死体の第一発見者の時も同じだった。
だが、気分のいいものではない。後ろめたいぼくには特に……。
翌月曜、五月二十八日のミーティング時、工場長が言い出した。
「六月の初旬、来週でいいんだが、喜入と吉野の様子見に行かないといけないが、俺は決算書類で身動きできないかも知れない。手空きの者は注意しといてくれ」
堆肥センターで使用するウッドチップの大半は、隣接する神村産業のものを使用しているが、全部を賄い切れるわけでもない。他にも、K市北部の吉野町の永幸産業や南部の喜入町の飯島興産などが運営しているリサイクルセンターのものも使っている。時折、納入数量の調整や現物の確認に出向くが、たいていの場合は工場長の担当で、稀にぼくらにもお鉢が回ってくる。その時は、現場に出向き、該当するチップの山に上って、写真を撮り、サンプルを採取して持ち帰る。さして手の掛からない、どちらかと言えば息抜きに近い仕事と言えた。
誰にも異論はない。工場長が行けないのなら、その日の天候と配送割り当てで決まることだったから。
それからの一週間は平穏無事に過ぎて行った。
その間ぼくは、自分と一城美奈子の接点のことを、ただぼんやりとあれこれと思い返しているばかりだった。似顔絵も描かず、描いてもらわず、探しもせず、ただぼんやりと……。
ひとつだけ……。
週末、自宅にK南署の刑事が訪ねてきたことが、唯一の波乱だったかもしれない。彼らは、
「今年に入ってから、K市下福元の石和田金魚店、――ペットショプイシワダで、S社の水質調整剤を購入したことがありますか」
と尋ねてきた。ぼくは、一瞬ピンとこなかったが、直ぐに思い出して、答えた。
「二月の初めに、同僚の伊地知さんに頼まれて買いに行ったことがあります。そのまま伊地知さんに渡しましたが……」
その時、店員から特典がありますからとかなんとか言われて、伊地知さんと自分のふたり分の住所と名前を書いた記憶があった。それも伝えた。そして、
「何の捜査ですか」
尋ねてみた。彼らはことばを濁した。
「いや、ちょっとした事件の裏付けです。ご迷惑をかけました」とだけ。
刑事たちが帰ったあとで、ふと
『あの時住所を書いてなければ、彼らがくることもなかった。欲に駆られた結果だ』
思い当たって笑ってしまった。
確かに石和田金魚店からはこまめにダイレクトメールが来ていた。中には割引券や優待券の類が同封してあるらしくて、伊地知さんからよくせびられた。だから最近では未開封のまま伊地知さん行きになっている……。
『伊地知さんの所にも行っているんだろうな』
ふと警察の捜査のことを思い浮かべた。
なんの為に石和田金魚店で水質調整剤を購入した人間をあたっているのかはわからない。ただ、彼らは文字通りに虱潰しに対象を消している。
ぼくが遺体を捜すときも、実はそうではなかったか。丁寧に捜索区域を歩き、ひとつひとつを潰していきながら、見付けるべき対象に近づいていったはずだ。最初から対象に真っ直ぐ向かえたことなど一度もなかった。
――そうだ。
本気で彼女を見つけ出すつもりなら、全部潰していけばいいだけの話だった。
ぼくは車を駐車場に停めると部屋に向かわず、河川公園に足を向けた。
車のドアを開けた瞬間の、吹き込んできた五月下旬の涼やかな夕刻の風が妙に気持ちよかったせいもある。
この数日思い悩んでいたことを、考えたくなかったこともある。
ダッシュボードに入れて置いた本を携えて車を降り、風に押されるように歩き、間近なベンチに腰を下ろした。
気が付くと、日高源吾さんが左足を発見した、あのゴミステーションの真上だった。
何となく胸騒ぎがして周囲を見渡してみた。
あの当時の、騒音に近いほど存在した報道陣の姿は消え、いつもの静けさに戻っている。
『こうじゃないと……』
つぶやきかけて、ぼくは塀沿いの歩道を歩いてくるふたり連れに目が留まった。
四十絡みの年輩の男と、二十代後半の男だった。
彼らはゴミステーションの前で立ち止まり、じっと辺りを見渡している。
やがてぼくに気づき、年輩の方が声を掛けようとした。
――戸田さんだ……。
ぼくは、軽く頭を下げた。
「やあ、木塚さん」
戸田刑事はぼくに声をかけ、すぐに公園への石段を駆け上がってきた。距離を置いて近づいて来る、たぶん若い刑事の刺すような視線が気になった。
「おかげさまで、このあたりも静かになりました」
ぼくは戸田刑事に向かって笑いかけた。
「犯人が捕まるまでのマスコミ関係者の騒々しさは、凄まじいものでしたから。一種の災害です。桜島の地鳴りですら、かわいく感じましたからね」
「いや、あの節はご迷惑をおかけしました」
戸田刑事は、当たり障りのないことばをかけてきた。ぼくは、戸田刑事が視線を注いでいる膝の上の本を、さりげなく背中に回しながら、
「静かになって……。仕事が早く終わったので、日暮れまでに読むつもりできたのですが」
そう答えた。
わざとらしいと思ったものの、ぼくは皮肉を込めて、戸田刑事にも、もうひとりの刑事のどちらにも視線を合わせないまま、ひとりごとのように言ってみた。
「青嵐に当たりに来ただけかもしれません。あの事件の頃芽吹いた若葉は、もう次の世代の準備をしています。地面の底の微生物も同じで、地温が上がると、上がる温度に応じて違う微生物や虫たちが活動を始める。地上の風の音に、地下に埋もれた腐敗物を食い囓っていく微生物や虫の音が溶けて広がっていく。それを木々の若葉が聞きつけて、深く広く根を伸ばして養分の吸収にかかる。そんな音みんなが渾然と聞こえてくる気がして、外にいることが楽しいんです」
言い終えてふたりに視線を移すと、何かが勘に障ったのか、若い刑事の眼の色が、知人を見る色から容疑者を見るそれへと、静かに変わっていくのがわかった。
そして、彼は斬りつけるように聞いてきた。
「微生物、分解菌とかにも詳しいんですか」
「ええ、堆肥屋ですから。でも自分の会社が使う分についてだけですけど」
じゃあ今度、と戸田刑事が割って入った。
「現物を見ながら、いろいろ教えて下さい」
「ええ。月水金の午前中なら生ゴミの搬入があるので、必ずセンターにいます。ぼく程度の知識でお役に立てば……」
ぼくは、そう答えてベンチを立ち、公園を後にした。気分が悪かった。
若い刑事は、瀬ノ尾と名乗ったが、何かの理由でぼくを疑っているらしかった。
たぶん。あの、絞め殺された上に首を切断され、置き去りにされた女子高生の事件の犯人として……。
彼女が殺害されたのは、確か四月二十八日。
ぼくはちょうど休みだったし、部屋に籠もりきりで誰とも会わなかった。確かに、第三者的には、ぼくが殺した可能性がなくもないと考えるだろう。手近なところから疑っていくのは自然な流れだ。
ゴミステーションの切断死体の第一発見者の時も同じだった。
だが、気分のいいものではない。後ろめたいぼくには特に……。
翌月曜、五月二十八日のミーティング時、工場長が言い出した。
「六月の初旬、来週でいいんだが、喜入と吉野の様子見に行かないといけないが、俺は決算書類で身動きできないかも知れない。手空きの者は注意しといてくれ」
堆肥センターで使用するウッドチップの大半は、隣接する神村産業のものを使用しているが、全部を賄い切れるわけでもない。他にも、K市北部の吉野町の永幸産業や南部の喜入町の飯島興産などが運営しているリサイクルセンターのものも使っている。時折、納入数量の調整や現物の確認に出向くが、たいていの場合は工場長の担当で、稀にぼくらにもお鉢が回ってくる。その時は、現場に出向き、該当するチップの山に上って、写真を撮り、サンプルを採取して持ち帰る。さして手の掛からない、どちらかと言えば息抜きに近い仕事と言えた。
誰にも異論はない。工場長が行けないのなら、その日の天候と配送割り当てで決まることだったから。
それからの一週間は平穏無事に過ぎて行った。
その間ぼくは、自分と一城美奈子の接点のことを、ただぼんやりとあれこれと思い返しているばかりだった。似顔絵も描かず、描いてもらわず、探しもせず、ただぼんやりと……。
ひとつだけ……。
週末、自宅にK南署の刑事が訪ねてきたことが、唯一の波乱だったかもしれない。彼らは、
「今年に入ってから、K市下福元の石和田金魚店、――ペットショプイシワダで、S社の水質調整剤を購入したことがありますか」
と尋ねてきた。ぼくは、一瞬ピンとこなかったが、直ぐに思い出して、答えた。
「二月の初めに、同僚の伊地知さんに頼まれて買いに行ったことがあります。そのまま伊地知さんに渡しましたが……」
その時、店員から特典がありますからとかなんとか言われて、伊地知さんと自分のふたり分の住所と名前を書いた記憶があった。それも伝えた。そして、
「何の捜査ですか」
尋ねてみた。彼らはことばを濁した。
「いや、ちょっとした事件の裏付けです。ご迷惑をかけました」とだけ。
刑事たちが帰ったあとで、ふと
『あの時住所を書いてなければ、彼らがくることもなかった。欲に駆られた結果だ』
思い当たって笑ってしまった。
確かに石和田金魚店からはこまめにダイレクトメールが来ていた。中には割引券や優待券の類が同封してあるらしくて、伊地知さんからよくせびられた。だから最近では未開封のまま伊地知さん行きになっている……。
『伊地知さんの所にも行っているんだろうな』
ふと警察の捜査のことを思い浮かべた。
なんの為に石和田金魚店で水質調整剤を購入した人間をあたっているのかはわからない。ただ、彼らは文字通りに虱潰しに対象を消している。
ぼくが遺体を捜すときも、実はそうではなかったか。丁寧に捜索区域を歩き、ひとつひとつを潰していきながら、見付けるべき対象に近づいていったはずだ。最初から対象に真っ直ぐ向かえたことなど一度もなかった。
――そうだ。
本気で彼女を見つけ出すつもりなら、全部潰していけばいいだけの話だった。
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