埋(うずみふ)風――風が吹いたら死体が見つかり、ぼくは少女を殺す夢を見る

三章企画

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犬の花が咲くとき(その2)

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 植物は、半年ほどの間に、与えられた肥料分のうち三割から四割を吸収して自らの細胞を作っていく。土壌に肥料分(特に堆肥や有機系肥料)が残存していれば、さらに三年ほどの間にさらに四割程度吸収していくという報告もあった。溶脱分がなければ、肥料全てを吸収できるのかもしれない。
 実践的には、肥料の溶脱量を減らし、肥料分を吸収しやすい工夫をすれば、半年単位で五、六割まで吸収率を上げる事が可能になっている。水耕栽培やコート系肥料の使用などがその良い例になるだろう。
 人間のように、口から直接取り込めるようにでもなれば、さらに吸収率は上がって、十割近くになるかもしれないのだが、それは難しい話だ。

 植物は、窒素を硝酸やアンモニアの形態になったものを吸収していくが、人間は、窒素をアミノ酸という形態で吸収していく。
 植物の根は、腐葉土などを硝酸態に変える分泌物を出して分解し、吸収しやすくしているが、人間の体内にはそんな仕組み(酵素や分泌物)が少ない。
 だから人間は、腐葉土や堆肥を食っても栄養分にしたり、細胞を分裂生成させてくことは難しい。一方で、体内に特殊な酵素やバクテリアなどを存在させて、他の生物が食用としない植物を食べて生存する生物もある。彼らのように何らかの別な仕組みを組み込むことで、腐葉土や堆肥をアミノ酸に変えることができれば、骨格や内臓、あるいは脳細胞などを生成することも可能になるのかも知れない。
 だが、人間にとっての現実は、堆肥を食えば腹をこわすのが関の山だった。
 押領寺さんの圃場の泰山木を見た夜、ぼくはそうした怪しげな事ばかりを考えていた。
――ぼくは、犬という個体が、(押領寺さんの恣意によって)植物に変わっていく姿を、いずれ目の当たりにすることになると知っていた。
 腐敗した犬(の肉片)を虫が食い糞として排出する。あるいは、黴やバクテリアによって分解(これも食われ糞となることだが)されていく。それを泰山木の根が分解し吸収していく。ごく当たり前に行われている自然の過程だと頭ではわかっていたのだが、気持ちがついて行けなかった。
 気が付くと巨大な泰山木に無数の白い犬の頭の形をした花が咲いていて、降るように落ちてきては、鳴く。押領寺さんは、無限に降り続ける犬の花を、ひとつずつ丁寧に集めては山のように積み上げる度に、ぼくを見て、にやり、にやりと笑う……。
 いつしかぼくは、眠って夢を見ているのだか、起きて妄想しているのだかわからなくなっていた。

 押領寺さんが犬の花を拾っては山に積み上げたように、確か無数に小さな人形になった、人形の手足のようにばらばらになった一城美奈子を、ぼくも掬い集めては堆肥の山のように積み上げようとしている。
 そんな夢を見たことがあった。
 おそろしくたくさんの一城美奈子の欠片がそこにあるのに、ホイールローダーのバケットは掬っても掬っても一杯にならない。
 彼女がしゃべろうとしていることばが聞き取れれば、バケットは一杯になるのにと思って、ぼくはひたすら焦っている。
 そんな夢だった。
「泰山木の花になった犬は鳴くのに、人は口も利けないのか」
 ぼくは苦く笑った。
 そして、床に横たわっている見えない彼女の首をゆっくりと絞めてみた。
 両の掌は空気を握り潰し、空気を握り潰すたびに、指の背が固く冷たい床に触れて何度も音を立てた。ぼくは手の甲を、指の背を見つめた。夢の中で感じた床はもっと軟らかく、もっと暖かだった。
 色はどうだったろう。

 彼女がタブグラインダーで切り刻まれる夢を見たとき、彼女は敷き均されたウッドチップの山に寝かされていたが、彼女を絞め殺したときの床の色は、腐食しかけた木片の焦げ茶色だったろうか。だとしたら。
――ぼくは彼女を、一城美奈子を、センターの堆肥の上で殺した。そういうことになるのだろうか。
 あり得ないと言う思いと、あり得るという思いが、夢と妄想との中で一晩中朦朧と交錯し続けていた。
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