聖女さんは平和を喜べない

へへいの兵

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下 聖女さんと愉快な旅

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数日後。
勇者一行との合流場所として
法王様からの封書に記されていた酒場へ向かいました。

…早く着きすぎてしまったようですね。
日没を目安に合流、とのことでしたが
まだ日は高いです。

気分はとても憂鬱です。
なにせ、今回の魔王討伐への同行は
私にとって良いことがありません。

ひとつめ。同行している間は当然ながら
この都市のみなさまに求めてもらえません。

ふたつめ。勇者さまと同行する間、
人々が求めるのは勇者さまでしょう。私ではなく。

懇願されたいという私の根源的な欲求。
我慢するだけならまだしも、すぐ近くでそれを浴びる人がいるのです。

お腹が空いているときに隣でご馳走を食べられるような気分、
と言えばわかりやすいでしょうか。

みっつめ。これが一番の問題です。
魔王討伐がなされた場合、私の今の日常は成立しない可能性があります。
というのも、すべての病は魔王が引き起こしているという噂があるのです。

この世から病がなくなってしまう。
多くの人にとっては喜ばしいことですが、
それは私の存在意義の消失を意味します。

…もし噂が本当なら魔王討伐は阻止する必要があります。

鬱憤を晴らすため、お酒を頼むことにしました。
ちなみに教義では飲酒を禁止されていますが、
教会の上層部はだれも守っていません。
私もよくこっそり葡萄酒をたしなみます。

ましてや今の私は修道服を着ておらず、
髪型や化粧も普段と変えていますから、
だれも私が聖女だとは気が付かないでしょう。

酔いの対策も完璧です。
研究の結果、酔い覚ましの術式を完成させています。
酒に酔うと魔術の精度は落ちますが、
時限発動式にすれば問題ありません。

私の自信作です。堂々と自慢できないのが残念でなりません。

日没の少し前に発動するように酔い覚ましの術式を設定し、
大ジョッキの麦酒に手を伸ばしました。



日没の少し前。
酔い覚ましの術式が発動した直後に彼らはやってきました。

長剣を背負った幼さを残した顔立ちの青年。
隣に複合弓を携えた活発そうな短髪の女性。
一歩後ろに気弱そうに背を丸めた少女。
一行の殿を守るように歩くスキンヘッドの筋骨隆々の中年男性。

順に勇者、狩人、魔女、武闘家といったところでしょうか。

今の私は身分を隠すような恰好をしていますので、
こちらから声をかけることにしました。

「勇者ご一行さま、ですね。
お待ちしておりました」

続けて私が聖女であることを告げ、微笑む。
これで私の印象は完璧なはずです。

しかし、彼らの視線の先を確認した私は
自分のミスに気が付きます。

私が座っていた卓には大ジョッキが何本も転がったままでした。



私たちは魔王討伐のため、各地を旅しました。
情報を集めるためであったり、魔王の幹部を討伐するためであったり。

私の予想に反し、旅はそう悪いものではありませんでした。
勇者一行のみなさまは人格者ばかりで
不愉快な思いをすることはありませんでした。

それに、魔獣との戦闘で疲弊した地域などでは
勇者さまの助力より先に
私に治療を懇願する方々も多かったです。



ある日の街道。
戦闘終了後、私は消えていく魔獣を眺めていました。

この魔獣が死ぬことで、被害を受ける人はいなくなる。
つまり、
私は私に懇願する人々を
自分で減らしてしまっているのでは?
そんな思いにとらわれました。

首を振ってその考えを振り払います。
私にも良心の呵責くらいあります。
恐らくは人より小さいのでしょうが。

私の様子を見てなにか勘違いしたのか、
勇者さんは私の肩を軽くたたき、

「優しいんだな。…でもそこまで背負う必要はないから」
などとおっしゃっていました。

私は一瞬、彼が何を言っているかわからなかった。
魔獣に哀れみをかけている、と勘違いされたことに気が付く。
思わず笑ってしまった。

「ふふっ。ありがとうございます、勇者さま」

魔獣に哀れみなどかけるはずがありません。
だって、彼らは私を求めませんし、懇願もしませんから。



ある町での夜。

宿に併設されている酒場。
すっかり飲酒を隠さなくなった私が
地酒である蛇酒を楽しんでいるときでした。

勇者さんが自室から降りてきました。

「あら、勇者さま。ねむれないのですか?」

「ああ、あの戦いの後だからさ
…それにしてもよく飲むね」

この日、私たちは魔王の側近の一体を討伐していました。
天を衝くほど巨大な大蛇でしたが、
もろもろの戦略と努力で勝利を収めました。

「今日の戦いは本当に危ないところでしたね。
さすがのご活躍でした。勇者さま。
一杯いかがですか?独特の風味で興味深いですよ」

「あはは、ありがとう。
蛇酒は…うん、遠慮しておこうかな」

酒瓶の中の蛇に臆したようです。
全く、勇者が聞いてあきれますね。


しばらくの沈黙ののち、
勇者さまは何かを決意したような表情をして、
口を開きました。

「僕はっ!
君のことを愛している。
この戦いが終わったら一緒に暮らしてくれないか?」

驚きました。そんな風に思われるきっかけに思い当たるものは…
いや、意外とありましたね。
戦闘後に怪我をいたわったり、今日に至っては致命傷から救っていました。

愛の告白。
私を強く求めていますし、一緒にくらしてほしいという懇願もされています。

それなりに気分はよいものの、
私の欲求は思ったほど満たされませんでした。

なぜでしょうか?
いくつかの答えが浮かびます。

ひとつ。根本的に私である必要はないから。
治療ができるのは私のまわりでは私だけ。
一方、愛の相手に関しては理論上人類の半分が対象になります。
(ここまで観察した感じから、勇者さまの中で男性は対象外のようです)

ふたつ。私自身に変化を求める懇願には魅力を感じないようです。

治療を求める懇願に対しては、私は力をふるうだけでいい。
変わるのはその日の残魔力のみ。
一方、彼の話は魅力的ではあるのかもしれませんが、
私の生活を大きく変えます。

いえ、二つ目は少し正確ではないかもしれません。
単純にその生活に魅力を感じない、というのが大きいでしょう。

「えっと…どう、かな」
いつもさわやかな彼にしては珍しく気弱そうに
答えを催促します。

ずいぶんと考え込んでしまっていたようです。
これ以上待たせるのも悪いでしょう。

「その、気持ちはうれしいのですが、ごめんなさい。
聖女の力は貞操と深い関係があるらしくて…」

嘘です。聖女の力は魔術でしかなく、貞操は無関係です。
少し胸が痛みますが、
興味がないと告げるよりは傷つけずに済むのではないでしょうか。

「そっか。急にごめんな」
と言って彼は部屋に向かう。

「謝らないでください。
気持ちは本当に嬉しかったです。」
彼の背中に向けて言う。

こっちは嘘ではありません。
いつもの欲求をそれなりに満たせましたし、
彼の言葉で何かを許された気がしました。



勇者さまに申し訳なく思った私は
彼の傷心が最小限になるように、
かつパーティに影響が出ないように手回しをしました。

もともと勇者さまのことを好いていた狩人さんを
勇者さまと二人になるように誘導したり。

彼らが二人でいる間、
勇者さまを慕っている魔女ちゃんが寂しくないように
私にもなつくように頑張ったり。

武闘家のおじさまは事情をなんとなく察したのか
終始にやにやしていました。
腹が立ちます。

…私、なんでこんなことしてるんでしょう。

ともあれ私の暗躍でパーティの雰囲気はこれまで通り、
もしくはこれまで以上によくなりました。



そんな旅の末。
私たちはついに
魔王のもとへたどり着きました。

人間が作るそれとなんら変わらない要塞を攻略し、
最上階の謁見の間で魔王と対峙しました。

「よもやこれまでか。
だが。この首、ただでは渡さぬ。」

魔王が細剣を抜いたのを合図に戦闘が始まります。

予想に反し、魔王本人に戦闘力はありませんでした。
道中の一兵卒と変わりません。

当然と言えばそうかもしれません。
王の仕事は戦闘ではありませんから。

勇者さまの袈裟切りをまともに受け、魔王はあっさりと倒れました。
まだ、魔王の息はあります。

「お待ちください!」
そう、私には確認しなければいけないことがあります。

倒れた魔王に近づき、尋ねます。

「あなたがこの世の全ての病の原因だ、と聞きました。
…真実ですか?」

「…?ふむ」

魔王の目が怪しく光ります。
しまった、思いましたが
体に異常はありません。

「くくっ、なるほどな。
人間としては珍しい考え方だ」

考え方?何を言っているのでしょう。
あ、と思い至ります。
今の目、まさか私の思考を…

「残念だったな。我が死んでも病は消えぬ。
病は自然の摂理だ。」

その言葉に安心します。
しかし、どこか悲しい気もします。
なぜでしょう?私は病が消えてしまっては困るはずなのに。

魔王は私にだけ聞こえる声量で言葉を続けました。


「ふん。
置き土産に助言をくれてやる。

お前はお前が思うほど悪ではない。

内心で何を思っていようが、
お前の行動で救われるものがいる。

それは、まぎれもない事実であろう?

そもそも、人間は思考にとらわれすぎだ。
死ねと思えば相手が死ぬのか?
ならばお前たちはわざわざこんな辺境まで
我を殺しにくることもなかったな。くくくっ。

思うことは自由で、そして無力だ。
裁かれるべきものも、賞賛されるべきものも。
その者の行動であり、思想ではない」


「…ありがとう、ございます」
気が付けば私は礼を口にしていました。

「げほっ。感謝を述べるのなら
一つ頼みを聞いてはくれないか。」

限界が近いようですね。
むしろこの傷でよくここまで話せたものです。

私はうなずいて続きを促す。

「玉座の裏に隠し通路がある。
その先に我が子がいる。
…頼めないだろうか。」

「随分と、信用してくださるんですね。
せっかく隠しているなら黙っていればいいのに。」

「そうだな。げほっ、ごぼっ。
だが、これはお前の、げほっ、欲求にかなうものだと思うが?
子にとって親は唯一だ。男女のそれとは違う。
あの子たちはお前を求めるだろう。どう、だ?」

魔王の懇願は私の欲求を強く刺激しました。

暴論が含まれているのもわかっています。
子にとっての親だって絶対ではありません。
でも。

「…わかりました。
あなたの子は守りましょう。約束します。」


聞き遂げた魔王はにやりと笑うと。

短い詠唱ののちに。

爆ぜた。


威力は低く、もっとも近くにいた私ですら
傷一つありませんでした。

首は渡さない、そう言っていたことから考えると
彼なりの矜持なのでしょう。

…そんな魔力が残っているならもう少し抗えばいいのに。
彼の死を残念に思う自分に、私は驚きませんでした。

誰にも見せたことのない内面を
見られ、肯定されて。
不覚にも心が揺れました。
彼が王だった由縁を垣間見た気がします。

ともあれ、やることはまだあります。
皆さんを説得したのち、隠し通路の先へ向かいます。



天蓋付きベッドの上。
シーツを頭までかぶり、
互いに縋り付きながら怯えている小さな姉妹。
見た目は人間となんら変わりません。

声を掛けます。

「ごめんね。思うところはあるだろうけど…
一緒に来て。あなたのお父さんに頼まれたの。」

まだ怯えている。当然です。親の仇なのですから。

「お願い。私にはあなたたちが必要なの。
それにね、あなたたちにも好都合じゃないかな。
いつでも仇討ちの機会があるよ?」

自分でも何を言っているかわかりませんでした。
私、さっきの魔王みたいな言い方をしているような…
とにかく、敵意がないことは通じたようです。



旅は終わり、私は日常に戻りました。
違うことと言えば…

これまで音信不通だった姉さんと
手紙でやり取りするようになったこと。

平和になって治療を求める人が減ったこと。

そして。

「せいじょさん、おなかへった~」
「へった!」

人々の懇願が減っても
毎日を楽しく過ごせるようになったことくらいでしょうか。
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