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1 事件発生
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---オンライン会議用語集---
オンライン会議:
直接顔を合わせず、PCやスマホを利用して遠隔で行う会議。
背景:
オンライン会議の際に参加者の後ろにうつるもの。
だいたいは壁、窓、天井、ドア。
バーチャル背景:
参加者本人以外の部分を既存の風景写真などと合成し、
まるで参加者がその風景写真の中にいるかのように見せる機能。
参加者の体も一部表示がされなくなるなどの微妙な違和感があるため、
通常、バーチャル背景を使っているかどうかは一目でわかる。
チャット:
即時に短文をやり取りできる機能。
オンライン会議のシステムにも備わっており、
何らかの事情で声が出せない場合などに使う。
ミュート:
消音の意。自身のPCのマイクの入力を切ること。
ミュートしている間は何を話そうとも、
断末魔を上げようともカメラの向こうの参加者に聞こえることはない。
ポケットWifi:
持ち運び可能なサイズの機械。
オンライン会議に必要なインターネット接続ができる。
---
ベッドから手を伸ばし、目覚まし時計を掴む。
会議の5分前。
あぶない、あぶない。
遅刻するところだった。
ベッドから起き上がり、
僕は社用PCであるノートパソコンを開く。
メールサーバーと共有フォルダ内の資料をさくさくと開いていく。
光回線をわざわざ契約しただけある。
会社配布のポケットWifiとはえらい違いだ。
メールをさかのぼり、
目当てのURLを見つける。
上半身のみスーツを着て、手櫛で髪を整える。
URLをクリック。
【オンラインMTGに参加しますか?】
とメッセージボックスが表示される。
【Fさんが会議に参加しました】
最近は一般的になったオンラインでの会議だ。
時間ギリギリだと思ったが、一番乗りだった。
画面には僕の名前、Fだけが表示されている。
これもオンラインの良いところだ。
下っ端は5分前には着席している、とか面倒な暗黙のルールがない。
強いて言うなら背景はバーチャル背景かぼかしで見えないようにしろ、てことくらいか。
でもそれは部屋の散らかっている僕からするとむしろありがたい。
【Bさんが会議に参加しました】
「お疲れ様です!」
「お疲れ様でーす…」
気だるげな男性の声が返ってくる。
Bさんは今回のプロジェクトの技術担当だ。
普段はシステムエンジニアの仕事が主らしい。
Bさんは音声をミュートした。
その数秒後、Bさんの画面が一瞬ぶれる。
回線の調子があまりよくないのかもしれない。
【Aさんが会議に参加しました】
【Cさんが会議に参加しました】
【Eさんが会議に参加しました】
くわぁぁん、くわぁぁん、くわぁぁん。
耳ざわりな音。ハウリングが起きている。
機器の設定ミス、もしくは
参加者のPCどうしが近くにあると起きる現象だ。
今は入室した3人がマイクをミュートにしたら収まった。
Aさんがミュートを外して挨拶をする。
「皆さん、お疲れ様です」
はきはきとした青年の声。
Aさんは海外の大学をでたエリートだそうで、
今回のプロジェクトでもリーダーを任されている。
Aさんがミュートにしたタイミングで、
Cさんが挨拶をする。
「お疲れ様です~。
机が不安定なので
画面が揺れるかもしれませんがご容赦ください~」
Cさんは僕と同期の女性。
新人研修の際に
ミステリー好きという共通点がわかって意気投合して以来、
見かけたらちょくちょく話していた。
おとなしそうな雰囲気に反して画面の背景は派手だ。
会議の画面上では、彼女はジャングルの中である。
バーチャル背景を使用しているのだろう。
Cさんがマイクをミュートし、
Eさんがマイクをオンにして挨拶。
「お疲れ様ですっ!」
Eさんは研修を終えたばかりの新人の女性。
元気だなー。
「みなさん!会議前にちょっとだけいいっすか!?
今度の週末、飲みません?
この時世なんでお店はアレっすけど
宅飲みならセーフだと思います!
そういえばここのメンバーって奇跡的なくらい近所っすよね!
これはもう飲むしかないっすよ!」
Eさんは雑談と飲み会を好む。
営業部所属だから、というよりはもともとの性格だろう。
というか宅飲みも会社にばれたら多分アウトである。
なんのためにこうして在宅勤務してると思ってるんだ、こいつ。
ちなみに距離は本当に近い。
Aさんの家を基準にして
10分圏内にこのプロジェクトのメンバー6人全員の家がある。
さらに全員一人暮らし。
ちなみにこの情報もすべてEさんが集めたものだ。
暇なのだろうか。
昼間でもほとんど人気のないようなさびれた地域なのに、
すごい偶然だと思う。
Aさんが苦笑いしつつ返答。
「あはは。魅力的な提案だけど
もう少し時世が落ち着いてからかな。
このプロジェクトが終わったら
お疲れ会とかできるといいね」
する、とは言わないのがやり手である。
【Dさんが会議に参加しました】
「すみませんっ。遅くなりました!
回線の調子が悪くて…
カメラもオフで失礼します」
慌てた中年男性の声。Dさんが少し遅れて会議に参加した。
Aさんが続ける。
「Dさんもいらっしゃったし、始めましょうか。
本日もよろしくお願いします」
---会議中①---
「それで、この作業に必要な機材に関してですが
この資料の通りで大丈夫でしょうか、Bさん」
Aさんが技術担当であるBさんに話を振る。
ミュート解除までに妙に間がある。
「あー、それで大丈夫です。
手配しておくんでその資料メールで送っといてください。」
とBさん。
「ありがとうございます。
資料は共有フォルダに入っていますが
フォルダの位置と合わせて送っておきますね」
字面だけ見ると「てめえ資料みてねえな?」という嫌味なのだが、
イケメンスマイルで言っているものだから
本当に善意で言っているように思える。
それにしてもBさんの画面に違和感。
なんというか、画面の動きと会話が合っていないような…?
---会議中②---
「Aさん、先方との交渉にあたって
この資料のこの部分を明確にしたいっす。」
Eさんが資料の不明点を指摘した。
「ああ、ごめん。ここはね。」
とAさんが説明していると
がざがざがざっと音がした。
Eさんが少し慌てた様子でマイクをミュートにすると騒音は消えた。
「工事か何かかな?ミュートありがとう。
それで続きだけど…」
---会議中③---
「さて次の社内の会議で必要なこのデータだけど…
Cさん、次の水曜日までお願いしていい?」
とAさん。
Cさんは頷く。
『音声の調子が悪いのでチャットで失礼します。
水曜日までに準備とのこと、承知いたしました。』
オンライン会議に付属しているチャット機能だ。
会議に参加している人の間で文字のやり取りができる。
「よし、おっけー。
あとは…」
?最初に挨拶したときは普通に話してたよな。
いつ不調に気が付いたんだろう。
---会議中④---
Aさんの回線が急におちたため、
彼が会議に復帰するのを待つ間に
雑談をしていた。
「Bさーん、あたしたちのPC不具合多くないっすか?
なんとかしてくださいよ~」
Eさんが文句をつける。
「いやあ、皆さんのPCの設定は外注してるんで
僕は何もわからないんですよ。
苦情はそっちにお願いします。」
Bさんが気だるげに答える。
たしかにBさんの言う通りだった気がする。
うちの会社で使用する社用PCの設定は完全に外部委託だったはずだ。
Bさんは関係がない。
それにしてもこのPC不具合まみれだよな。
外注先変えたほうがいいだろ、これ。
---
「すみません、まだ少し長引きそうなので
10分くらい休憩としませんか?」
Aさんの提案。
「そうですね。
いったん頭を切り替えたほうがよさそうです。」
と僕は賛成する。
「それでは、お疲れ様です。
また10分後によろしくお願いいたします。」
…会議を再開することはないのだが、この時点の僕は知る由もない。
「Aさんは休日なにしてんすかー?」
「んー、筋トレと資格の勉強が主かな。Eさんは?」
「あたしっすか?そうっすねー」
EさんとAさん以外は画面、音声ともにオフになっている。
EさんとAさんの会話を尻目に台所へ。
眠い。コーヒーが必要だ。
5分後、コーヒーを入れて戻ると全員の画面とマイクはオフになっていた。
10分後。会議を再開する時間だが、何人か戻ってきていない。
Dさんはずっと画面オフだから…
あとはAさんとCさんか。
Aさんの画面がオンになった。
しかし。
明らかに様子がおかしかった。
全身がだらりと脱力し、
開きっぱなしの口が天井に向けられたままになっている。
ぴくりとも動かない。
視線を逸らすため、そして現実からも目を逸らすため、
他のメンバーを見渡した。
Bさんだけはポーカーフェイスを維持。
Dさんは画面がオフだからわからないが、
『kkyuukyusha wows』
チャットで何事か発言している。気が動転してアルファベット入力になっている。
おそらく、「救急車を」と言いたいのだろう。
Eさんは叫んでいる。音声がオフでよかった。明らかにうるさい。
少し遅れてCさんのカメラが付く。
目を見開いたCさんは数秒固まったのちに、
『110と119してきます』とチャット。
画面の前で携帯電話をかけ始めた。
Cさんが対処を始めてくれたおかげで我を取り戻した。
マイクをオンにして言う。
「Eさん!Aさんの家の場所、わかりますよね!?案内して!
あと、Dさんも一緒に来てください!
Bさんはこのまま画面を監視していてください!」
「承知っす!えーっと、コンビニの近くの公園わかりますよね?
あの近くなので公園に集合してください!」
Eさんの返答。
「わかりました。すぐに向かいます。」
とDさん。
「あ、ああ。了解。」
とBさん。
PCを切る時間も惜しく、
慌ててズボンをはいて家を飛び出す。
昼間だというのに人っ子一人いない。
それは何かあったとしても目撃者がいないことを意味する。
数分後に公園に着く。
Eさんはすでに着いていた。
「おーいっ!こっちっすー!」
「Dさんは?」
息を切らしながら答える。
「あ、きたっすよ」
ほぼ同時の到着だった。
Eさんの案内でAさんのマンションに到着する。
ちょうど一階で止まっていたエレベーターに乗り、上階へ。
少し歩いて部屋の前に立つ。
震える手でインターホンを押す。
案の定、返事はない。
ドアノブに手をかける。
鍵はかかっていなかった。
「Aさーん、入りますよー」
と声をかけ、玄関に入る。
物音はせず、また荒らされた形跡もない。
あまり広い家ではなく、台所やトイレなどを除けば
人が住むスペースは一室しかない。
電気が付いているその部屋に入ると。
変わり果てたAさんの姿。
椅子に座ったまま天井を向いている。
画面越しにみたのとまったく同じ姿勢。
それが何を意味するのかは明白だ。
Eさんが悲鳴を上げ、Dさんが腰を抜かす。
二人があまりにも取り乱すので
僕はむしろ冷静になった。
まずは…
Aさんに近づこうとすると、足に温かく湿った感触。
それは後回しにしてAさんの前へ。
「Fさん!状況は?」
Cさんの声だ。
画面の前に立ったため、僕たちの到着に気が付いたのだろう。
Aさんのパソコンのマイクをオンにし、返答をする。
「わかりません!今から確認します!」
Aさんに息があるかを確認する。
…ないな。心臓も動いていない。
そうだ、人工呼吸と心肺蘇生!
「Eさん!AED探してきて!
マンション内になければコンビニに行って!」
「おっけーです!」
返事をし、走り去った。
人工呼吸を試みようとしたとき、
本能が警鐘を鳴らす。
Aさんの近くの地面の温かく湿った感触。
そこに目を向けると、カーペットの上に茶色い染み。
においを嗅ぐ。コーヒーの香ばしい香りだ。
だが、微妙に異臭が混じっている気がする。
アーモンドのような匂い?
実物は見たことないが…
青酸カリ、だろうか。ミステリーでよく見る毒物。
…Aさんはそれを盛られた?
人工呼吸は断念し、心臓マッサージのみを行うことにした。
救急車が来るまでDさんと交代で蘇生活動を行った。
無駄だということはなんとなくわかっていた。
救急車はサイレンを鳴らさずに帰っていった。
---
警察に事情を話しつつ、気になったことをいくつか聞いてみた。
本当はあんまり教えていいことじゃないんだけどね、と
おしゃべりそうな警官は前置きをして以下のことを教えてくれた。
・Aさんの死因は毒、青酸カリの急性中毒。
(もし匂いをかいでいたら病院に行くようにとも言われた。
それだけでも危険らしい。面倒くさいから黙っておいた。)
・部屋は荒らされておらず、金品も取られていないとのこと。
・おそらくは犯行後に綺麗に掃除がされたらしく、
被害者の周囲を含めても毛髪などが
ほとんど見つからなかったとのこと。
・マンションの管理会社は鍵の複製は認めておらず、
部屋の中にあった鍵は間違いなく被害者の部屋の鍵であったこと。
・事件発生当時のことを周辺の住民に聞くも、
有力な情報は得られなかったこと。
その時間帯は普段から人通りがかなり少ないらしい。
・マンションに設置されている犯行カメラはダミーであるため、
情報がないこと。
「このへんの事情を知ってるやつの犯行ぽいんですよねー。
雰囲気でだれが怪しいとかあったら教えてくださーい。」
と締めた。
…この警官を見ていると国の未来が心配になるな。
警察官から聞いた内容は今日のメンバーにも共有しておいた。
オンライン会議:
直接顔を合わせず、PCやスマホを利用して遠隔で行う会議。
背景:
オンライン会議の際に参加者の後ろにうつるもの。
だいたいは壁、窓、天井、ドア。
バーチャル背景:
参加者本人以外の部分を既存の風景写真などと合成し、
まるで参加者がその風景写真の中にいるかのように見せる機能。
参加者の体も一部表示がされなくなるなどの微妙な違和感があるため、
通常、バーチャル背景を使っているかどうかは一目でわかる。
チャット:
即時に短文をやり取りできる機能。
オンライン会議のシステムにも備わっており、
何らかの事情で声が出せない場合などに使う。
ミュート:
消音の意。自身のPCのマイクの入力を切ること。
ミュートしている間は何を話そうとも、
断末魔を上げようともカメラの向こうの参加者に聞こえることはない。
ポケットWifi:
持ち運び可能なサイズの機械。
オンライン会議に必要なインターネット接続ができる。
---
ベッドから手を伸ばし、目覚まし時計を掴む。
会議の5分前。
あぶない、あぶない。
遅刻するところだった。
ベッドから起き上がり、
僕は社用PCであるノートパソコンを開く。
メールサーバーと共有フォルダ内の資料をさくさくと開いていく。
光回線をわざわざ契約しただけある。
会社配布のポケットWifiとはえらい違いだ。
メールをさかのぼり、
目当てのURLを見つける。
上半身のみスーツを着て、手櫛で髪を整える。
URLをクリック。
【オンラインMTGに参加しますか?】
とメッセージボックスが表示される。
【Fさんが会議に参加しました】
最近は一般的になったオンラインでの会議だ。
時間ギリギリだと思ったが、一番乗りだった。
画面には僕の名前、Fだけが表示されている。
これもオンラインの良いところだ。
下っ端は5分前には着席している、とか面倒な暗黙のルールがない。
強いて言うなら背景はバーチャル背景かぼかしで見えないようにしろ、てことくらいか。
でもそれは部屋の散らかっている僕からするとむしろありがたい。
【Bさんが会議に参加しました】
「お疲れ様です!」
「お疲れ様でーす…」
気だるげな男性の声が返ってくる。
Bさんは今回のプロジェクトの技術担当だ。
普段はシステムエンジニアの仕事が主らしい。
Bさんは音声をミュートした。
その数秒後、Bさんの画面が一瞬ぶれる。
回線の調子があまりよくないのかもしれない。
【Aさんが会議に参加しました】
【Cさんが会議に参加しました】
【Eさんが会議に参加しました】
くわぁぁん、くわぁぁん、くわぁぁん。
耳ざわりな音。ハウリングが起きている。
機器の設定ミス、もしくは
参加者のPCどうしが近くにあると起きる現象だ。
今は入室した3人がマイクをミュートにしたら収まった。
Aさんがミュートを外して挨拶をする。
「皆さん、お疲れ様です」
はきはきとした青年の声。
Aさんは海外の大学をでたエリートだそうで、
今回のプロジェクトでもリーダーを任されている。
Aさんがミュートにしたタイミングで、
Cさんが挨拶をする。
「お疲れ様です~。
机が不安定なので
画面が揺れるかもしれませんがご容赦ください~」
Cさんは僕と同期の女性。
新人研修の際に
ミステリー好きという共通点がわかって意気投合して以来、
見かけたらちょくちょく話していた。
おとなしそうな雰囲気に反して画面の背景は派手だ。
会議の画面上では、彼女はジャングルの中である。
バーチャル背景を使用しているのだろう。
Cさんがマイクをミュートし、
Eさんがマイクをオンにして挨拶。
「お疲れ様ですっ!」
Eさんは研修を終えたばかりの新人の女性。
元気だなー。
「みなさん!会議前にちょっとだけいいっすか!?
今度の週末、飲みません?
この時世なんでお店はアレっすけど
宅飲みならセーフだと思います!
そういえばここのメンバーって奇跡的なくらい近所っすよね!
これはもう飲むしかないっすよ!」
Eさんは雑談と飲み会を好む。
営業部所属だから、というよりはもともとの性格だろう。
というか宅飲みも会社にばれたら多分アウトである。
なんのためにこうして在宅勤務してると思ってるんだ、こいつ。
ちなみに距離は本当に近い。
Aさんの家を基準にして
10分圏内にこのプロジェクトのメンバー6人全員の家がある。
さらに全員一人暮らし。
ちなみにこの情報もすべてEさんが集めたものだ。
暇なのだろうか。
昼間でもほとんど人気のないようなさびれた地域なのに、
すごい偶然だと思う。
Aさんが苦笑いしつつ返答。
「あはは。魅力的な提案だけど
もう少し時世が落ち着いてからかな。
このプロジェクトが終わったら
お疲れ会とかできるといいね」
する、とは言わないのがやり手である。
【Dさんが会議に参加しました】
「すみませんっ。遅くなりました!
回線の調子が悪くて…
カメラもオフで失礼します」
慌てた中年男性の声。Dさんが少し遅れて会議に参加した。
Aさんが続ける。
「Dさんもいらっしゃったし、始めましょうか。
本日もよろしくお願いします」
---会議中①---
「それで、この作業に必要な機材に関してですが
この資料の通りで大丈夫でしょうか、Bさん」
Aさんが技術担当であるBさんに話を振る。
ミュート解除までに妙に間がある。
「あー、それで大丈夫です。
手配しておくんでその資料メールで送っといてください。」
とBさん。
「ありがとうございます。
資料は共有フォルダに入っていますが
フォルダの位置と合わせて送っておきますね」
字面だけ見ると「てめえ資料みてねえな?」という嫌味なのだが、
イケメンスマイルで言っているものだから
本当に善意で言っているように思える。
それにしてもBさんの画面に違和感。
なんというか、画面の動きと会話が合っていないような…?
---会議中②---
「Aさん、先方との交渉にあたって
この資料のこの部分を明確にしたいっす。」
Eさんが資料の不明点を指摘した。
「ああ、ごめん。ここはね。」
とAさんが説明していると
がざがざがざっと音がした。
Eさんが少し慌てた様子でマイクをミュートにすると騒音は消えた。
「工事か何かかな?ミュートありがとう。
それで続きだけど…」
---会議中③---
「さて次の社内の会議で必要なこのデータだけど…
Cさん、次の水曜日までお願いしていい?」
とAさん。
Cさんは頷く。
『音声の調子が悪いのでチャットで失礼します。
水曜日までに準備とのこと、承知いたしました。』
オンライン会議に付属しているチャット機能だ。
会議に参加している人の間で文字のやり取りができる。
「よし、おっけー。
あとは…」
?最初に挨拶したときは普通に話してたよな。
いつ不調に気が付いたんだろう。
---会議中④---
Aさんの回線が急におちたため、
彼が会議に復帰するのを待つ間に
雑談をしていた。
「Bさーん、あたしたちのPC不具合多くないっすか?
なんとかしてくださいよ~」
Eさんが文句をつける。
「いやあ、皆さんのPCの設定は外注してるんで
僕は何もわからないんですよ。
苦情はそっちにお願いします。」
Bさんが気だるげに答える。
たしかにBさんの言う通りだった気がする。
うちの会社で使用する社用PCの設定は完全に外部委託だったはずだ。
Bさんは関係がない。
それにしてもこのPC不具合まみれだよな。
外注先変えたほうがいいだろ、これ。
---
「すみません、まだ少し長引きそうなので
10分くらい休憩としませんか?」
Aさんの提案。
「そうですね。
いったん頭を切り替えたほうがよさそうです。」
と僕は賛成する。
「それでは、お疲れ様です。
また10分後によろしくお願いいたします。」
…会議を再開することはないのだが、この時点の僕は知る由もない。
「Aさんは休日なにしてんすかー?」
「んー、筋トレと資格の勉強が主かな。Eさんは?」
「あたしっすか?そうっすねー」
EさんとAさん以外は画面、音声ともにオフになっている。
EさんとAさんの会話を尻目に台所へ。
眠い。コーヒーが必要だ。
5分後、コーヒーを入れて戻ると全員の画面とマイクはオフになっていた。
10分後。会議を再開する時間だが、何人か戻ってきていない。
Dさんはずっと画面オフだから…
あとはAさんとCさんか。
Aさんの画面がオンになった。
しかし。
明らかに様子がおかしかった。
全身がだらりと脱力し、
開きっぱなしの口が天井に向けられたままになっている。
ぴくりとも動かない。
視線を逸らすため、そして現実からも目を逸らすため、
他のメンバーを見渡した。
Bさんだけはポーカーフェイスを維持。
Dさんは画面がオフだからわからないが、
『kkyuukyusha wows』
チャットで何事か発言している。気が動転してアルファベット入力になっている。
おそらく、「救急車を」と言いたいのだろう。
Eさんは叫んでいる。音声がオフでよかった。明らかにうるさい。
少し遅れてCさんのカメラが付く。
目を見開いたCさんは数秒固まったのちに、
『110と119してきます』とチャット。
画面の前で携帯電話をかけ始めた。
Cさんが対処を始めてくれたおかげで我を取り戻した。
マイクをオンにして言う。
「Eさん!Aさんの家の場所、わかりますよね!?案内して!
あと、Dさんも一緒に来てください!
Bさんはこのまま画面を監視していてください!」
「承知っす!えーっと、コンビニの近くの公園わかりますよね?
あの近くなので公園に集合してください!」
Eさんの返答。
「わかりました。すぐに向かいます。」
とDさん。
「あ、ああ。了解。」
とBさん。
PCを切る時間も惜しく、
慌ててズボンをはいて家を飛び出す。
昼間だというのに人っ子一人いない。
それは何かあったとしても目撃者がいないことを意味する。
数分後に公園に着く。
Eさんはすでに着いていた。
「おーいっ!こっちっすー!」
「Dさんは?」
息を切らしながら答える。
「あ、きたっすよ」
ほぼ同時の到着だった。
Eさんの案内でAさんのマンションに到着する。
ちょうど一階で止まっていたエレベーターに乗り、上階へ。
少し歩いて部屋の前に立つ。
震える手でインターホンを押す。
案の定、返事はない。
ドアノブに手をかける。
鍵はかかっていなかった。
「Aさーん、入りますよー」
と声をかけ、玄関に入る。
物音はせず、また荒らされた形跡もない。
あまり広い家ではなく、台所やトイレなどを除けば
人が住むスペースは一室しかない。
電気が付いているその部屋に入ると。
変わり果てたAさんの姿。
椅子に座ったまま天井を向いている。
画面越しにみたのとまったく同じ姿勢。
それが何を意味するのかは明白だ。
Eさんが悲鳴を上げ、Dさんが腰を抜かす。
二人があまりにも取り乱すので
僕はむしろ冷静になった。
まずは…
Aさんに近づこうとすると、足に温かく湿った感触。
それは後回しにしてAさんの前へ。
「Fさん!状況は?」
Cさんの声だ。
画面の前に立ったため、僕たちの到着に気が付いたのだろう。
Aさんのパソコンのマイクをオンにし、返答をする。
「わかりません!今から確認します!」
Aさんに息があるかを確認する。
…ないな。心臓も動いていない。
そうだ、人工呼吸と心肺蘇生!
「Eさん!AED探してきて!
マンション内になければコンビニに行って!」
「おっけーです!」
返事をし、走り去った。
人工呼吸を試みようとしたとき、
本能が警鐘を鳴らす。
Aさんの近くの地面の温かく湿った感触。
そこに目を向けると、カーペットの上に茶色い染み。
においを嗅ぐ。コーヒーの香ばしい香りだ。
だが、微妙に異臭が混じっている気がする。
アーモンドのような匂い?
実物は見たことないが…
青酸カリ、だろうか。ミステリーでよく見る毒物。
…Aさんはそれを盛られた?
人工呼吸は断念し、心臓マッサージのみを行うことにした。
救急車が来るまでDさんと交代で蘇生活動を行った。
無駄だということはなんとなくわかっていた。
救急車はサイレンを鳴らさずに帰っていった。
---
警察に事情を話しつつ、気になったことをいくつか聞いてみた。
本当はあんまり教えていいことじゃないんだけどね、と
おしゃべりそうな警官は前置きをして以下のことを教えてくれた。
・Aさんの死因は毒、青酸カリの急性中毒。
(もし匂いをかいでいたら病院に行くようにとも言われた。
それだけでも危険らしい。面倒くさいから黙っておいた。)
・部屋は荒らされておらず、金品も取られていないとのこと。
・おそらくは犯行後に綺麗に掃除がされたらしく、
被害者の周囲を含めても毛髪などが
ほとんど見つからなかったとのこと。
・マンションの管理会社は鍵の複製は認めておらず、
部屋の中にあった鍵は間違いなく被害者の部屋の鍵であったこと。
・事件発生当時のことを周辺の住民に聞くも、
有力な情報は得られなかったこと。
その時間帯は普段から人通りがかなり少ないらしい。
・マンションに設置されている犯行カメラはダミーであるため、
情報がないこと。
「このへんの事情を知ってるやつの犯行ぽいんですよねー。
雰囲気でだれが怪しいとかあったら教えてくださーい。」
と締めた。
…この警官を見ていると国の未来が心配になるな。
警察官から聞いた内容は今日のメンバーにも共有しておいた。
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だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
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