柴犬シバのゆかいな?日々   シバの短編集

篠宮 楓

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今は昔 柴犬のシバといふものありけり

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今は昔 柴犬のシバといふものありけり
野山にまじりて竹を取りつつよろづのことに……



『作れるわけねぇだろ、バカ作者! 斧ものこぎりももてねぇよ! 肉球なめんなよゴラァッ! しかも昔話にしてんじゃねーよ! オレ様は現在いまを生きている!!』

 『じゃあ、なんでこんなところに来るのよ。バカシバ』

……それは、オレ様も少し前のオレ様に聞きたい。

 様様煩いわねぇと呆れたようにため息をつく桜の声に、オレもわふんと息を吐き出した。



すのぼー日帰り旅行から帰ってきたねーさんとにーちゃんは、傍から見てもだいぶ距離が近づいた。
 甘い雰囲気を出しているのに、本人が気が付かないってこれどうよ。
まぁ、久しぶりに散歩で会ったにーちゃんの妹ちゃんもドン引きながらも気が付いてたから、人間的にも分かる雰囲気ではあるんだろうな。
そうやって休日の散歩やオレらの知らない所での逢引を経てぐんっと距離が近づいた二人は、雪山デートの次はハイキングデートにしたらしい。

……オレが言うのもなんだけど、健全だな。成犬……じゃねーや、成人のくせして。

で。

さぁ、ここからはオレの回想だ!


******************************


『ハイキングデートとか、すのぼーでーととか、なんでこんなにうちの主人たちは奥手かね。飼い犬連れてきてデートとか、最初の一回で終わりにしろよな』

 今回も寝ている間にゲージに入れられ、目を覚ましたら山奥でしたっていうサプライズをやらかしてくれた飼い主達をゲージから体半分だけ出した状態のまま呆れた目で見ていた。

 『ホントよね。私だって顔を合わせるならもっと素敵な犬かたの方がいいわ。何が悲しくて、柴犬界きってのバカシバにこうも顔を合わせなきゃいけないっていうのよ。はぁ』

……同意してるけれど、根本的な所が違う気がするのは……オレの気のせい?
しかも、柴犬界きってのバカシバとか……オレ豆〇バより下?


 『ベビ○バより、下』
ノォォォ!
 生まれたてより下かよ!!


これってさ。
オレ、拗ねていいよな。
いじけていいよな。


 「すごーい、こうやって靴紐縛ると解けにくいんだね」
 「あぁ。少し手を加えると、頑丈に縛れる」


 向こうはらぶらぶだしよー。
 靴紐とか犬には関係ないんだぜ。
なんたって、靴はかねーからな!

……虚しい;;

 「そこ急斜面になってるから、あまり近づかないようにな。竹林だから筍あるかもしれないけど」
 「あはは、見つけたら面白いね」
 覗き込むねーさんの腕を、やんわりと掴んでいるにーさん。
おやおや、恋人雰囲気ばっちりじゃねーか。
んだよ、すげぇお邪魔じゃね?
オレらいらなくね?

 『はぁぁ』

オレ様の運命の美犬は、どこにいるんだよ……


ちらりと桜を見る。
こっちにはまるで興味なさそうに、そばに咲く花の匂いを嗅いでいた。

オレって……オレって……


『ねーさんや、オレ様ってばなんかちょっと寂しくなってきたよ』


 珍しく気落ちする自分に耐えられなくなって脛にすり寄れば、気付いたねーさんが手を伸ばしてオレ様の頭を撫でた。
 「どうしたの、シバ」
 機嫌がいいのか、凄く優しい声で。
いや、元々ねーさんは優しいのだ。
ただオレの所に来る時が、感情が上下しているのが多いだけで。

 『……うぅ』

 「ん? シバ?」

なんか、なんか、優しさって泣かせるなぁぁっ!
 『ねーさん!!』
 目に浮かぶきらりと光るそれを自分で感じつつ、思わずねーさんに飛びついた。
 「えっ? シバ!?」
 『おぅっ?!』
……飛びついたつもりで、オレ様の後ろ足が下にあった石を踏んづけたらしい。
 全く違う場所めがけて飛びついたオレさまの前には、何にもないただの空間。

……

『うおぉぉぉぉぉぉあっ!!』

 「シバ!?」


がんごろがんごろごろりんちょ。


 時々背中を竹にぶち当てながら、オレさまの体は急斜面をごろごろと転げ落ちて行った。



*******************************


で。今にいたる。

 運よく頭もぶつけず、ほぼかすり傷で落ち葉の溜まっている場所に突っ込んだオレは全身をぶるぶるさせてごみを取り除くと同時に怪我の有無を確認した。
そこに後ろから追いかけてきてくれた桜が、到着したというわけさ。

 『うちのにーちゃん、学校でわんだーほーげるとかいう山歩きの活動してたから、すぐに迎えに来るわよ。だから安心して、怒られる準備しておけば?』

 嬉しいのに嬉しくないこの感情、どうしてくれよう。

 『つーか、オレ怒られんのかー。いっそのこと、筍でも探してご機嫌取ろうかなーって、オレの腹の下にあるのまさしく筍じゃねーか!』
オレ、凄くね!? つっか、掘れないけど!
いや、土は掘れるけどたぶん筍も抉る! 自信ある!


もうなんか力抜けて、なんも出来ねーよオレ。

 『で、どうしてあんな間抜けな落ち方したわけ? 何にもない所めがけて飛びつくとか。犬的にもおかしいわよ』
 早々ににーちゃんの救助を当てにした桜が、しっぽをゆらゆらさせながらオレを見た。
 機嫌悪そうじゃないのはいいけど、あんまり聞かれたくねぇなー。
 馬鹿にされる。

 『シバ?』

けれど世の女性の笑顔は、往々にして裏があるから怖い。
にっこり笑ってオレの名前を呼ぶ桜の声に、”さっさと答えなさいよ、面倒くさい”という副音声が聞こえるのは気のせいか。いや、気のせいではない。by反語

オレさまはふはぁっと息を吐いて、腹をぺたっと地面につけた。


 『なんかさー、優しさって泣かせるよな』
 『はぁ?』

 意味わからないんですけど。
 声に出てなくても、めちゃくちゃ聞こえてくるんですけど桜の内心。

 以心伝心とか、喜ぶべきところじゃないな。

 『いやさー、皆してバカシバだのいうから(今日は主に桜)落ち込み始めた所に、ねーさんが優しく声かけてくれたりするからよ! つい嬉しくなって飛びついちまったんだよっ』
かーっ照れるねっ。
 雄だって、甘えたいときくらいあんだよっ。
 自分の甘ったれなところを垣間見られた気がしてわふんわふん照れてたら、距離とられた。
 失礼な。

 『飛びついた先が崖とか、あんたどんだけ』
バカ。

あぁぁ、もう桜の心の声は、俺の心で勝手に副音声として響いてくる!
ここまで通じ合ったなんて……なんて……っ!

 『ヤラせろ!』
 『逝ってこい!!』




「シバーっ! シバってば、どこー?」

 遠くから聞こえたねーさんの声に、ぴくりと耳をたたせる。
 『あら、思ったよりも早かったわね』
 桜にも聞こえたらしく、耳を動かしながらあたりの気配を探った。

すると二人の足音と、にーちゃんねーさんの声。
 思わず嬉しくなって、わんわんぎゃんぎゃん吠えまくる。

 『ここだよーっ! ねーさんや、オレ様はここにいるよぉぉぉっ!』
 『ちょ、煩い! 聞こえてるわよ、そんなにアピールしなくても!』

 桜、お前冷静過ぎ。
 吊り橋効果(ねーさんがいつぞやの夕飯の時に行ってた言葉。エレベーターの中とかに閉じ込められちゃうとかそんなシチュ私悶えるーっ!と。絶対にーちゃんに見せらんねーな)とかちょっと期待したのに、少しもなしかよ。

そんなことしてる間に、にーちゃんの頭がぽっかりと低木の隙間から見えた。

 『にーちゃんや! ねーさんはいるのかー』
オレ様は、飼い主のねーちゃんと愛を確かめたいぞーっ!
 『ウザ』
うるせぇっ

「シバ!」

 『ねーさん!』

ひょこっと、木々の間からねーさんが姿を現した。
オレを見て、足早に駆けてくる。

あぁ、ねーさん! そんなにオレ様を心配してくれたのかい!!
ごめんよ、冷たい飼い主とか思ってて!

キラキラしたお目目でねーさんを見つめ、傍まで駆け寄ってきた彼女がきっとオレにするだろう抱擁を受け止める体勢を整える。

いつでもイイゼ!
カモーン!


すると……


「やっだ、桜ちゃん凄い!!」

 俺の横をすり抜けて、桜の座っている場所に膝をついた。
 『え? あれ?』
オレ様との感動の対面は??

わふっ? と首を傾げていたら。

 「ほら! 筍よ!」
ねーさんが、オレの後ろからきているのだろうにーちゃんに向かって喜びの声を上げた。
 「あぁ、本当だ」
オレの横をすり抜けてねーちゃんの傍に膝をつくと、ひょこっと出ている筍の穂先に触れる。
 「掘ってみようか。ここの管理人さんには、見つけたらとっていいと言ってもらえているから」
そういうが早いか、何やら棒のようなものを取り出して地面を掘り始めた。

その姿を、ハートのお目目で見つめるねーさん。

あれ。
さっきまでの感動の再会は?
オレになんかないの?
オレ探しに来たんじゃないの?

くーんと一つ泣いて、ねーさんの傍らに寄る。
そして上着の袖をくいくいと間で引っ張ったら。

ねーさんはぐいっとオレに顔を近づけて、にっこりと笑った。

 「崖から落ちるとか、ホントドジなんだから。桜ちゃんを見習いなさい。あんたを追った上に、筍まで見つけてくれて!」

 桜が筍……?

ねーさんの横に生えてる筍。
……あれ、それって……


『オレがさっき見つけた奴じゃねーか!』
なんで桜が見つけたことになってんだよ!
 涙目で桜を睨めば、
 『私何も言ってないけど?』
と、すっとぼけやがった!

 筍の傍に座ってりゃぁ、そりゃ見つけたと思うべな!

 『日頃の行いの結果じゃない?』
 『なんだってぇぇ!』


ついワオーンと吠えたのが悪かった。


ぐいっと顔を両手で固定されて、強制的に向けられる。
それはねーさんの真正面。

 「あんたね、崖落ちて迷惑かけてんだから少しは静かにしてなさい」

 『ハイ』

わふん。


それ、俺が見つけたのに……


『世の中は、女に都合よくまわってるのよ』


まったく、そのとーりデスネ……


はぁぁ。
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