君が見ていた空の向こう

篠宮 楓

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どっち? 問題。

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「祐」
「ん? ……んっ」

 陽が陰ってきた一人住まいの部屋に、微かに響いたのは自分の声。
 聞きたくない種類のその声音は、当たり前だけど自分が出してるわけで耳を塞ごうが塞ぐまいが防ぐことはできない。
 お互いに向かい合って床に座ったまま、唇を重ねる。

 冷えてきた部屋の中、触れている唇がやけに温かく感じられて、……それが恥ずかしくてぎゅっと目を瞑った。

 

 家が喫茶店を経営している朽木は、強制ではないらしいが放課後は手伝いをしていることが多い。だから、学校以外で一緒に居る時間は少なくて。たまに開いた時間は、俺のアパートに来ることが増えた。

 なぜなら、俺にとって、こんなこと外でできないから。


「ん、ん……」
 結んだ唇に、濡れた感触がゆっくりと這う。閉じたその場所に、隙間を見つけるように。隙間を作るように。
「祐、口、開けて」
「んーっ」
 言葉を出せば、否定をすれば。それを伝える前に、言葉は潰えてしまうだろう。それを朽木が逃すとは思えない。今までの、経験上。
「たーすーく」
 名前を呼ばれながら舌先でつつかれて緩みそうになる口に気がついて、俺は思いっきり顔をそむけた。

「ぶはぁぁぁっっ」
「……」

 両肩を朽木に掴まれたまま深呼吸する俺は、ものすごく間抜けだろう! いい、間抜けに甘んじる!!
 そのままぜぇはぁ息をしていたら、朽木のため息が降ってきた。

「ねぇ、祐。全く先に進めないんだけど、ナニコレ生殺しのまま過ごせってこと?」
「うるせぇっ! 俺のペースに合わせるっつったろ!!!」
「いや、そうだけど。そうなんだけどね?」

 はぁ。
 
 もう一度ため息をついた朽木が、俺の腕を開放して床に腰を下ろした。

「さすがに三ヵ月、一歩も先に進めないとは思ってなかった」
「うっ……」

 
 朽木との関係が変わった、あの日から三ヵ月。朽木の告白を、それならそうなんじゃないかというなんともはっきりしない言葉で自分の気持ちを告げてから三ヵ月。
 朽木は、ゆっくりとそういう関係になれればって言ってはくれたものの。

 すでに年を跨いで、三ヵ月。
 もうすぐ高校二年は終わる。

 この三ヵ月、俺達がしたことと言えばキス(軽い奴)とハグ。
 さすがに悪いような気がするけど、でもそれ以上に恥ずかしいんだ!

「……だっ、その。恥ずかしいというか、その」

 もごもごと口の中で呟けば、立てた両膝に肘をつけて朽木が笑う。
「いやまぁ、俺が言い出したんだしね。少しずつって。うん、わかってるんだよ」

 分かってるけど、本能がね……。と、朽木は何やら不穏な言葉を口にしたけれど、はぁ、ともう一度ため息を吐き出した。

「あぁ、でもそんな祐が可愛くてどうしてくれよう。あぁ、祐が可愛い、言うこと聞いちゃう俺も可愛い。待っちゃうんだよ、待っちゃうんだろうねぇ」

 朽木の手が、ぽすっと俺の頭に乗る。
「まぁ、俺が触る事に慣れてきてくれたって思えば、少しは進んでると考えていいのか……、いいのか……。男子高生、これでいいのか……」
「は?」
「いや、だって男の性欲のピークって」
「うるせぇ黙れ」


 そして、暫くしゃべって朽木は帰っていった。






 その後姿が通りの向こうに消えるのをアパートの廊下から見送って、部屋に戻る。
「……」
 そうして徐に床に座り込むと、両手で頭を抱えた。
「無理だ無理だ無理だ……!!!!!」
 一気に言い放って、床をごろごろ転がった。

 
 いや、朽木の言い分は俺にだってわかる。
 俺だって性欲もあるし、ムラムラもすりゃぁ自分でだってする。そういう知識だってあるし、したいと思うことだってある。
 好意を持っている人間がいて、向こうも俺の事を好きでいてくれて。お互いに気持ちが通じていれば、そりゃそういう行為へと流れていくのが世の常だろう。


 が!


 それは今まで、俺が……その、「する方」で、妄想してたわけで! かといって、今の状況。俺がする方で想像ができない。
 それ以上に、

「される事に、想像がつかない……」
 

 キスをして、その、べろちゅうとかしちゃって。そのまま進んで、その、そういうことになったとしたら、一体どうすりゃぁいいんだ。


「俺、どっちなんだ……」



 目下、俺を悩ませる一番の問題。
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