君が見ていた空の向こう

篠宮 楓

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はじまり。

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「今更って……今更ってお前」
うわごとのように繰り返す僚太の声をどこか遠い所で聞きながら、俺は正也を凝視する。
今更って、どういう事だ?

正也は首を傾げながら、周囲のクラスメイトに同意を求めたが、頷いたのは半数。
……っていうか、半数も知ってたのかよ!
しかも、あんなくだんねー理由だっつうのに……!


「朽木が祐の事好きだって事、結構前から気付いてたけど。まぁ、お前ノーマルだしいきなり言われたら拒否反応示すよなぁ。確かに」
……
「いや、俺としては正也が異様に冷静な方が物凄い違和感と共に衝撃を受けるんだが」
思わず、朽木への怒りが落ち着く位に。
俺に同意する様に頷く僚太の耳をぐいっと正也が引っ張って、俺の耳元まで寄せた。

「これ言うと面倒だから内緒にしてたけど、俺、バイだから」

「……倍?」
「バイ」
「……売?」
「男でも女でも、性別関係なくOK」
「男女、関係なく……?」
「うん。上でも下でも」

思わず固まったのは、言うまでもない。

そんな可愛い顔して、上でも下でもとか……今、朝なんですが……。

ちらりと僚太を見れば、あまりにも衝撃的だったのだろう。
口を手で覆ったまま正也を凝視している。
うん、そうだな。
初キスとかに夢見てる脳内乙女なお前には、濃ゆい告白だったな。

かくいう俺だって、結構な衝撃度合だ。
でも確かに内緒にしているのは、正解だと思う。
こいつは、この学校で人気あるから。
女子のいない男子校で、だ。


正也は何でもない様に体を椅子に戻すと、でもさー、と俺を見た。

「好きだって言われて殴るとか、それ酷くない? 断るにしても、そこまでしなくても」

「んあ?」

落ち着き始めていた脳内が、一瞬にして沸騰する。
目つきが鋭くなったからか、正也が眉を顰める。

「そりゃー、偏見あるかもだけどさ」
「別にそこに偏見とかはない。好きなら好きでいいじゃねぇか、本人同士がそれでよけりゃ」
「じゃぁ何? 偏見はないけど、自分に対して好意を持たれたら気持ち悪いって事?」
「違う」
ふつふつと、わき上がる怒り。

俺はぐっと拳を握ると、正也を睨みつけた。

「あいつ、下駄箱でなんていったと思う?」

「はぁ? 好きって言われただけじゃないの?」
他に何が……、そう続けた正也の言葉を遮って口を開いた。



「あいつ、好きだって言った後なんて言ったと思う」
「ん? え、何言われたの」
「……」

衝撃から少し立ち直ってきたのか、僚太も視線だけこっちに向けている。
聞けよ、あいつの変態さ加減を聞いてくれよ。


「好きだなんだと言った後、徐に下向いて”お前見てたら勃った”とか言われてみろ!! 脊髄反射で手が出るわ!」
「それはまた直球な」
「……朽木、そんな事言う奴だったんだ」

二人の言葉に、俺は握りしめた拳に力を込めた。
「男女の恋愛だって、そんな事言うか!? スキンシップの多い奴だとは思ってたけど、よもやそんな下心が隠されてたとは……!」
「いやいや、それ祐限定だから。お前以外にベタベタしてた奴いないし。だから皆気付いてるというか、気付いてないのかお前っていうか」

……

俺だけかよ!

「……あー、それだけ一途……と考えるべき……なのか?」

ほんの少し復活してきた僚太の呟きに、俺は噛みつかんばかりにぎろりと睨みつけた。
「一途とかそんな奴が、好きな人相手にあんなこというのか!」

「仕方ないよねぇ、勃ったもんは勃ったんだから」
「!」
いきなり背後からぎゅっと抱きしめられて、思わず硬直。

「あ、朽木ー。はよー。すげーきれーに腫れてるね、ほっぺた」

何の動揺も見せない正也の言葉に、今や背中に密着している男がくすりと笑う。
「祐の愛は痛い」
「愛じゃねーよ、ふざけてんのかお前!」

朽木の阿呆な言葉に反射的に殴ろうとした俺は、全く動けなかった。
上から肩を押さえられている形になって、立ち上がろうにも振りほどこうにも何も出来ない。

「こっ、くっ、てめっ! 離せこの野郎!」
「離したら、また殴られるし。殴らない?」
「殴る為に離せって言ってんだよ!」

動かす事の出来る両足をバタバタと暴れさせていたら、ふっ……と首筋に温い体温が触れた。


「今まで我慢してたんだけど、もうカムアウトしたし」
ふっ……と耳に息を吹きかけられて、全身に鳥肌が立つ。
「きしょいわ!!」
思いっきり腕を振り上げれば、今度は簡単に拘束は外れる。
椅子を蹴って立ち上がれば、見上げるほどの身長を持つ朽木が飄々とした笑みを浮かべたまま後ろの机に寄りかかっていた。


「お前な、いい加減にしろよ!」
「でも、好きなら仕方ないでしょ」
「好意を免罪符にするんじゃねーよ! 何してもいいわけじゃねぇだろ!」
「でも、勃ったもんは仕方ないし」
「うるせぇ、やめろ!」


「やめんのはお前らだ、席付け」

冷静な声で俺達の不毛なやり取りを止めたのは、担任である境の一言だった。
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