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「……日に日に隈が凄くなるね、祐」
翌朝、教室に入った俺を迎えたのは、笑いを堪えようとしてまったく堪えられていない、引き攣った笑みを浮かべた正也だった。
俺は不機嫌さを隠さずに正也を一睨みすると、その斜め後ろ……自分の真横の席に視線を移す。
「?」
小さく首を傾げ、そして自分の席の真後ろにある机に視線を向けた。
「祐?」
そんな俺に気付いたのかもしくは観察していたのか、正也は面白がっている色を隠さない声で名前を呼ぶ。
そのなんでもなさ加減に少しイラッとしながら、俺は自分の机に鞄を置いた。
「僚太は? この時間に来てないって珍しいな」
僚太の所属する剣道部は、隔日で朝練を実施している。
文武両道を目標に掲げる剣道部は、朝練もちゃんと部員が朝のHRに余裕持って臨めるよう、他の部活に比べると早めに切り上げるようになっていた。
元々早めに来ない俺が教室にはいる時には、朝練だろうがそうじゃなかろうが、僚太は涼しい顔をして一限の準備をしているのが常だったのだ。
正也は一つ頷くと、教室の端の席……朽木の席を見遣った。
「どうも朽木のお母さんの風邪が、妹さんにうつったみたい。さすがにお店は今日休みにしたから朽木も来ようとしてたらしいんだけど、午前中はとりあえず家の事済ませる事にしたって。さっき僚太から」
……タイミング悪……。
無意識に肩を落としながら、椅子に腰を下ろす。
さっさと話ししたかったんだけど。
「で、僚太は?」
正也は鞄からペットボトルの珈琲を取り出すと、キャップを捻った。
パキリと軽い音が響く。
あまったるい匂いのそれは、正也が好んで飲むカフェオレ。
ごくりと一口飲んで、肩を竦めた。
「うつったって、風邪」
「……なぜに」
なぜ朽木にうつっていないのに、僚太がうつる。
俺の疑問に気が付いたのか、正也は口端を上げた。
「僚太の好きな子、多分朽木の妹」
「なんと!」
呆気にとられた俺に、ひらひらと面白そうに手のひらを振る。
「だってさー、いくら家が近くで仲がいいからって、男友達んとこ連続で朝に様子見に行くー? あれ絶対妹目当てでしょ。しかも僚太の性格を考えると、ひたすら片思い」
「……お前、良い性格してるよな」
「あっはー、褒め言葉どうもー。まぁあれだよ、きっと朝晩お見舞いにでも行って、仲良くうつっちゃったんじゃない?」
「まぁ、なんだ。ご愁傷様……?」
僚太的には逆に嬉しいでしょ、とにやにや笑いながら正也は頬杖をついた。
「あのガタイであの顔で、脳内は乙女思考だからねぇ」
「そのガタイでその顔で、脳内熟女のお前に言われたかないだろうよ」
正也が「言いえて妙だわそれー」と笑ったところで、担任が教室に入ってきて話は打ち切られた。
「……こねーじゃん」
一日の授業が終わり、HRも終わった教室に朽木の姿はなかった。俺の前の席で帰りの用意をしていた正也が、小さく首を傾げる。
「うーん。なんか用があるみたいなこと言ってたって、僚太から聞いてたんだけど。まぁ、明日には来るんじゃない?」
「明日は休みだろ」
だからこそ、今日決着つけてやろうと思ったのに。
「あー、そっか。明日ってオープンキャンパスだっけ。まぁなら来週があるよ」
「……軽いなお前」
「祐の隈はどこまで濃くなってるのかねー」
「むかつくなお前」
「他人事だからね!」
「とっとと帰りやがれ!」
楽しそうに笑う正也を蹴り飛ばしながら教室から追い出し、その後ろから続いて廊下に出た。
掃除当番が終わって加倉井から傘返してもらったら、朽木んち行ってみっかな。この精神状態のまま週末を越すのは面倒臭い。
前に行ったことあるから、だいたい場所もわかるし。
「面倒くせぇな……」
後頭部をガシガシと片手で掻きながら、ため息をついた。
本当は、何を話そうかあんまり決めてない。
昨日の加倉井の話を聞いて、好きか嫌いかさえよくわからなくなってきた。
はっきり言って慣れかもしれない。朽木に触られても、面倒な奴だくらいにしか思わななくなっているのは。
朽木はただの友人なのか、考えてたら頭から離れなくなった。
ぼんやりと考え事をしながら掃除を終え、加倉井と待ち合わせている昇降口へと向かう。今週は考えごとばかりしていたからか、掃除当番の奴らも何も言わずに「お疲れー」とだけ言って教室へと帰って行った。
それに応えながら足を止めると、見計らったように加倉井が昇降口の向こうからひょっこり顔を出す。
「お疲れ様です、先輩」
嬉しそうに笑う加倉井に、呆れた視線を向ける。
「本当に見張られてるみてーだな、なんつータイミング」
その言葉に、加倉井は慌てて外に出てきた。
「今日は違いますよ! 待ち合わせしてたんですから!」
――今日は、かよ。
内心も盛大に溜息をついた俺に向かって犬のように駆け寄ってくる加倉井に、片手をつき出した。
「ほら」
「はい?」
加倉井はきょとんとしたまま、俺の右手を掴む。いわゆる握手。
「って、なんでだよ!」
コントかよ!
加倉井は振り払われた手をニコニコ見ながら、ご褒美かと思ってと俺を見る。
「なんで持ってかれた傘返してもらうのに、ご褒美なんだよ」
「前払いです!」
阿呆の子だこいつ。なんのだよ、何の前払いだよ。
そうがっくりと肩を落とした時だった。
「祐……っ!」
名前を呼ぶ声とともに、ぐっと肩を引かれて後ろに倒れこむ。突然だったから、足を踏ん張ることもできず重力に引っ張られる。きっと背中から倒れこむだろう砂利の感覚を覚悟していた俺は、少し硬くて砂利より柔らかい何かに抱きとめられた。
「……?」
驚きすぎて、声も出ない。ばくばくと駆け回っている鼓動をそのままに顔を上げると、そこには――――
「くち、き?」
加倉井を睨みつけているだろう朽木の顔――おもに顎――が、すぐ上に見えた。
翌朝、教室に入った俺を迎えたのは、笑いを堪えようとしてまったく堪えられていない、引き攣った笑みを浮かべた正也だった。
俺は不機嫌さを隠さずに正也を一睨みすると、その斜め後ろ……自分の真横の席に視線を移す。
「?」
小さく首を傾げ、そして自分の席の真後ろにある机に視線を向けた。
「祐?」
そんな俺に気付いたのかもしくは観察していたのか、正也は面白がっている色を隠さない声で名前を呼ぶ。
そのなんでもなさ加減に少しイラッとしながら、俺は自分の机に鞄を置いた。
「僚太は? この時間に来てないって珍しいな」
僚太の所属する剣道部は、隔日で朝練を実施している。
文武両道を目標に掲げる剣道部は、朝練もちゃんと部員が朝のHRに余裕持って臨めるよう、他の部活に比べると早めに切り上げるようになっていた。
元々早めに来ない俺が教室にはいる時には、朝練だろうがそうじゃなかろうが、僚太は涼しい顔をして一限の準備をしているのが常だったのだ。
正也は一つ頷くと、教室の端の席……朽木の席を見遣った。
「どうも朽木のお母さんの風邪が、妹さんにうつったみたい。さすがにお店は今日休みにしたから朽木も来ようとしてたらしいんだけど、午前中はとりあえず家の事済ませる事にしたって。さっき僚太から」
……タイミング悪……。
無意識に肩を落としながら、椅子に腰を下ろす。
さっさと話ししたかったんだけど。
「で、僚太は?」
正也は鞄からペットボトルの珈琲を取り出すと、キャップを捻った。
パキリと軽い音が響く。
あまったるい匂いのそれは、正也が好んで飲むカフェオレ。
ごくりと一口飲んで、肩を竦めた。
「うつったって、風邪」
「……なぜに」
なぜ朽木にうつっていないのに、僚太がうつる。
俺の疑問に気が付いたのか、正也は口端を上げた。
「僚太の好きな子、多分朽木の妹」
「なんと!」
呆気にとられた俺に、ひらひらと面白そうに手のひらを振る。
「だってさー、いくら家が近くで仲がいいからって、男友達んとこ連続で朝に様子見に行くー? あれ絶対妹目当てでしょ。しかも僚太の性格を考えると、ひたすら片思い」
「……お前、良い性格してるよな」
「あっはー、褒め言葉どうもー。まぁあれだよ、きっと朝晩お見舞いにでも行って、仲良くうつっちゃったんじゃない?」
「まぁ、なんだ。ご愁傷様……?」
僚太的には逆に嬉しいでしょ、とにやにや笑いながら正也は頬杖をついた。
「あのガタイであの顔で、脳内は乙女思考だからねぇ」
「そのガタイでその顔で、脳内熟女のお前に言われたかないだろうよ」
正也が「言いえて妙だわそれー」と笑ったところで、担任が教室に入ってきて話は打ち切られた。
「……こねーじゃん」
一日の授業が終わり、HRも終わった教室に朽木の姿はなかった。俺の前の席で帰りの用意をしていた正也が、小さく首を傾げる。
「うーん。なんか用があるみたいなこと言ってたって、僚太から聞いてたんだけど。まぁ、明日には来るんじゃない?」
「明日は休みだろ」
だからこそ、今日決着つけてやろうと思ったのに。
「あー、そっか。明日ってオープンキャンパスだっけ。まぁなら来週があるよ」
「……軽いなお前」
「祐の隈はどこまで濃くなってるのかねー」
「むかつくなお前」
「他人事だからね!」
「とっとと帰りやがれ!」
楽しそうに笑う正也を蹴り飛ばしながら教室から追い出し、その後ろから続いて廊下に出た。
掃除当番が終わって加倉井から傘返してもらったら、朽木んち行ってみっかな。この精神状態のまま週末を越すのは面倒臭い。
前に行ったことあるから、だいたい場所もわかるし。
「面倒くせぇな……」
後頭部をガシガシと片手で掻きながら、ため息をついた。
本当は、何を話そうかあんまり決めてない。
昨日の加倉井の話を聞いて、好きか嫌いかさえよくわからなくなってきた。
はっきり言って慣れかもしれない。朽木に触られても、面倒な奴だくらいにしか思わななくなっているのは。
朽木はただの友人なのか、考えてたら頭から離れなくなった。
ぼんやりと考え事をしながら掃除を終え、加倉井と待ち合わせている昇降口へと向かう。今週は考えごとばかりしていたからか、掃除当番の奴らも何も言わずに「お疲れー」とだけ言って教室へと帰って行った。
それに応えながら足を止めると、見計らったように加倉井が昇降口の向こうからひょっこり顔を出す。
「お疲れ様です、先輩」
嬉しそうに笑う加倉井に、呆れた視線を向ける。
「本当に見張られてるみてーだな、なんつータイミング」
その言葉に、加倉井は慌てて外に出てきた。
「今日は違いますよ! 待ち合わせしてたんですから!」
――今日は、かよ。
内心も盛大に溜息をついた俺に向かって犬のように駆け寄ってくる加倉井に、片手をつき出した。
「ほら」
「はい?」
加倉井はきょとんとしたまま、俺の右手を掴む。いわゆる握手。
「って、なんでだよ!」
コントかよ!
加倉井は振り払われた手をニコニコ見ながら、ご褒美かと思ってと俺を見る。
「なんで持ってかれた傘返してもらうのに、ご褒美なんだよ」
「前払いです!」
阿呆の子だこいつ。なんのだよ、何の前払いだよ。
そうがっくりと肩を落とした時だった。
「祐……っ!」
名前を呼ぶ声とともに、ぐっと肩を引かれて後ろに倒れこむ。突然だったから、足を踏ん張ることもできず重力に引っ張られる。きっと背中から倒れこむだろう砂利の感覚を覚悟していた俺は、少し硬くて砂利より柔らかい何かに抱きとめられた。
「……?」
驚きすぎて、声も出ない。ばくばくと駆け回っている鼓動をそのままに顔を上げると、そこには――――
「くち、き?」
加倉井を睨みつけているだろう朽木の顔――おもに顎――が、すぐ上に見えた。
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