この気持ちは、あの日に。

篠宮 楓

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やっぱ、おとうと。

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 弟の言葉に、私はフリーズした。

 そんな私の姿に、弟がこれ見よがしに大きなため息をつく。
「あのさぁ、なんなわけ? 大学受験が終わって、ねーちゃん今楽しさ絶好調じゃないわけ? 俺の未来を暗くして何が楽しいわけ?」
「……あんたの未来がなんで暗くなるのよ」
「受験終わっても楽しくないと知ったら、暗くもなるだろう? 何なの、卒業までになんかやる事でもあんの?」

 ……なにその理屈

 弟の意味不明な言葉を聞きながら、指先で頬をかく。何で私の態度如何で、あんたの未来が暗くなんのよ。

「つっか、今までねーちゃんに遠慮して遊ぶの控えてたのに、終わってまで気を遣うとかお前俺の事舐めてんの?」

 弟は馬鹿にしたように大げさな態度でため息をつくと、椅子の背もたれに体重をかけた。ぎしりと軋みを上げる椅子に、眉を顰める。
 お前とか、舐めてるとか、そんな暴言はいつもの事だ。一つしか変わらないからか、姉弟というよりは友人関係のような気安さがある。それでもしっかりしていると言われ続ける弟の態度が、私より上なのはむかつくが。ただ単に、図体がでかいだけじゃないか。

 そんな事を考えていた私に、弟が口を開いた。

「受験が終わった日、なんかあった?」

「……」

 思わず、動きを止める。
 なんで、そこ、ピンポイント。

 弟はそんな私を見ると、やっぱりなーと何度目かになるため息をついた。

「分かりやすすぎなんだって。てっきり受験が終わって嬉し泣きしたから目が真っ赤だったのかと思ってたけど。あれ、もしかして違う理由かよ」

「……」

「で、何。ねーちゃん何したの。面倒くさいけど仕方なく聞いてやるから、吐けやこの野郎」

「……お母様、どっかの誰かの口が悪……」

「何があったの、おねーさま」

 ノリのいい、我が弟だ。

 そんな事を考えつつ、ふざけることで話を逸らそうとした私の目論みは霧散した。
「誤魔化したら、母さんが直々にやってくるとのお達しだ」
「うぇ」
 それは勘弁。
 訴えかける様に弟を見ても、面倒くさそうに見返されるだけ。


 確かに私のここ最近の態度は、あまりよくなかったと思う。
 受験が終わってから何をしてたとか、あんまり記憶がない。多分、ひたすら部屋の掃除か読書かなんかそこら辺を繰り返していた気がする。たまの登校日の度に神経をすり減らしていたから、家では本当に不信に映った事だろう。

 私は弟の肩越しにカレンダーへと視線を向けると、目を伏せた。

 まだ、おにーさんとの事があってから一か月も経っていない。しかも、かなりの割合で後悔していた。最初こそ、もう嫌だとか自分が恥ずかしいとかぐちゃぐちゃ考えていたけれど、落ち着いてきた今思う事は。
 どれだけ自分に酔ってたわけ、私……!

 いくら女の人と一緒にいるおにーさんを見たからって、逃げるか? 避けるか?さすがにこれだけ会わないようにしていれば、おにーさんにだって伝わってるはず。私が、おにーさんを避けてるって。
 そうすると気が付く、自分の行動。

 勝手に好きになって、勝手に失望して、勝手に避けて。どれだけ、相手を馬鹿にした行動だっただろう。
 あぁぁ、若さとか、青春とかいう痛い言葉に逃げてもいいですかぁぁぁっ!



「で」


「へ?」


「……で?」


 自分の脳内思考にはまっていた私は威圧感満載な弟の声に、あらいざらい吐かされた。







 自分の馬鹿な行動を、誰かに聞いて貰いたかったのかもしれない。これ見よがしにおかしな態度を取っていた私は、きっと、誰か話を聞いて……と訴えていたのかもしれない。
 弟に話し終えて気付いたのは、そんな浅ましい自分と、ぶっきらぼうにも感じる弟のほんの少し(強がり)の優しさだった。
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