この気持ちは、あの日に。

篠宮 楓

文字の大きさ
8 / 22

おとうと。

しおりを挟む
 ……今思い出しても、どれだけ独りよがりな女だよ。




 思わず苦笑を浮かべて、小さくため息をついた。
 相変わらずおにーさんは、電車のドアに凭れて外の風景を見つめている。初めて見たけど、腕の筋肉素敵ですね……じゃなくて。
 一瞬見惚れそうになって、慌てて顔を伏せた。私に、おにーさんをそんな風に見る資格はない。



 あれからおにーさんに会いそうな時間帯を避けて電車も使ったし、車両も変えた。もともと自主的に登校していただけだったから、登校日以外通わなくなれば格段に電車を使う日も減った。

 それを、寂しいと思いながら。
 悲しいと思いながら。
 今思えば、失恋した自分に酔っていた。
 あぁ、恥ずかしい。

 それでも、会えない寂しさよりも決定的な場面を突き付けられない安堵の方が、その感情を上回って。


「嫌われた、よね」


 いくらたまに会う程度だと言ったって、いきなり姿が見えなくなれば避けてるのが丸わかりだし。

 それに……









「ねーちゃん、一体なんなの?」

 おにーさんとの事があって、しばらくした後。すでに卒業式を二週間後に控えた、三月の初め。
「え、何!?」
 部屋で片づけをしていた私は、突然ドアを開けて顔を出した弟の声に驚いて顔を上げた。驚かした本人である弟は、むすっとした顔をしたまま床に広がる荷物を避けながら勉強机の前にある回転いすにどすっと腰かけた。
「ほら」
 ずいっと目の前に出されたのは、なにやら甘い匂いのする液体の入ったマグカップ。じっとそれを凝視していたら、大きなため息をつかれて掌に押し付けられた。
「ちょっ、ちょっと熱い!」
「なら、取っ手を掴めばいいだろ」
 どんくさいなぁと言いながら取っ手をこちらに向けて差し出してくる弟に何も言えず、勢いのままそれを受け取った。

「ココア?」
 中身を確認して呟くと、好きだろ、と呟く弟。
 うん、なんだろうね、これ。
 マグカップの茶色い液体と弟を交互に見ていたら、飲め、という無言の圧力に屈して一口啜った。その甘さと温かさに、ほわんとした気持ちになる。立ったままだった私は、マットレスのみのベッドに腰掛けた。
「なぁに? わざわざこれ持ってきてくれたの?」
 最近生意気だなぁと思ってたけれど、中々可愛い所もあるじゃない。

「持ってこさせられたんだよ、母親といううちの魔王から」
 ……それ聞かれたら、ランクアップするよ魔王から。
 とは、内心の声。

「で、一体何」
「へ?」

 もう一口、とマグカップに口をつけた私に、面倒くさそうに弟が問いかける。けれど、意味が解らず首を傾げた。

「何って、何が?」
 それ、私の方が聞きたいんだけど。
 首を傾げたまま聞き返す私を、弟は呆れた様に見遣った。
「高校卒業が、そんなに嫌なわけ? 大学入学が、不安なわけ?」
 矢継ぎ早に言われた言葉に、困惑は深まる。
「え、別に何もないけど。やだ、心配してるわけ?」
「あほか」
 ……一刀両断されました。即答で。

 弟は手に持っていたマグカップを一気に呷ると、あちぃと小さく呟いて顔を顰めた。
 当たり前だ。私と同じものを飲んでいるのなら、舌、火傷してるぞ。

 手の甲で口を拭うと、持っていたマグカップを机の上に置いた。それを何とはなしに目で追っていたが、振り向いた弟の顔が正面に来てその眼が少し真剣なことに気付く。ふざけるところじゃないんだと気付いて、私はマグカップを両手で包んだ。
 しかして弟の口から出てきたのは、私の感情を引きずり出すような的確な言葉だった。



「大学も受かって喜んではっちゃけるならわかるけど、なんでそんなに暗いわけ?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

貴方なんて大嫌い

ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い

【完結】探さないでください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。 貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。 あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。 冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。 複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。 無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。 風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。 だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。 今、私は幸せを感じている。 貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。 だから、、、 もう、、、 私を、、、 探さないでください。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

【完結】どうか私を思い出さないで

miniko
恋愛
コーデリアとアルバートは相思相愛の婚約者同士だった。 一年後には学園を卒業し、正式に婚姻を結ぶはずだったのだが……。 ある事件が原因で、二人を取り巻く状況が大きく変化してしまう。 コーデリアはアルバートの足手まといになりたくなくて、身を切る思いで別れを決意した。 「貴方に触れるのは、きっとこれが最後になるのね」 それなのに、運命は二人を再び引き寄せる。 「たとえ記憶を失ったとしても、きっと僕は、何度でも君に恋をする」

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...