この気持ちは、あの日に。

篠宮 楓

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こえ。

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 声を、掛けにくい。
 ていうか、無理。
 高校生と大学生、それでも声を掛けられた。同じ学生だったし。
 でも社会人になったおにーさんに、私みたいな人間が声を掛けていいものなのか。見えない壁が、目の前に立ちふさがっているみたいで。
 どうにも、ならない。

 ぎゅ、と肩から掛けているカバンを掴む。
 分かってる。声を掛ける事なんて簡単だ。でも、拒絶の表情をされたらと思うと、怖いのだ。もっと早く会えていたら、違ったかもしれない。なんかこんな時間経ってからとか……声を掛ける、勢いが……っ!


 内心、ひたすら謝り倒す。
 こんな事をしても、ただの自己満足でしかないのは分かってるけれど……っ。


 電車は、おにーさんが降りる駅に滑り込んでいく。
 もう、会う事はないのに。本当にこれでいいのと、責める自分がいるけれど。足が、動かない。
 どうしよう、どうしよう……


 迷っているうちに、電車がゆっくりと停まる。自分のいる側のドアが、静かな音を立てて開いた。


「……え?」


 思わず、声が出た。
「?」
 不思議そうにホームへと降りていく人の視線に気が付いて、口を片手でふさぐ。けれど、目はどうしてもおにーさんから離れなかった。

 だって。

 おにーさんは降りる気配もないまま、車内にいたから。さっきと同じ体勢で、外を見つめているから。

「なんで?」

 驚いている私をしり目に、電車はドアを閉め動き出す。がくん、という衝撃を、手近な手すりに縋って耐えた。

 どうしておにーさん、降りないの?
 あ、でも一人暮らしを始めたとか、友達の所に行くとか……

 そこまで考えて、ツキリと心が痛んだ。
 彼女さんの所に、行く、とか。

 そうだ。
 あの時の彼女さんと、続いているのかもしれない。



 また自己完結とか言われちゃうかなぁ。脳裏に、弟のむすっとした顔が思い浮かぶ。あの時もおにーさんに会えなかったと告げたら、弟は少し眉を顰めからふぃっと顔を逸らした。
「自業自得って事、だろうけど。仕方ない、次から気を付ければ」
 精一杯の、慰めなんだろう。
 少しの棘は、戒めだ。

 
 でも――

 次も無理そうだよ、我が弟!


 受験を乗り越えて今は私とは違う大学で新入生をやってる弟に、内心叫ぶ。
 自分の降りる駅について、目を伏せた。
 不甲斐無いおねーちゃんを、許して。
 溜息をつきながら、空いたドアから外に出る。

 ホームに降りて歩きながら、肩を落とした。

 あぁ、あの時と変わってない。私。自己嫌悪に苛まれるくらいなら、謝ればいいのに!分かってるのに、分かっているのに……

 それでもどうにもできなくて足早に改札へと向かっていた私の耳に、後方から大きな呼び声が聞こえた。


「君!」


 それは、おにーさんの声だった。
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