この気持ちは、あの日に。

篠宮 楓

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あなたの名前を。

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「あの」

 カラカラに乾いてきた口の中。
 掠れた声しか、喉から出てこない。


 冷静に話を聞いている振りをしているけど、冷静じゃない。
 全く。
 ぐらぐらと、めまいを起こしそうだ。

 それは、おにーさんの言葉に。
 おにーさんの、想いに。
 そして……

 唇を辿る、震えているその指の温かさに。


「しつこいと、自分でも思う。迷惑かもしれないけど、言いたくて」
「……この、指、は」

 嬉しいけれど、恥ずかしい。今の時点では、恥ずかしいの方が勝っている感情。
 おにーさんは悪戯っぽく笑うと、だって、と口を開いた。
「あの頃は、受験中の君に遠慮して名前を聞いたり気持ちを伝えたりするのを止めてたんだ。動揺させたらって思うと、出来なかった」
「そういう事……だったんだ」
「うん。でも今はさ、君は大学生。俺は社会人二年目。遠慮しなくていいよね?」

 ……おにーさん、押しが強いです!!
 目を丸くしている私を、くすりと笑う。

「過去形の君を、その気にさせないといけないから。結構、必死なんだけどね。思い出話を語って気を引いてみたりとかさ」
 おどけた様に肩を竦めるおにーさんは、私の気持ちが過去のものだと信じてしまったらしい。

 私だって。


 おにーさんの視線の熱さに。
 おにーさんの言葉の響きに。
 おにーさんの指の温もりに、


 ――欠片から溢れ出した気持ちが、止まらないのに……




「おにーさん」

 呼びかけると、私を見下ろすおにーさんに緊張が走った。
 それを感じて、嬉しさが溢れ出す。
 ばくばくと踊るような鼓動を感じながら、私は精一杯笑顔を浮かべてゆっくりと立ち上がった。


「私、無理やり自分の気持ちをあの日に置いてきたんです。彼女と一緒にいたおにーさんを忘れるために」

「……うん」

 どんどん濃くなっていく背後のオレンジの光が、おにーさんの表情を隠していくけれど。私は目をそらさずに、じっと見つめた。

「でも、出来なかったみたいです」

「え……?」

 目を見開くのは、今度はおにーさんの番。


 好き、大好きです。
 やっぱり、おにーさんが大好きです。


 ――素直に、なるんだ。




「私、おにーさんが好きです」



 少し垂れた目尻。
 驚いたような、期待するような色の混じるその瞳。



 あの日に戻って。
 


「現在進行形、で」


 この気持ちを、育てたい。



 ――だから。



 精いっぱいの笑顔で、お願いするんだ。



「名前を、教えてください」



 あなたの、声で。
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