31日目に君の手を。

篠宮 楓

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12・13日目 アオ視点

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 聖ちゃんは美大に進むことを熱心に勧めてくれたけれど、私は断った。それは親も同じ意見で、家族総出で拒否をする私達に聖ちゃんは諦めたらしい。
 両親と私の拒否する理由は、天と地ほどの差があったけれど。


 ただ。
 いくつか候補のあった大学の中で私が決めたのは、聖ちゃんがアルバイトで絵を教えている美術部のある学校だった。

 そうすれば。
 聖ちゃんは自分を見てくれるから。
 美大に進んでその他大勢の一人になってしまうのだけは嫌だった。


 今思えばくだらない。本当にくだらない理由だ。
 でも、あの時は本当に真剣だった。


 楽しかった。
 元々描くことが好きだった私にとって、聖ちゃんとの繋がりを与えてくれた絵を何倍も好きになった。絵を描くことに専念したくて、両親を説得して大学の近くで一人暮らしを始めた。
 バイトもして、講義も受けて、絵も描いて。
 部活に行けば常に傍にいてくれる聖ちゃんの存在に、心は浮かれていた。周囲からかわれたときだって、聖ちゃんは動じる事もなく笑って言ってくれた。


 ”僕の大切な子だからね”


 嬉しくて嬉しくて。
 走り出したい位だった。


 だから、頑張って。
 たくさんたくさん、絵を描いた。


 聖ちゃんへの想いをこめて。






 だというのに。
 ――言われた、その言葉。
 “心を込めて”


 意味が分からない……。




 しばらく考え込んだ私は、気持ちを切り替えようと椅子から立ち上がった。
 用具を片付けて、顔を洗う。水彩絵の具とはいえ、うっすらと残る頬の色に思わず指を添わせる。
 聖ちゃんが好きだから、聖ちゃんの言ってる事、理解したいけど……。



 一つ息を吐き出して、顔を上げる。


 もう一度、聞いてみよう。
 もう一度、言ってみよう。

 聖ちゃんなら、答えはくれなくてもヒントぐらいはくれるはず。心がこもってないなんて、聖ちゃんにだけは言われたくないもの。




 荷物を手に歩き出す。
 用事があると言っていた聖ちゃん、たぶん美術部の担当教授の手伝いのはず。古典文学専攻の教授だけれど、趣味で絵を描いていて。その繋がりで、美術部を見てくれている初老の教授。

 温かいその雰囲気を思い浮かべながら、教授棟のその先生の部屋へと向かう。案の定、階段を上がって廊下に出ると、教授と聖ちゃんの声が聞こえてきた。


「心がこもってない、ねぇ。また、厳しい事言ったもんだ」
 その言葉に、足を止めた。
 今聞きたい話を、そこでしてる。耳をそばたてて、廊下の壁にはりついた。
「えぇ、そうですね。でも、本人の心のこもっていない絵は、その先に向かえません」
 本人の、心?
「こもってるように見えるけど」
 不思議そうな教授の声に、苦笑する聖ちゃんの声。
「……気が付いてますよね、教授。彼女の描く絵に、こもってる心の意味」
 私の絵にこもってる心の意味?

 

 それは――



「君への想いに溢れかえってるって? 嬉しいでしょ」



 一瞬にして、顔に血が上る。恥ずかしさに、頬に両手を押し当てた。
 聖ちゃんに伝えた事のない言葉。それがすでに伝わっていたことに、恥ずかしさがこみ上げる。


 けれど、次の言葉で頭が真っ白になった。


「……嬉しいと……思いますか?」

 ……え?

 思ってもみなかった言葉に、頭が真っ白になった。
 気持ちを否定される言葉に、足元が揺らぐ。


「大切な子じゃないの?」

 けれどなんの動揺も見せない教授は、不思議そうに聖ちゃんに問いかけた。


「大切な従妹で、大切な生徒、ですよ」
「あれ、そうなの? 凄く彼女を大切にしてるから、周りは二人が付き合うものだと邪推してたんだけど。だって君、否定してないだろう? 彼女の気持ち」
 
 少し、間があったと思う。
 その後聞こえてきた、聖ちゃんの言葉は今まで言われた事のないものだった。


「否定することで、僕から離れてしまうのを止めたかったというか……。卑怯だとは思いますが、僕は彼女の絵を傍で見ていたくて」


 絵を。
 絵、のみを。


 足元が崩れ去る感覚に、思わず壁に手をつく。
 抱いていた期待が崩れ去る以上の衝撃が、襲う。
 好意を持っていてくれるどころか、聖ちゃんが見ていたのは私ではなくて私の絵だけ……?


「……それは、まぁ。気持ちは分からないでもないが。でも、彼女には酷だね」
「否めません。でも僕は、彼女の才能に惚れてます。あの才能は伸ばすべきだ。だというのに……」
 ため息交じりの声。


「今、彼女が描いているのは僕に褒められるための、絵です」

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