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12・13日目 アオ視点
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ななしくんのいる空間は、全てが鮮やかに見える。
そんな事を言ったらどんな返答があるのかなとか思ったけれど、口にはしなかった。
一度は見失った“自分”が、少しずつ見えてきているから。ほんの少し前まで何も見つけられなかった自分が、戻り始めているから。
その言葉は、なんでもない人に言う言葉じゃない。
それくらいは、感じる事が出来たから。
それでも――
麦茶の入ったグラスから視線を上げて、空を見上げる。
さっきまで辻くんたちと見ていた空。
オレンジがもっと濃くなって、東からは紺色の空が広がり始めているけれど。
それでも。
三人とみる色とは違う、鮮やかで深い、色の波が目の奥を……思考を染めていく。
それは、あの頃とは違う。
聖ちゃんだけを見て、聖ちゃんの言う色を作って、聖ちゃんの指示通りに絵を直していたあの頃とは。
本当に私は、自分を見失っていたんだなって実感する。そして聖ちゃんに対して、酷い事をしていたんだなって思う。まぁ、逆に酷い事もされてたと思うけどね!
思わず自分の考えに、くすりと笑ってしまった。
「……っ」
それに、自分自身で驚く。
昨日、昨日の事だ。
思い出して、苦しいって辛いって思っていたのは。
なのに、今日は同じことを思い出して笑える自分がいる――
なぜ……?
その理由は――
「あちーなぁ」
湯呑にあたる、鈍い氷の音。
麦茶を飲む、ゴクリという音。
目の端に映る、Tシャツからのびる日に焼けた腕。
傍にいてくれる、穏やかな空気。
不思議に思えた自分の感情が、穏やかに凪ぐ。
――あぁ、その理由は。
さっき思った言葉を、ゆっくりと思いだす。
――その言葉は、なんでもない人に言う言葉じゃない
なんでもない人に言う言葉じゃない。
それは……。
それを向ける相手は、自分にとってなんでもない人じゃないってこと。
特別な人ってことだ。
「あぁ、そっか……」
唐突に、気が付く。
ななしくんは、私にとって大切な人だ。
傍にいたくて、傍にいて欲しくて。
ななしくんがいるから、今、私の世界が綺麗に色付く。
私は、いつも気付くのが突然だ。
穏やかなこの感情は、聖ちゃんに向けていたものとは全く違う。
私に付属するものではなく、私自身を見てくれる言葉、その感情。
だから、私も私自身を出せるのかもしれない。
「どうした?」
その声に顔を右に向ければ、少し上に怪訝そうなななしくんの顔。
どくり
鼓動が、大きく耳元で聞こえた気がする。
――ななしくんは、大切な人だよ
今、口に出して伝えるべきではない言葉を、心の中で呟いた。
この感情の名前に気が付いているけれど、それは今ここで口にしちゃいけない。
そうして目を細めると、怪訝そうな表情から心配そうなそれに変えたななしくんが湯呑を縁側に置いて庭に下りて私の前で上体を屈めた。
「あんた、また熱疲労とか罹ってないか? 心なし、顔が赤い」
そうやって掌を額に押し付けるから、どくりと鼓動がもっと高鳴る。
けれどそれを表情に出すことなく、私は口端を上げた。
「大丈夫だよー、おかん的ななしくん! 多分夕陽の所為」
その言葉に、夕陽? と顔を上げたななしくんが、何か思い出したようにズボンのポケットに指先を突っ込んだ。
「いや、夕陽っていえばさ……」
もごもごと呟く言葉に、何か照れが混じっているみたいで首を傾げる。
ななしくんは取り出した携帯を操作すると、私にその画面を向けた。
「……っ」
目を見張る。
食い入る様に見つめる私の頭の上から、ななしくんのむすっとした声が降ってきた。
「青、好きなんだろ? ……これ、俺が一番好きな、」
そこで途切れた言葉は、すぐに聞こえた。
「……俺の一番好きな、空だから」
あお。
画面隅々にまで広がる、あお。
視界に飛び込んでくる鮮やかで爽やかなその青は、同時に優しい気持ちを伝えてくれる。
”心を込めて”
聖ちゃんの声が、脳裡を掠めた。
「……込められた、心」
ぽつりと呟く。
ななしくんには聞こえなかったようで、は? と問い返してきたけれど聞こえない振りして聞き流した。
「綺麗だね、本当に」
とてもとても、綺麗な空。
そしてこの画像に込められたななしくんの気持ちも、とても優しくて綺麗だ。
昨日、ここから見上げた空はとても綺麗な青だった。
それを見ながら、ななしくんが見てたらいいなって思った。
昨日か一昨日か、もしくは今日か。
ななしくんは、一番好きな青を私に切り取ってきてくれた。そこまでする必要は一つもないのに、青が好きな私の為に。
ななしくんがいてこそ、鮮やかに私の心を染めてくれる色を――
その気持ちが、とても嬉しくて。
その心が、とても綺麗で。
「……」
私はぽろりと涙を零した。
――ななしくんは、大切なひとだよ
今は言えない言葉を、心の中で呟きながら。
そんな事を言ったらどんな返答があるのかなとか思ったけれど、口にはしなかった。
一度は見失った“自分”が、少しずつ見えてきているから。ほんの少し前まで何も見つけられなかった自分が、戻り始めているから。
その言葉は、なんでもない人に言う言葉じゃない。
それくらいは、感じる事が出来たから。
それでも――
麦茶の入ったグラスから視線を上げて、空を見上げる。
さっきまで辻くんたちと見ていた空。
オレンジがもっと濃くなって、東からは紺色の空が広がり始めているけれど。
それでも。
三人とみる色とは違う、鮮やかで深い、色の波が目の奥を……思考を染めていく。
それは、あの頃とは違う。
聖ちゃんだけを見て、聖ちゃんの言う色を作って、聖ちゃんの指示通りに絵を直していたあの頃とは。
本当に私は、自分を見失っていたんだなって実感する。そして聖ちゃんに対して、酷い事をしていたんだなって思う。まぁ、逆に酷い事もされてたと思うけどね!
思わず自分の考えに、くすりと笑ってしまった。
「……っ」
それに、自分自身で驚く。
昨日、昨日の事だ。
思い出して、苦しいって辛いって思っていたのは。
なのに、今日は同じことを思い出して笑える自分がいる――
なぜ……?
その理由は――
「あちーなぁ」
湯呑にあたる、鈍い氷の音。
麦茶を飲む、ゴクリという音。
目の端に映る、Tシャツからのびる日に焼けた腕。
傍にいてくれる、穏やかな空気。
不思議に思えた自分の感情が、穏やかに凪ぐ。
――あぁ、その理由は。
さっき思った言葉を、ゆっくりと思いだす。
――その言葉は、なんでもない人に言う言葉じゃない
なんでもない人に言う言葉じゃない。
それは……。
それを向ける相手は、自分にとってなんでもない人じゃないってこと。
特別な人ってことだ。
「あぁ、そっか……」
唐突に、気が付く。
ななしくんは、私にとって大切な人だ。
傍にいたくて、傍にいて欲しくて。
ななしくんがいるから、今、私の世界が綺麗に色付く。
私は、いつも気付くのが突然だ。
穏やかなこの感情は、聖ちゃんに向けていたものとは全く違う。
私に付属するものではなく、私自身を見てくれる言葉、その感情。
だから、私も私自身を出せるのかもしれない。
「どうした?」
その声に顔を右に向ければ、少し上に怪訝そうなななしくんの顔。
どくり
鼓動が、大きく耳元で聞こえた気がする。
――ななしくんは、大切な人だよ
今、口に出して伝えるべきではない言葉を、心の中で呟いた。
この感情の名前に気が付いているけれど、それは今ここで口にしちゃいけない。
そうして目を細めると、怪訝そうな表情から心配そうなそれに変えたななしくんが湯呑を縁側に置いて庭に下りて私の前で上体を屈めた。
「あんた、また熱疲労とか罹ってないか? 心なし、顔が赤い」
そうやって掌を額に押し付けるから、どくりと鼓動がもっと高鳴る。
けれどそれを表情に出すことなく、私は口端を上げた。
「大丈夫だよー、おかん的ななしくん! 多分夕陽の所為」
その言葉に、夕陽? と顔を上げたななしくんが、何か思い出したようにズボンのポケットに指先を突っ込んだ。
「いや、夕陽っていえばさ……」
もごもごと呟く言葉に、何か照れが混じっているみたいで首を傾げる。
ななしくんは取り出した携帯を操作すると、私にその画面を向けた。
「……っ」
目を見張る。
食い入る様に見つめる私の頭の上から、ななしくんのむすっとした声が降ってきた。
「青、好きなんだろ? ……これ、俺が一番好きな、」
そこで途切れた言葉は、すぐに聞こえた。
「……俺の一番好きな、空だから」
あお。
画面隅々にまで広がる、あお。
視界に飛び込んでくる鮮やかで爽やかなその青は、同時に優しい気持ちを伝えてくれる。
”心を込めて”
聖ちゃんの声が、脳裡を掠めた。
「……込められた、心」
ぽつりと呟く。
ななしくんには聞こえなかったようで、は? と問い返してきたけれど聞こえない振りして聞き流した。
「綺麗だね、本当に」
とてもとても、綺麗な空。
そしてこの画像に込められたななしくんの気持ちも、とても優しくて綺麗だ。
昨日、ここから見上げた空はとても綺麗な青だった。
それを見ながら、ななしくんが見てたらいいなって思った。
昨日か一昨日か、もしくは今日か。
ななしくんは、一番好きな青を私に切り取ってきてくれた。そこまでする必要は一つもないのに、青が好きな私の為に。
ななしくんがいてこそ、鮮やかに私の心を染めてくれる色を――
その気持ちが、とても嬉しくて。
その心が、とても綺麗で。
「……」
私はぽろりと涙を零した。
――ななしくんは、大切なひとだよ
今は言えない言葉を、心の中で呟きながら。
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