31日目に君の手を。

篠宮 楓

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14日目~20日目 原田視点

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 綺麗だと、思った。

 こんなことを考えるなんて、俺の脳味噌沸騰してんじゃないかって思ったけれど。

 俺が撮ってきた空の写真を見て流したアオの涙を、綺麗だと思った。

 今まで見てきたアオの涙とは違う、意思を持った涙。

 空っぽな感情が、何か満たされた様な……
 

 多分、そう思えたのは。
 アオの表情だけじゃなくて。


 俺の感情が満たされたからかもしれない。

 アオが俺の好きな青を、綺麗だと言ってくれたから――






 翌朝、何時もの習慣となったアオの自宅で朝飯を食べてから部活に出るべく、校舎脇の駐輪場に自転車を停めた。
「おはよう、原田くん」
 スポーツバッグを担いだところで声を掛けられて、歩き出そうとした足を止める。振り返ると、岸田がちょうど駐輪場に入って来たところだった。その前かごには大きな紙袋が載せられている。
「おはよ」
 それに応えて歩き出そうとした俺の視界に、岸田の荷台が映った。大きな段ボールが紐で括りつけられている。はっきり言って、見た目からして危なっかしい。

「そういえば今日は自転車なんだな。その荷物、合宿のか?」

 来週、バレー部は一週間の夏合宿に入る。夏の大会とはいえ、すでに残っているのは数試合。しかも公式の大会は既に終わり、まだ残っているのは近隣の高校で組んでいる試合だけだ。
 なんたって、市内予選で撃沈したしよ。
 合宿後、残りの試合を終えたら夏休みは終わりだ。

 そんな事を考えながらスポーツバッグを背中に担ぐと、岸田が停めた自転車の荷台から紐を解きはじめる。結構ぎっちり結んであるみたいで、解くのに少し時間がかかってしまった。
「うん。合宿に持っていくものを昨日他の部のマネージャーと買いに行ったんだけど、量が多くて手持ちでは無理だったの」
 解いた紐を纏めて段ボールに入れると、それを肩に担いで岸田を見下ろした。

「やっぱり、岸田一人に負担がかかるな……。俺らも気にしてるつもりだけど、ずっと仕事を任せてきたから行き届かない所もあるんだよな……」
 ふぅ、と一つ息をついて部室へと岸田を促す。
「佐々木か、あれじゃ頼りなかったら辻に相談してみよう。こんな荷物、俺みたいに駅から自転車ならまだしも自宅からだとかなり厳しいだろ」
 確か岸田の自宅はうち程遠くはないけれど、決して近いわけではないはず。肩に担いだダンボールは、俺にとってはそうでもなくとも岸田にとっては結構な重さだろう。

 岸田は紙袋を抱えて歩きながら、目を細めて俺を見上げた。
「原田くんがこうして手伝ってくれるから、ホント助かってる」
「そうかー? それにしたってこうやって負担掛かってんだろ? もし買い出しとかあるなら、ちゃんと言えよ」
 そう言いながら見えてきた部室に目を向ける。
 既に辻が来ていて、丁度ドアをあけているところだった。


 その姿を見て、昨日の事を思いだす。佐々木から気持ちの悪いメールが来た後、辻と井上からも来たメールを思い出して思わず目が細まる。
 辻も気が付いたようで、部室に荷物を置いてこっちへと走ってきた。

「おはよう、二人とも」
「おう辻、俺が言いたい事分かってんだろーな?」
 そう言いながら辻の方へ歩き出した俺に、後ろから岸田の声が掛けられた。
「一緒に、行ってくれるの?」
 その声は小さくて何を言ってるのか分からず、辻に放り投げようとしていた段ボールを手元で止めた。
 そうして後ろを振り返る。
「……、ん? なんか言ったか?」
 すると岸田は一瞬辻に視線を向けると、すぐに頭を振った。
「ううん、何も。私、教官室に先に寄って行くから、これもよろしくね」
 そう笑うと、辻に持っていた荷物を押し付けて体育館の傍にある体育教官室へと走って行った。
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