31日目に君の手を。

篠宮 楓

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原田の+α 12日目・1

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「原田、一年見てやって」
「うーぃ」
 佐々木に声を掛けられて顔を上げると、原田はぐるりとコートを見渡した。
 二面あるうちの手前ではなく向こう側のコートで、佐々木が一年生を前にこっちを見ている。首にかけていたタオルを床に放ると、コートへと足を踏み出した。


 アオが自宅に戻って、十二日目。
 日にちを考えない様にしてるのに、どうしてもふと数えてる自分がいる。
 阿呆だなぁ、とか思っても無意識なんだから仕方ない。何日かは落ち込んでたけど、まぁ仕方ないと諦めた。
 とにかく、仕方ないんだよ。仕方ない。
 アオにはアオの考えがあって、そこに俺がいなくてもよかったって事。

「……」

 むかつくのは仕方ない事だよなっ!

「あ」
 思わず力の入ったスパイクが、ラインを割って体育館の後ろの方へと飛んで行った。
「……バックアタックの失敗版。反面教師だ反面教師」
 冷静に一年に説明する佐々木が、ムカツク。
 飛んで行ったボールの近くにいた辻が、無言でそれを投げ返す。それに片手を上げて礼を言ってから、ボールを右手で受け止めて息を吐いた。
「体に力入りすぎると、こーなるから」
「ただ今の体験談」
「佐々木」
 茶化す事でこの場を緩く収めようとしているのは分かるが、イラつく。
 佐々木は、はいはいと適当に原田の声を流すと他の部員のもとに行ってしまった。その場に残された一年に目を向けて、溜息をつく。
「悪い。じゃあ、とりあえず一人ずつ打ってみて」
 ボールを投げ渡して、意識を切り替えた。





 落ち込んでいても、日々は過ぎていくもので。
 授業が始まってしまえば、休み前のいつも通りの生活が戻ってきた。
 授業を受け、部活に出る。まだ本格的に受験に向けて何かしているわけではないから、余計かもしれない。

 けれど。

 クラスでも予備校に通ってる奴らは、夏休みが終わって少し疲れているように見えた。
 変わらない日常が続いていると思っていても、それは当たり前に変化していて。

 だから。

 きっと、何か、理由があるんだ。


 アオも、休みが終わって日常に帰ったって事。いつも絵を描いていたからといって、年がら年中絵を描くだけで生きているわけじゃない。
 年上だという事は知っていたけれど大学生だと気付かなかった俺は、休みが終わっても毎日あの場所で絵を描いているもんだと思い込んでいただけ。
 何にも言わない、アオに一番の原因があると思うけどな。

「……」

 そう。アオに一番の原因があるんだよな。
 俺じゃない。
 てか、俺じゃない。
 何らかの理由があって姿を消すんなら、また来るって伝言するなら、俺が怒らない状況にしてからいなくなれ。何でもない様に帰ってきて「やほー、ななしくん」とか言ったら、筆洗バケツの水ぶっかけてやる。

 最近、思考ループの辿り着く場所が、感情爆発一歩手前なのは仕方ないよな?
 落ち込み過ぎたし、悩み過ぎた。
 面倒くさい、面倒くさすぎる。


 部活が終わり着替えた原田は、荷物を持って部室を出た。
「あれ、帰るのかー? バスの時間まで、まだ結構あるだろ?」
 すでに着替え終えて部室の前で話していた井上と辻が、原田に気付いて視線を向けてくる。
 佐々木はまだ部室の中で、新しく部長になった柿崎と何か話していた。
 それを待っているのだろう。
 原田は井上の言葉に少し口を噤んでから、俯き加減だった顔を上げた。
「要さんとこ行こうと思って」
 二人は少し驚いたように目を見開くと、辻が首を傾げた。
「アオさん、帰ってきたの?」
 少し探る様なその声に、いいや、と淡々と返す。
「帰ってきたかとか、知らない。ただ、面倒くさくなってきた」
 なんで言う通りに待ってやらなきゃいけない。
 そう続ければ、辻が面白そうに片眉を上げた。

「なに、悩むの止めたの?」
「アオに対して、常識で考えても仕方ないと悟った」

 また来るとは言われたけれど、会いに来るなとは言われていない。

「とりあえず、要さんに話聞いてくる。どこら辺に住んでるか聞ければ、こっちから行く」
「うわ、なに原田。素直すぎて怖い。茶化されるから話したくないとか、そんなスタンスじゃなかったのかよ」
「……話さなくても、筒抜けっぽいから。どーせ三和から聞いてんだろ」
 その言葉に、井上は視線を外し辻はにっこりと笑う。

 三人に事情を話したわけじゃないのに、俺がアオが帰ったと聞いた翌日にはもうこいつらは知っていた。
 要さんの事まで。
 どう考えても、その理由は三和。
 俺が寝込んだ時、三和の携帯番号を辻から聞いたとアオが言っていた。
 てことは、知らない間に三和と辻がアドレスを交換していたって事。

 ……勘弁蒙りたいんだけど

「そういう事で、お先」
 三和の横に立つ辻の姿を思い浮かべてうんざりしてから、それを振り切るように片手を上げた。
「要さんによろしくー」
 まだあった事もないお前が、よろしくも何もないと思うんだけど。
 踵を返そうとした原田は、足を止めて顔だけ辻に振り向けた。

「お前が義兄とか、嫌だからな」

 そう言い放つと、駐輪場へと一直線に歩き出した。

 原田がまっすぐに駐輪場へと向かっていくのを見ていた辻と井上は、顔を見合わせて肩を竦めた。
「やっと、色々振り切れたみたいだね」
「なー。ずっと待ってる、とか、脳内乙女のまま言い出したらどうしようかと思ったぞ」
「まぁ、よかっ……」
 井上は言葉尻の消えた辻に気が付いて、その視線の先を追った。
 固まったまま目を見開いている辻の視線の先には……

「……岸田」

 ……岸田が、ちょうど踵を返して走り去っていく姿。

「……先帰ってて」
「え? お、おぉ」
 辻は一言そう告げると、駆けだした。
 岸田の走って行った後を、追うように。
「……青春かよ」
 そして、カオス(笑

「あれー? 辻どうした?」
 今度は目の前の部室のドアが開いて、帰り支度をおえた佐々木が出てきた。
「うん? いやー、傍観者は楽しいねぇ」
「はぁ?」
 靴のつま先をトントンと地面に打ちつけながら首を傾げる佐々木に、原田と辻の事を伝えて苦笑いしながら校門に向って歩き出す。

「あー、辻と岸田ってどーなってんだろうな」
「辻が焦って追いかけたって事は、まだなんじゃね?」
「三和さんとの事、誤解されそうって?」
「原田は誤解してるけどな、はっきり」

 顔を見合わせて溜息をつく。

「なんか、ムカツクな」
「だな」

 とりあえず二人ともフラれればいいんじゃね?

 そう思うのは、素直な気持ちです。
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