31日目に君の手を。

篠宮 楓

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三和の+α 8日目・2

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「紅茶でよろしいですか?」

 立ち話もなんだからと連れてこられた食堂には、あまり学生の姿はない。
 午前中という事もあって講義に出ている学生と、学祭の準備をしている学生が大半なのかもしれない。十一月に来る自分の大学の学祭を思い浮かべながら三和がため息をついた時、目の前にことりと紙コップが置かれた。

 顔を上げれば、目の前の席に腰を掛けよう解いている聖ちゃんと目があう。

「あ、すみません。お気遣いなく」
 少し腰を上げて会釈をすれば、面白いとでもいうような笑みを返された。
「強気なのか礼儀正しいのか、よく分からない人だね」
「自分のやりたい事には一直線なだけです」
「へぇ?」
 座った聖ちゃんを確認してから、あげた腰を下ろした。
 年上だからね、ここはやっぱりね一応ね。

 聖ちゃんは珈琲の入った紙コップを手に持ったまま、じっと三和を見つめた。

「それで、話っていうのは?」
「アオちゃん、元気ですか?」
 一瞬、静まり返るテーブル。
 聖ちゃんは少し目を細めて、三和を見下ろした。
「友人なのでは?」
 っていうか、三日間くらいしかあってないけど……まぁ、言わなくてもいいか。
「ここ数週間の友達なもので。連絡先聴くの忘れちゃったんです」
 直哉がアオちゃんちでぶっ倒れた時も、なぜか家の電話から私に連絡が来たんだよね。携帯から来てくれれば、履歴が残ってたのに。

「ここ数週間……」

 そう言った途端、紙コップから手を離して聖ちゃんが立ち上がった。勢いよくテーブルに手を置いたから、コップ中の珈琲が外に跳ねあがる。
 三和はその様をのんびりと見遣って、ゆるりと顔を上げた。そこにあるのは、目を瞠った聖ちゃんの姿。

「では、あなたが、あの”絵”の”あお”を……?」
「は?」

 あの絵の、あお?
「あの、アオ?」
 アオちゃんの、こと?
 不思議そうな三和の表情に、聖ちゃんは何か気付いたようにゆっくりと息を吐き出して椅子に腰を下ろした。
「……いや、すみません。……彼女は元気ですよ。学祭の件でばたばたと忙しくしていますが」
 追及されたくない様に話題を変えた聖ちゃんに、三和は頬杖をついて口端を上げた。

「そうですか。またこっちに来てくれるって言ってたのに連絡が無かったので、心配してたんですよ」
「……心配、ですか?」
 探る様な声音に、えぇ、と頷く。
「だって、あんなに悩んでいたんだから」
「……」
「なのに、聖ちゃんは絵が一番気になるんですねー。わぁ、さいてー」
「いや、あの……」

 眉根を寄せて、俯く。
 わー、見るからに反省。
 少しは取り繕うよ、大人なんだから。

 絵の意味は分からないけれど、普通ならその間のアオちゃんの様子を聴くよね。先に絵の話が来たって事は、アオちゃんの事がどうでもいいか、もしくはすでにアオちゃんに許されているか。
 まぁ目の前で項垂れる姿を見れば、後者なんだと想像はつくけれど。
 だからって、先に聞く? それ。
 絵バカ? てか、馬鹿?

「ごめん」

 ぽつりと謝罪するその声に、三和は椅子の背もたれに寄りかかった。
 まぁ、そこまで絵にのめり込んでなきゃ、アオちゃんへの仕打ちを説明できないか。勘違いを利用して、自分の手元に置きたがったとか……

「阿呆?」
「え?」

 おっと、つい声に出してしまった。
 三和は取り繕う事もなく、何でもない様に紅茶を一口飲んだ。
「元気ならいいです。忙しくて来られなかったんなら、まぁ仕方ないですし」
 まぁ仕方ないけど、その所為でうちの弟、萎れ中なんだけど。
 うん、まぁ分かった。
「じゃあ、学祭終わるまでは時間とれなそうなんですね」
「ちょっとバタバタしてるから……、でも今日あって行けばいいんじゃない? 部室案内するけど」
「んー、いいです。アオちゃんの様子が聞ければ、目標達成なんで」

 目標達成……? と不思議そうに首を傾げる聖ちゃんをしり目に、紅茶を一気飲みして椅子から腰を上げた。

「アオちゃんに、私が来たこと言わなくていいですから」
「え? でも……」
 座ったままこちらを見上げる聖ちゃんに、三和はにっこりと笑いかける。
「ていうか、言うな」
「……」
 鞄を肩にかけて、三和は聖ちゃんを見下ろした。
「アオちゃんに、許してもらえたんでしょ。しかも怒る事さえされずに」
「なんで……」
 わー、推測確定。
「聖ちゃん見てればわかります。まぁでも一番辛いですねー、文句言われて詰られた方が楽だったでしょうに」

 文句を言われて詰られて、そして許しを貰えたら……罪悪感は薄れるのに。アオちゃんはきっと素直に許したんだろうけれど、それが一番の復讐(笑)だったのかもね。よくやった!

「まぁ、私も文句言いたいわけじゃないんで」
「じゃあ、何?」
 聖ちゃんの声が、少し荒くなっているのは心情が図星だったからだね。
 いい気味だ。
「うちの家族が、ちょーっと振り回されてましてね。まぁ、こっちが上手く収まったんなら私も動けるってもんです」

 朝、玄関で見た直哉の背中が脳裏に浮かぶ。
 あんな萎れてんの、見たくないし、面倒だし。
 それに……いい事思いついた。

「うちの、家族?」
 思いついた楽しい計画に、にんまりと笑う。
「えぇ。では、突然失礼しました」
 あまり細かい事を聞かれるのも面倒だからと、三和はくるりと踵を返す。
 しかしいきなり掴まれた腕に、その足を止めた。顔だけ向ければ、三和の腕をつかむ聖ちゃんの姿。

「その、うちのって……アオに……」
「あ?」

 イラッときて、つい力強く腕を引いて聖ちゃんの手から振りほどいた。
 私の用事は終わったんだよ、面倒だなぁ。楽しい計画を練り上げたいから、さっさと帰りたいんだけど。

 今までの外面を捨てて面倒そうに顔を顰めれば、聖ちゃんは驚いたように口を噤む。
 聖ちゃんの言った言葉を脳内で繰り返して、あぁ……と頷いた。
「かわいいうちの子が寂しがってるのよ、アオちゃんに会えなくて」
「かわいい……?」
「たぶんあなたの言う”絵”の”あお”に、一番関わってると思うけど。まぁせいぜい罪悪感に悩まされてくださいね」
 アオちゃんに対して……その言葉は、口から出さずに止めた。

 小さく息をついて、三和は今度こそ聖ちゃんに背を向けた。後ろで何か言われていたことには気づいたけれど、それを無視して食堂から出ていく。
 なんでわざわざ聖ちゃんの欲しい答えを与えてあげなきゃいけないわけ。もうそこは私には関係ない領域。

 三和は思いついた楽しい計画を実行に移すべく、鼻歌を歌いながら大学を後にした。




――その後、聖ちゃんが食堂で振られたという噂が流れたけれど、それは三和のあずかり知らぬこと。
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