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31日目に君の手を。
最終話
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「ななしくん、お茶いる?」
「んー、いる」
とぽとぽ……
湯呑に注がれるお茶の音と、香り。
のんびりした空気が、窓を閉め切った部屋に漂う。
アオと会った八月から数えて、もう七ヶ月。
窓の向こうには、二月も半ばを過ぎようかという寒空が広がっている。
後期試験を終えたアオは、再び要さんちに居候をしていた。
その要さんはというと。
「高校生がいるなら大丈夫だろう」
というわけのわからない理由をこじつけて、友達と数週間の旅行に行ってしまった。
ちなみに、高校生というのは原田の事。
いつまでたってもアオが原田の事をななしと呼ぶので、さすがにそれは名前じゃないなといって呼び続けているのが高校生。既にそれも名前じゃないと思うんだけど。
原田はといえば。
既に受験は終わり、のんびりと卒業式を待つだけになっていた。
得意科目のみで受けられるというのは、なんて素晴らしい事だろう。
ホント、心底思った。
「ななしくん、これって何かの暗号文? 今の大学入試ってば、暗号解読から始まるの?」
「入試試験に暗号出るとか、どんな大学だよ。てか、それセンターだし」
ひと月前に実施されたセンター試験が掲載されている新聞を引っ張り出してきたアオが、畳に広げて云々唸り続けている。
「まだ二年しかたってないのに、全く解けないし……!」
アオも原田と同じように科目を選択して受験したからか、それ以外はもうほとんど頭の中にはない状況らしく。それが悔しいのか、原田が昼前にここに来た時にはもうこの状態だった。
昼飯を挟んでも、その体勢のまま。
時々お茶を淹れる以外は、ぶつぶつ言いながら問題を解いている。
解くのはいいんだけど、口に出さずにやってもらえないだろうか。
受験終わったってのに、聞きたくないんだけど……入試問題とか。
原田はそう思いながらも、お茶を飲むことでその言葉を飲み込んだ。
外は川の側という事もあって、風が強めに吹いている。
流石にこの時期に散歩するような人もいない様で、人のいない風景は空と同じ灰色に沈んだように見える。原田はアオの家に置きっぱなしにしている本を手に取ると、しおりを外して読み始めた。
あの日。
阿呆すぎるやりとりを終えて三和たちのいる教室の方へと歩いていけば、外に三和とせいちゃんが待っていた。
そこで初めて、せいちゃんに自己紹介をされた上に頭を下げられた。
せいちゃん……聖ちゃんは、アオの従兄だそうで。なぜか、ありがとうと礼をされた。まぁ後でアオに理由を聞いたけれど、その時はまだ知らなくて少し面食らった。
……この話し方、すげぇ小学生の絵日記とか思い出す気がする。
小学生に怒られるか。
そして、三和に強制的に高校へと連れて行かれたわけですよ。
サボリは許しませんってさ。
どこのどいつだよ、サボるように仕向けたのは。
けれど、確かに制服姿でここにいる俺は、かなり目立っていた。
すんごい目立っていた。
来る時はあまり気にしなかったけど、よくよく考えてみれば平日のこの時間、大学にいる格好じゃない。
それに……この後の事とか、乙女脳な俺の頭ン中では展開されてたけどね。どうせ、実際に自分が行動できるとは思えないわけで。
という事で、大人しく強制送還されました。
それからバタバタとアオが文化祭だったり、こっちも学祭だったり、受験だったり。落ち着いて会えるようになったのは、俺の受験が終わってアオがこちらに来てから。
それまでを取り戻すかのように、ほぼ毎日、ここに来てる。
……ちゃんと夜は帰ってるよ。マジで←
佐々木達には、呆れられた上に若干どころかどん引かれてるけど、まぁいい。
会いたいのは本当で。何をするでもなく、ただ一緒にいて、毎日を過ごす。
ちなみに、熟年夫婦とも言われた。
――オカンの次は熟年かよ。
そう思っても。
ぺらりと読み終えたページを捲る音に、隣でアオが唸る声。解けない問題を考えながら、ボールペンで紙面をとんとんと叩いている音。この空間を居心地いいと感じてしまっている自分を考えれば、そう言われても仕方ないと思う。
十八でおっさんか。……いやオカンか。
まぁ、アオ相手ならそれも仕方ないか。
きっとアオが聞いていたら、全力で否定しそうな言葉を脳内で考えながらぼんやりと外を見つめた。
どのくらい経ったのか。
……ふと、自分の左腕が温かくなってることに気付いて、そっちに顔を向けると。
「外、寒そうだね」
「……」
いつの間にか、寝転がっていたアオが原田の隣に座っていた。少し驚いたけれど、それを顔に出さず視線を外へと戻す。
「そうだな」
アオは、微かに目を細めて小さく息を吐いた。
「だからこそ春が待ち遠しいんだろうね。冬が寒ければ寒いほど、ね?」
だからこの季節も大切なんだよね。
そう呟くアオは、きっと夏の自分を思い出してる。
あの夏のアオのように泣くことはほとんどなくなったけれど、反対に懐かしそうなそんな表情をするようになった。
アオの過去の話は、もう聞いている。
それを聞いてせいちゃんを殴りたくなったのは、許せ。
でも、あの自分がいたから今があると……過去の自分を受け入れて、前に進んでる。
ななしくんの、おかげだよ。
そう言ったアオの笑顔は、今までに見た事もないくらいとても嬉しそうだった……。
「……」
手のひらに感じる温かい感触に、少し考え込んでいた原田はぱっとアオを見た。視線を感じたのだろうアオは、原田を見上げてふにゃりと笑う。
「あったかいねー」
これも冬に感謝ー♪ 歌う様に口遊むアオは、ぐふふーと妙な笑い方をしながら視線を外へと向ける。
……不意打ちは、まだちょっと驚く。
原田は小さく息を吐いて、同じように外を見つめた。
アオと会ったのは、八月の始め。
まだ暑くて、濃い青空が広がっていた。
あれから七ヶ月。
実質もっと少ない時間しか、一緒に過ごしていないけれど。
いつまでもこの手は離したくないと思うあたり、だいぶ脳内浸食されてるなと思う。
そしてそんな事を思う、自分の乙女脳にも 若干引くけれど。
繋いだ手を、ぎゅっと握り返す。
それでも、もう、離したくない。
31日目に繋いだ、君の手を――
「んー、いる」
とぽとぽ……
湯呑に注がれるお茶の音と、香り。
のんびりした空気が、窓を閉め切った部屋に漂う。
アオと会った八月から数えて、もう七ヶ月。
窓の向こうには、二月も半ばを過ぎようかという寒空が広がっている。
後期試験を終えたアオは、再び要さんちに居候をしていた。
その要さんはというと。
「高校生がいるなら大丈夫だろう」
というわけのわからない理由をこじつけて、友達と数週間の旅行に行ってしまった。
ちなみに、高校生というのは原田の事。
いつまでたってもアオが原田の事をななしと呼ぶので、さすがにそれは名前じゃないなといって呼び続けているのが高校生。既にそれも名前じゃないと思うんだけど。
原田はといえば。
既に受験は終わり、のんびりと卒業式を待つだけになっていた。
得意科目のみで受けられるというのは、なんて素晴らしい事だろう。
ホント、心底思った。
「ななしくん、これって何かの暗号文? 今の大学入試ってば、暗号解読から始まるの?」
「入試試験に暗号出るとか、どんな大学だよ。てか、それセンターだし」
ひと月前に実施されたセンター試験が掲載されている新聞を引っ張り出してきたアオが、畳に広げて云々唸り続けている。
「まだ二年しかたってないのに、全く解けないし……!」
アオも原田と同じように科目を選択して受験したからか、それ以外はもうほとんど頭の中にはない状況らしく。それが悔しいのか、原田が昼前にここに来た時にはもうこの状態だった。
昼飯を挟んでも、その体勢のまま。
時々お茶を淹れる以外は、ぶつぶつ言いながら問題を解いている。
解くのはいいんだけど、口に出さずにやってもらえないだろうか。
受験終わったってのに、聞きたくないんだけど……入試問題とか。
原田はそう思いながらも、お茶を飲むことでその言葉を飲み込んだ。
外は川の側という事もあって、風が強めに吹いている。
流石にこの時期に散歩するような人もいない様で、人のいない風景は空と同じ灰色に沈んだように見える。原田はアオの家に置きっぱなしにしている本を手に取ると、しおりを外して読み始めた。
あの日。
阿呆すぎるやりとりを終えて三和たちのいる教室の方へと歩いていけば、外に三和とせいちゃんが待っていた。
そこで初めて、せいちゃんに自己紹介をされた上に頭を下げられた。
せいちゃん……聖ちゃんは、アオの従兄だそうで。なぜか、ありがとうと礼をされた。まぁ後でアオに理由を聞いたけれど、その時はまだ知らなくて少し面食らった。
……この話し方、すげぇ小学生の絵日記とか思い出す気がする。
小学生に怒られるか。
そして、三和に強制的に高校へと連れて行かれたわけですよ。
サボリは許しませんってさ。
どこのどいつだよ、サボるように仕向けたのは。
けれど、確かに制服姿でここにいる俺は、かなり目立っていた。
すんごい目立っていた。
来る時はあまり気にしなかったけど、よくよく考えてみれば平日のこの時間、大学にいる格好じゃない。
それに……この後の事とか、乙女脳な俺の頭ン中では展開されてたけどね。どうせ、実際に自分が行動できるとは思えないわけで。
という事で、大人しく強制送還されました。
それからバタバタとアオが文化祭だったり、こっちも学祭だったり、受験だったり。落ち着いて会えるようになったのは、俺の受験が終わってアオがこちらに来てから。
それまでを取り戻すかのように、ほぼ毎日、ここに来てる。
……ちゃんと夜は帰ってるよ。マジで←
佐々木達には、呆れられた上に若干どころかどん引かれてるけど、まぁいい。
会いたいのは本当で。何をするでもなく、ただ一緒にいて、毎日を過ごす。
ちなみに、熟年夫婦とも言われた。
――オカンの次は熟年かよ。
そう思っても。
ぺらりと読み終えたページを捲る音に、隣でアオが唸る声。解けない問題を考えながら、ボールペンで紙面をとんとんと叩いている音。この空間を居心地いいと感じてしまっている自分を考えれば、そう言われても仕方ないと思う。
十八でおっさんか。……いやオカンか。
まぁ、アオ相手ならそれも仕方ないか。
きっとアオが聞いていたら、全力で否定しそうな言葉を脳内で考えながらぼんやりと外を見つめた。
どのくらい経ったのか。
……ふと、自分の左腕が温かくなってることに気付いて、そっちに顔を向けると。
「外、寒そうだね」
「……」
いつの間にか、寝転がっていたアオが原田の隣に座っていた。少し驚いたけれど、それを顔に出さず視線を外へと戻す。
「そうだな」
アオは、微かに目を細めて小さく息を吐いた。
「だからこそ春が待ち遠しいんだろうね。冬が寒ければ寒いほど、ね?」
だからこの季節も大切なんだよね。
そう呟くアオは、きっと夏の自分を思い出してる。
あの夏のアオのように泣くことはほとんどなくなったけれど、反対に懐かしそうなそんな表情をするようになった。
アオの過去の話は、もう聞いている。
それを聞いてせいちゃんを殴りたくなったのは、許せ。
でも、あの自分がいたから今があると……過去の自分を受け入れて、前に進んでる。
ななしくんの、おかげだよ。
そう言ったアオの笑顔は、今までに見た事もないくらいとても嬉しそうだった……。
「……」
手のひらに感じる温かい感触に、少し考え込んでいた原田はぱっとアオを見た。視線を感じたのだろうアオは、原田を見上げてふにゃりと笑う。
「あったかいねー」
これも冬に感謝ー♪ 歌う様に口遊むアオは、ぐふふーと妙な笑い方をしながら視線を外へと向ける。
……不意打ちは、まだちょっと驚く。
原田は小さく息を吐いて、同じように外を見つめた。
アオと会ったのは、八月の始め。
まだ暑くて、濃い青空が広がっていた。
あれから七ヶ月。
実質もっと少ない時間しか、一緒に過ごしていないけれど。
いつまでもこの手は離したくないと思うあたり、だいぶ脳内浸食されてるなと思う。
そしてそんな事を思う、自分の乙女脳にも 若干引くけれど。
繋いだ手を、ぎゅっと握り返す。
それでも、もう、離したくない。
31日目に繋いだ、君の手を――
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