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SS番外集
とある大晦日のふたり。-2
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服をばさばさぬいで、シャワーを浴びる。
やばい。俺、部屋に戻れるだろうか。用意したトレーナーと短パンは、ちびっこのアオにはでかすぎた。バレーやってただけあって、俺の身長は高い方。
その上、肩に筋肉ついてるからワンサイズ上を買う事が多い。Tシャツ買うなら、サイズはXLかXXLが普通。
アオは女性の中でもちまっこい。確か百五十センチなかったはず。
「……」
いや、狙ったわけじゃない。
どっちかといえば俺がアオのアパートに行くことが多くて、アオに俺の服を着せた事が少ないから。分かってたけど、やっぱりこう、くるものがあるというか。
自分のトレーナーがワンピースの様になってるアオに、悶えそうになる俺って、普通だよな?!
変態じゃないよな?!
裸エプロンとかさせてないだけ、普通だよな……!!
「……」
……それが思いつくだけでも、変態臭く思えてきた……。
大体、なんで短パン履いてるはずなのに、トレーナーから見えないんだよこんちくしょうっ。
「……でよう」
さすがに時間かかりすぎのシャワーに終止符を打って、平常心を貼り付けて風呂から出る。部屋に戻ると、さっき俺が寄りかかっていた場所で体育座りをしてアオがこっちを見ていた。
「ななしくん、あったまった?」
俺の心配をするアオに、今風呂場で何を考えていたかを思い出して罪悪感にずんと気持ちが沈む。
「……アオは、寒くないか?」
「うん、ありがとう」
少しだけ離れて腰を降ろせば、その隙間をアオが瞬時に詰めて体を寄せてくる。ぴとりとくっついた服越しのアオの体温に思わず体が動いたけれど、その仕草に眉を寄せた。
「アオ」
「んー?」
名前を呼ぶと、アオは俺の手を両手で持って遊びながら相槌を打つ。
その後に何も続かない事に俺は気付いて、もう一度名前を呼んだ。けれどアオの返答は、上の空の様な声ばかり。何かがあったことは確実で、俺は空いている方の手のひらをアオの頭に乗せてゆっくりと撫でた。
「何があった?」
思わずといった風に目をつぶったアオが、おずおずと俺の手のひらの下から見上げてきた。その表情がなぜか寂しそうに見えて、頭に置いていた手のひらを滑らせて肩を抱き寄せた。
「言いたいなら、言えばいい。言いたくないなら、無理はするな」
数年前、聖ちゃんの事で自分を見失っていたアオと過ごすうちに、気付いた彼女の性格。
言いだすまで待たないと、辛い事を隠す様になってしまうその癖。知らない所で苦しまれるのだけは嫌で、余計忍耐力が身についた気がする。
アオはぎゅっと口を噤んで目を伏せてしばらく俺の手をにぎったり引っ張ったりしていたけれど、あのね……、と口を開いた。
「ななしくんとね、中々会えないよね」
「……そうだな。今年は俺の就活もあったし、バイト結構入れてるし……。アオも仕事、忙しいんだろう?」
そう答えれば、アオはこくりと頷く。
「分かってるんだ。私のわがまま。会えない理由の半分以上は私だもの」
絵を描きはじめると周りが見えなくなるアオは、それが仕事になった現状、部屋に籠る事が多くなった。
そしてモチーフを探して、一人、旅をすることも。それは数日で帰ってくるものではあるけれど、それでも頻度が高ければ学生の俺と時間はすれ違う。
邪魔をするわけにもいかなくて、それについて俺から何か言ったことはない。
学生と社会人。
仕方ない事。
「でもね。羨ましくなっちゃったの」
「……羨ましく?」
「うん。ずっといっしょにいられるのが」
あのね、と続けてアオは俺を見上げた。
「ななしくんと、もっと一緒にいたいってずっとずっと思ってた。でも、私は社会人だし、我儘言えないって、ずっと思ってた」
「アオ……」
その言葉に、驚くのは今度は俺の番だった。
俺が、俺だけがずっと我慢していると思ってた。
今を、大事にするアオだから。
その瞬間にだけ捕える事の出来る、「今」を大事にするアオだから。
寂しいと思っても、それはその瞬間、その時だけの感情が強くて、後は自分の世界で色を捕えて生きているのだと思っていた。
「でもね、ずっと一緒にいられる人達を見たら、凄く羨ましくなっちゃったの。……ごめんね、私の方が年上なのに……」
声が小さくなっていくアオに触れていた手に、力を込めた。
アオの言葉が嬉しくて、そう思わせた自分にムカついて。意識して自分の声を穏やかに、そして言い含めるようにゆっくりと言葉を選ぶ。
「……あのな。俺、もうすぐ大学卒業するだろ?」
「うん」
ちらりと時計を見れば、あと数分で今年が終わる。
明けてしまえば、三ヶ月もせずに俺も社会人になる。
「卒業したら、俺とアオの違いは歳の差だけになる。それもたった二歳。そんなの差とはいえねーし」
学生の二歳は大きく感じるかもしれないけれど、社会に出てしまえば二年なんて差と言うほどのものじゃない。
「確かにまだ社会人としてはひよっこだし、給料だってアオよりはるかに下で敵わない。つーか、多分同等になるにはすげー時間かかると思う」
それくらいの価値を持つ、アオの絵だから。アオの色だから。
俺は、そのアオが好きだから。
アオの生み出す世界が、好きだから。
だから、悔しさはない。
「あのさ、なんで俺、バイトしまくってたと思う?」
突然問いかけられて、それまで黙って聞いていたアオが戸惑うように瞳を揺らす。
それと、自分の話と、どうつながるのか。
それを懸命に考えてるんだろうな。
ゆっくりと宥めるように肩を撫でて、軽く叩いた。
「俺が卒業したら、一緒に、住もうか」
それは、問いかけを借りた決定事項。否定されても、押し切る気持ちでいっぱいだから。
アオは目を大きく見開いて、え……と呟いた。
「え、あの……ななしくん?」
自分の話から、いきなりそんな事を言われると思わなかったんだろう。寂しいっていう事を俺に伝えて、多分、俺もって言われることを期待していただけ。決して解決を望んでいたわけじゃなく、感情を共有したかっただけ。
「俺の金で、俺の名義で借りた部屋で、俺と一緒に暮らそう。もう、場所は決めてるんだ」
そして家主とも話はついてる、と続けると、見開いていたアオの目がぱちぱちと幾度か瞬いた。
そして何かに気付いたように、呟く。
「……バイト……って」
「就職できても俺の稼ぎじゃ、アオが仕事の出来るような部屋は絶対借りれないと思って。アオとなかなか会えないのをいい事に、バイトしまくった」
「い、言ってくれれば……」
「アオと一緒。学生の俺がアオの邪魔しちゃいけないと思ったし、何よりそんな事言ったら金出されそうじゃん。それだけは嫌だから」
「なんで……」
「プライドの問題。そこは許せ」
社会人の彼女の金で借りた部屋に住むとか、俺のプライド的に嫌すぎる。
「だから」
体の向きを変えて、アオと視線を合わせる。すげー緊張しているけれど、でもアオの嬉しそうな表情が俺の背中を押した。
「俺とずっと一緒にいて欲しい」
――ちゃんとした言葉は、指輪を贈るその時に言いたいから。
これで、伝わってほしい。
呆けたように俺を見ているアオを、じっと見つめる。
アオはぎゅっと目を瞑ってから、零れるような笑みを浮かべてその両腕を俺の首に回した。
「ずっと一緒にいようね」
煩悩の数だけ鳴ってる鐘の音をどこか遠くで聞きながら、抱きしめたアオの温もりに、俺はなぜか泣きたくなった――
+++++
「そう言えば、誰見て羨ましくなったんだ?」
もう明け方も近いベッドの上、初日の出を拝もうと窓の外に視線を向けていた俺はふと気づいてアオを見た。隣で布団にくるまるアオは、そうそう、とぽんっと両手を合わせる。
「聖ちゃんが結婚するの!」
「マジか! そっかぁ……そ……え……?」
聖ちゃん。
それはアオに辛い思いをさせた元凶だったけれど、それでもアオの絵をずっと見てアオの成長を見守ってきてくれた従兄。俺にまで誠実に謝罪をしてくれて、もう、あの頃のわだかまりは少しもない。
が。
途中で気付いた事実に、俺の体は油の切れたブリキのおもちゃの如く固まった。
「聖ちゃん、が、結婚?」
相手って……聖ちゃんの彼女って……
アオは満面の笑みを浮かべて、頷いた。
「一足先に、ななしくんと親戚になるね!」
三和が聖ちゃんの元に嫁ぐのは、ほんの数か月後の未来。
ななしとアオが要さんの家を借りて住み始めてから、そう遠くない未来。
やばい。俺、部屋に戻れるだろうか。用意したトレーナーと短パンは、ちびっこのアオにはでかすぎた。バレーやってただけあって、俺の身長は高い方。
その上、肩に筋肉ついてるからワンサイズ上を買う事が多い。Tシャツ買うなら、サイズはXLかXXLが普通。
アオは女性の中でもちまっこい。確か百五十センチなかったはず。
「……」
いや、狙ったわけじゃない。
どっちかといえば俺がアオのアパートに行くことが多くて、アオに俺の服を着せた事が少ないから。分かってたけど、やっぱりこう、くるものがあるというか。
自分のトレーナーがワンピースの様になってるアオに、悶えそうになる俺って、普通だよな?!
変態じゃないよな?!
裸エプロンとかさせてないだけ、普通だよな……!!
「……」
……それが思いつくだけでも、変態臭く思えてきた……。
大体、なんで短パン履いてるはずなのに、トレーナーから見えないんだよこんちくしょうっ。
「……でよう」
さすがに時間かかりすぎのシャワーに終止符を打って、平常心を貼り付けて風呂から出る。部屋に戻ると、さっき俺が寄りかかっていた場所で体育座りをしてアオがこっちを見ていた。
「ななしくん、あったまった?」
俺の心配をするアオに、今風呂場で何を考えていたかを思い出して罪悪感にずんと気持ちが沈む。
「……アオは、寒くないか?」
「うん、ありがとう」
少しだけ離れて腰を降ろせば、その隙間をアオが瞬時に詰めて体を寄せてくる。ぴとりとくっついた服越しのアオの体温に思わず体が動いたけれど、その仕草に眉を寄せた。
「アオ」
「んー?」
名前を呼ぶと、アオは俺の手を両手で持って遊びながら相槌を打つ。
その後に何も続かない事に俺は気付いて、もう一度名前を呼んだ。けれどアオの返答は、上の空の様な声ばかり。何かがあったことは確実で、俺は空いている方の手のひらをアオの頭に乗せてゆっくりと撫でた。
「何があった?」
思わずといった風に目をつぶったアオが、おずおずと俺の手のひらの下から見上げてきた。その表情がなぜか寂しそうに見えて、頭に置いていた手のひらを滑らせて肩を抱き寄せた。
「言いたいなら、言えばいい。言いたくないなら、無理はするな」
数年前、聖ちゃんの事で自分を見失っていたアオと過ごすうちに、気付いた彼女の性格。
言いだすまで待たないと、辛い事を隠す様になってしまうその癖。知らない所で苦しまれるのだけは嫌で、余計忍耐力が身についた気がする。
アオはぎゅっと口を噤んで目を伏せてしばらく俺の手をにぎったり引っ張ったりしていたけれど、あのね……、と口を開いた。
「ななしくんとね、中々会えないよね」
「……そうだな。今年は俺の就活もあったし、バイト結構入れてるし……。アオも仕事、忙しいんだろう?」
そう答えれば、アオはこくりと頷く。
「分かってるんだ。私のわがまま。会えない理由の半分以上は私だもの」
絵を描きはじめると周りが見えなくなるアオは、それが仕事になった現状、部屋に籠る事が多くなった。
そしてモチーフを探して、一人、旅をすることも。それは数日で帰ってくるものではあるけれど、それでも頻度が高ければ学生の俺と時間はすれ違う。
邪魔をするわけにもいかなくて、それについて俺から何か言ったことはない。
学生と社会人。
仕方ない事。
「でもね。羨ましくなっちゃったの」
「……羨ましく?」
「うん。ずっといっしょにいられるのが」
あのね、と続けてアオは俺を見上げた。
「ななしくんと、もっと一緒にいたいってずっとずっと思ってた。でも、私は社会人だし、我儘言えないって、ずっと思ってた」
「アオ……」
その言葉に、驚くのは今度は俺の番だった。
俺が、俺だけがずっと我慢していると思ってた。
今を、大事にするアオだから。
その瞬間にだけ捕える事の出来る、「今」を大事にするアオだから。
寂しいと思っても、それはその瞬間、その時だけの感情が強くて、後は自分の世界で色を捕えて生きているのだと思っていた。
「でもね、ずっと一緒にいられる人達を見たら、凄く羨ましくなっちゃったの。……ごめんね、私の方が年上なのに……」
声が小さくなっていくアオに触れていた手に、力を込めた。
アオの言葉が嬉しくて、そう思わせた自分にムカついて。意識して自分の声を穏やかに、そして言い含めるようにゆっくりと言葉を選ぶ。
「……あのな。俺、もうすぐ大学卒業するだろ?」
「うん」
ちらりと時計を見れば、あと数分で今年が終わる。
明けてしまえば、三ヶ月もせずに俺も社会人になる。
「卒業したら、俺とアオの違いは歳の差だけになる。それもたった二歳。そんなの差とはいえねーし」
学生の二歳は大きく感じるかもしれないけれど、社会に出てしまえば二年なんて差と言うほどのものじゃない。
「確かにまだ社会人としてはひよっこだし、給料だってアオよりはるかに下で敵わない。つーか、多分同等になるにはすげー時間かかると思う」
それくらいの価値を持つ、アオの絵だから。アオの色だから。
俺は、そのアオが好きだから。
アオの生み出す世界が、好きだから。
だから、悔しさはない。
「あのさ、なんで俺、バイトしまくってたと思う?」
突然問いかけられて、それまで黙って聞いていたアオが戸惑うように瞳を揺らす。
それと、自分の話と、どうつながるのか。
それを懸命に考えてるんだろうな。
ゆっくりと宥めるように肩を撫でて、軽く叩いた。
「俺が卒業したら、一緒に、住もうか」
それは、問いかけを借りた決定事項。否定されても、押し切る気持ちでいっぱいだから。
アオは目を大きく見開いて、え……と呟いた。
「え、あの……ななしくん?」
自分の話から、いきなりそんな事を言われると思わなかったんだろう。寂しいっていう事を俺に伝えて、多分、俺もって言われることを期待していただけ。決して解決を望んでいたわけじゃなく、感情を共有したかっただけ。
「俺の金で、俺の名義で借りた部屋で、俺と一緒に暮らそう。もう、場所は決めてるんだ」
そして家主とも話はついてる、と続けると、見開いていたアオの目がぱちぱちと幾度か瞬いた。
そして何かに気付いたように、呟く。
「……バイト……って」
「就職できても俺の稼ぎじゃ、アオが仕事の出来るような部屋は絶対借りれないと思って。アオとなかなか会えないのをいい事に、バイトしまくった」
「い、言ってくれれば……」
「アオと一緒。学生の俺がアオの邪魔しちゃいけないと思ったし、何よりそんな事言ったら金出されそうじゃん。それだけは嫌だから」
「なんで……」
「プライドの問題。そこは許せ」
社会人の彼女の金で借りた部屋に住むとか、俺のプライド的に嫌すぎる。
「だから」
体の向きを変えて、アオと視線を合わせる。すげー緊張しているけれど、でもアオの嬉しそうな表情が俺の背中を押した。
「俺とずっと一緒にいて欲しい」
――ちゃんとした言葉は、指輪を贈るその時に言いたいから。
これで、伝わってほしい。
呆けたように俺を見ているアオを、じっと見つめる。
アオはぎゅっと目を瞑ってから、零れるような笑みを浮かべてその両腕を俺の首に回した。
「ずっと一緒にいようね」
煩悩の数だけ鳴ってる鐘の音をどこか遠くで聞きながら、抱きしめたアオの温もりに、俺はなぜか泣きたくなった――
+++++
「そう言えば、誰見て羨ましくなったんだ?」
もう明け方も近いベッドの上、初日の出を拝もうと窓の外に視線を向けていた俺はふと気づいてアオを見た。隣で布団にくるまるアオは、そうそう、とぽんっと両手を合わせる。
「聖ちゃんが結婚するの!」
「マジか! そっかぁ……そ……え……?」
聖ちゃん。
それはアオに辛い思いをさせた元凶だったけれど、それでもアオの絵をずっと見てアオの成長を見守ってきてくれた従兄。俺にまで誠実に謝罪をしてくれて、もう、あの頃のわだかまりは少しもない。
が。
途中で気付いた事実に、俺の体は油の切れたブリキのおもちゃの如く固まった。
「聖ちゃん、が、結婚?」
相手って……聖ちゃんの彼女って……
アオは満面の笑みを浮かべて、頷いた。
「一足先に、ななしくんと親戚になるね!」
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