蓮と葉月 バレンタイン、当日の夜。

篠宮 楓

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 ドタバタと、階下で走る音が聞こえる。

 けれど、私は本日四回目の今まで見た事のない光景に絶句中で、何も反応できなかった。

 いつもの見慣れた私の部屋。
 濃い青のカーテンと、シンプルな黒のデスクセット。パイプベッドの上には、たたまれた布団。少女趣味の母親と司にとって、男前すぎると言われた私の愛すべき部屋。
 大体女の子にはレースとフリルって、決めつけないでほしいわ。
 いや、好きな人はいると思うよ。
 むしろその方が普通なのかもしんないけどさ。そうであろうと求める男、しかもそれをぐちぐちと言う長男とかありえない。


 って、一応今日何度目かの現実逃避をしてみたけれど、目の前の状況は変わらない。


「あっ、あの! 葉月!」

 ドタバタのもとは、うちの母親を筆頭に全員だったらしい。

 掛けられた声にゆっくりと顔を向ければ、蒼白な母親とが廊下に立ち、以下は廊下そのほか階段から怯えたように私を窺っている。

……私は、危険人物か

「母さん?」
 この怯えようからすると、用意したのは母親らしい。
 一言名を呼べば、しどろもどろな返答を口にした。
「あ、あの……。えと、葉月、必要かと思って。数日前から準備してたんだけど……」
「私が、これを、必要だと思って……?」
 地を這うような声、第二弾。
 女声にしては声の低い私は、よくこうやって電話のセールスとか断ってきたけど。よもやまさか、自分の家族に対して使うとは思わなかったわ。

「数日前から、こんなにたくさんの段ボールを、用意してくれていたわけ」

 そう。
 私の部屋は、段ボールが積みあがっていた。
 半端ない数。
 しかもまぁご丁寧に、底がちゃんと貼り合わされている箱がいくつか壁際に積んである。


 ……もしかして、本当は。

 ありえないと思いつつ、だんだんと状況が状況だけに、“もしかして”が真実味を帯びてきた。

 ……もしかして、前から知ってたんじゃない? 蓮が、浮気していた事。

 で。こうなる事を見越して、段ボールを準備しておいてくれたって事なんじゃないかしら。
 で。男前と言われようと一応女の私が、隣家の蓮と別れた後にここに住みにくくなるだろうからってことで、準備してくれていたと。


 強引な結論の出し方だと思うけど、事実は小説より奇なりってね。
 よもやまさか、な、事にすでに遭遇していたから、おかしいと思う事のハードルが富士山より高く感じるわ。
きっと、こんなことも、あるわけよ。

「はは……」

 つい、笑い声をあげてしまった。
 その途端、びくりと体を震わす八人の男女。

 私はやっと申し訳なさが浮かんで、にこりと笑った。
「うん、必要。ありがとう、気を遣ってくれて」
 そのまま部屋に入って、後ろ手でドアを閉めた。


 音がしない所を見ると、皆あのまま固まっているらしい。
 私は小さく息を吐いて、鞄を机の上に置く。そしてジーンズとTシャツに着替え、上からシャツワンピースを被った。
「さて。とりあえず、必要な物だけでいいかな」
 あまり時間をかけてると、気を遣ってくれる皆にも悪い。
 しかも、まぁありえないだろうけれど、もしかしたら蓮がチョコの恨みを吐きにここに来るかもしれないし。

 クローゼットを開けて、大きめのボストンバッグを手に取る。

 しっかし、私より高給取りなんだから、チョコ位自分で買い直せばいいじゃないの。わざわざ私に買いに行かせるとか、今は懐かしミツグくんか!

 ボストンバッグを開いているベッドの上に置くと、クローゼットから硬質な音。
「?」
 首を傾げて近づけば、ハードカバーの大きな本……高校の卒業アルバムが棚から落ちていた。

 だからさ。
 なんなのよ、いちいち。
 わざとらしく高校のアルバムが棚から落ちるとか。
 透明人間でもいるわけ? 蓮の息のかかった、透明人間!

「はぁぁぁ」

 思わず大きなため息をついて、それを手に取る。
 ベッドの端に腰かけた私は、ずっしりと重いそのアルバムを膝の上で開いた。

 三年一組
 そこにいる、不機嫌そうな表情の蓮と、無表情な私の写真を目に映しながら。
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