触れて 融けて 流れて 消えて。

篠宮 楓

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其の壱

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 今年は、冬の到来が突然だった。
 朝晩が冷えてきたな……と思っていたら、一気に気温が下がり、からっ風の吹く季節がやってきた。
 ひとはこの寒暖差に身体が付いていけないらしく、体調を崩している人が多いとマスクをしたみやこが言っていた。「さくらさんも気を付けてね」って言われたが、私自身が気を付けられることはなにもない。
 ただただ天候を受け入れ、季節が過ぎるのを待つだけ。私にとって過ごしやすい春が早く来ないかと願うだけ。

 けれど確かに、みやこがかけてくれたその言葉は、とてもとても嬉しいと感じる。


『暑さが遠のいたと思ったら、今年の寒さはこれまた厳しいね』

 喜楽がつまらなそうに枝に寝そべって、土の精霊と広場を見下ろしている。今日も冷たい風が吹きすさんでいて、花もないさくらの傍にはほとんど人は寄り付かない。
 喜楽にとってひとの集まらないこの時期は、一年で一番つまらないのだと思う。だからどこかひとの集まる場所に行ってきたらいいよと促すのだけれど、今年は私の傍を離れようとしない。森の主さまの所に行く以外は、頑なに私の傍で過ごしていた。

 何かを感じているのか、何も感じていないのか。

 それでも心配をされるというものは、面映ゆく嬉しかった。
 今までは喜楽を心配していたのに、今は逆に私が気遣われている。何となく、生き物の営み……世代交代という言葉を意識してしまう日々でもあった。
 



 一志は、あれから姿を見せない。
 きっと、縋っていたものが偽物だと知ってここを去ったのだろう。




 ぎゅ、と、袿の袷を手で掴む。
 なんだか苦しいと思うのは、人の世に慣れ過ぎたからだろうか。先ほどのみやこの言葉も、ここに集うひとびとの言葉や願いも、精霊ならばそこまで身の内に入ってくるものではない。現に喜楽はひとびとの言葉や想いを受け入れるような素振りはない。私も今まではそうだった。
 
 元々、ひとびとの暮らしの為に、ひとの手によって自然から切り離され植え替えられた桜の木。
 どんどん自身が精霊の理よりもひとの世に染まりゆくように感じる。

 これが私にとっていい事なのか悪い事なのか、それは分からないけれど。
 それでも、この気持ちを大切にしたいとそう思う。


 なぁ、一志。
 私はお前の力になることはできないけれど、お前と共に祈る事だけはできる。まぁ、それしかできないのだけれど。
 今までは受け入れ天に昇華させるだけだったひとの願い、お前のお陰で私に共に祈る気持ちを芽生えさせた。


 叶ってほしいな。

 かなってほしい。

 ひとも精霊もみな幸せになってくれたらいい。

 みやこが、喜楽が、森の主さまが。




 そしてお前が。
 ただ一人、私を見て私に言葉を向けてくれたお前の。
 その、願いが。


 

 ふわりと袿の裾が風に揺れる。喜楽と遊んでいた土の精霊が、揺れに合わせて手を振って掴もうと腕を伸ばしている。それを見た喜楽が楽しそうに笑いだす。

 このささやかな時が、ほんの少しのひと時が。
 愛おしく感じてしまうのだから、精霊だとしても長生きをしたとそう感じてしまう。



「……お前は」

 思わず声に出た言葉を、途中で止める。



 一志、お前は。
 誰かの幸せの為、ではなくて。
 自分の望みを、ちゃんと持つべきだ。
 もう会う事もないかもしれないけれど。
 私を見て、私へと言葉を向けてくれたお前が幸せであることを願ってる。
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