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体が入れ替わりましたわ
しおりを挟むゆっくりと瞼を持ち上げると、寝台の天蓋に違和感を感じました。私が好きな薄い青色ではなく、まるで妹が好む桃色だったからです。
私は頭を押さえながら起き上がると、水を貰うために侍女を呼ぼうと横を向きました。すると忌々しいカジェタノが眉を寄せてこちらを見ておりました。
「大丈夫かい?」
あろうことかカジェタノは私の額に手を伸ばしたのです。先ほどの仕打ちは忘れておりません。憎悪と嫌悪から思わず体を離しました。
「どうしたんだい?」
カジェタノは怪訝な顔をして、私の顔を覗き込もうとしてきました。
「ど、どうしたって……」
声を出して違和感を覚えました。今まで自分が発してきた声と違ったからです。この高い声はまるでマヌエラのようだと思いました。
「……マヌエラ?」
カジェタノの言葉に目を見開きました。そうして自分の両手を広げて見つめました。女性らしい小さな手は私のものではありません。
まさか、と思っていると部屋の扉が勢いよく開きました。
「カジェタノ……!!」
薄い金色の髪を振り乱して部屋に入ってきたのは、まぎれもなく私の体でした。
「バレンティア……?」
カジェタノはこげ茶色の瞳を細め、睨みつけるように私の体を見ました。
「違うのよカジェタノ! 私はマヌエラなの! たぶんそいつがバレンティアだわ……!」
私の体はベッドの私を指すと、物凄い形相で睨みつけてきます。自身の顔ですが、まるで氷のように冷たく、迫力があり怖いです。
「何を言っているんだ……? 婚約を破棄され、女王の座を与えらないからと言って虚言まで吐くようになったのか。はっ、本当にどうしようもない女になったな」
カジェタノの見下げた瞳に、私の体はびくりと震えて止まりました。
直接向けられた訳でもないのに、私も不快になる表情です。
「な、なんで……ようやくお姉さまから全てを奪えるはずだったのに……」
私の体は泣きそうな顔をすると、きっと私を睨み、ずかずかと音を鳴らして近づいてきました。
「ねえ! 中身はバレンティアなんでしょう!? お姉さまからもカジェタノに説明してよ!」
「マヌエラ……! まだ虚言を続けるつもりか……!」
私は私の体を見て、少しだけ考えました。どうやら私はマヌエラの体に、マヌエラは私の体に入っているようです。これは俗にいう入れ替わりというやつでしょうか。
私はふっと息を吐くと眉を下げて心配そうな表情をしました。
「お姉さま……どうしましたの? 婚約を破棄されてお心を痛めてしまったのでしょうか……」
私の言葉に私の体は目と口を徐々に見開いていきました。その姿が実際のマヌエラと重なって胸がすこしすっとしました。
「な、なん……このお!!」
私の体の表情は怒りに変わり、私の髪を掴んでグッと引っ張りました。痛みに目に涙を浮かべながら、引っ張られた髪がピンクブロンドだったことで、やはりマヌエラの体なのか、とどこか冷めた思考で思いました。
「バレンティア!!!」
「バレンティア様!」
顔を真っ赤にしたカジェタノと、只ならぬ様子の私の体を追ってきた侍女達が、私を保護してくれます。
「許さない! お前だけは絶対に許さない!」
私の体は暴れて呪詛のような言葉を吐いています。そっくりそのまま、カジェタノとマヌエラに返したいと思いましたわ。
「その女を連れていけ! この行いは王に報告する!」
「っ! なんで! 私は……! 私はマヌエラなのに……!」
カジェタノの言葉に侍女達は一瞬だけ悲し気な表情をしました。昔から仕えてくれている侍女達に申し訳なく思いながら、私は喚きながらもつれて行かれる私の体を見ておりました。
私の体が連れて行かれると、カジェタノは心配そうな瞳をして口を開きました。
「マヌエラ、倒れたばかりなのに、大変な目にあったね。実はあの女も君と一緒に倒れたんだ。……それで最後の悪あがきに、あんな虚言をついたのかもしれない」
カジェタノの言葉に眉を下げて悲しそうな顔をしました。カジェタノと二人きりの時に、マヌエラがどういう態度か分からないので、下手なことはできません。しかしなるべく猫を被っているマヌエラを思い出し、演技をすることにしました。
「お姉さまも傷ついたから……」
カジェタノは顔を左右に振ると、手を重ねようとしました。しかしすっと避けて顔を覆います。
「疲れてしまったわ……もう少し眠らせてくださるかしら」
「そうだね。私は部屋に戻るよ。いつも通りいつでも訪ねておいで」
カジェタノの優しい声色の言葉に、頭を上下させると寝台に横になりました。そんな私を名残惜しそうに見ながらも、カジェタノはゆっくりと部屋から出て行きました。
先ほどのカジェタノの言葉によりますと、二人は気兼ねなく部屋を行き来する仲だったようです。どこまで関係が進んでいるかはわかりませんが、カジェタノと触れ合ったことのない私に、このまま誤魔化すことは可能かどうか不安が過りました。
そしてあの砂糖菓子のようなカジェタノの声。あの声が好きな人に向けるものだとしたら、カジェタノが私を好きだったことなんてきっと無かったのでしょう。
そこまで考えて虚しさと不安に溜息をつきました。
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