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皆さん元婚約者を怪しみだしましたわ
しおりを挟む王女は苛立った顔でエドガルドを見ましたが、その整った顔立ちと、決して目を合わせない姿勢に、すこし肩の力を抜いたようです。
「特別なデザート?」
王女は訝しそうな顔で言いました。
「はい、プラーガでございます。殿下が祖国で好まれていたとうかがいまして」
「プラーガをここで……」
王女は目を見開くと、しだいに表情を崩しました。
三か月の間も旅を続けている王女はきっと祖国が恋しいはず、と私とエドガルドは話し合いました。そこで王女の祖国ブトケエヴァのデザートを用意することにしたのです。
王女が連れてきた従者の中に料理人はおりましたが、パティシエはおりません。きっと三か月の間、行程が複雑で材料を集めるのが難しいプラーガをつくることは、できなかったと思ったのです。
「お気に召していただけますと、嬉しいのですが」
エドガルドはそう言うと、優雅な動作で給仕を始めました。貴族の装いをしている見目麗しいエドガルドに給仕されることに、王女の気分が上がったのが表情でわかりました。今までの一連の流れを見守っていた周りの貴族、とくに淑女たちが熱い吐息をついて、うっとりとエドガルドに見惚れております。
私の胸はちくりと痛くなりました。
「まあ、本当にプラーガだわ……」
目の前に置かれたショコラケーキに王女は目を輝かせました。そうして席を立とうとしたことなど忘れ、プラーガに華奢なフォークをすっと入れ、一口分をすくうと口に含みました。
とたんに王女の顔に笑みが浮かびます。
「おいしい! これ、これだわ!」
上機嫌の王女の様子に、王と隣に座っていたカジェタノは息を吐きました。顔色もずいぶんと良くなっております。
私も安心してプラーガを口に含みました。独特のねっとりした食感でとても美味しいです。
「と、とても美味ですね」
あまり甘いものが得意でない王が言うと、王女は一瞬だけ眉を寄せましたが、すぐに笑顔になりました。
「ええ、ここでプラーガを食べられるなんて……これを考案してくれたのは陛下ですの?」
「い、いえ……私は……」
王はちらりと私の右隣を見ました。私の隣には儀典官である、モンティージャ公爵閣下がおります。モンティージャ公爵はカジェタノの父であり、王の弟、つまり私の叔父でもあります。
モンティージャ公爵は王の視線に気が付かないふりをしてプラーガを食べております。きっと自分の功績にしたいと思っているのですが、王女に詳しく聞かれるとぼろが出るため名乗り出ないのでしょう。
王はしばらく熱い視線を送っておりましが、諦めた様に息を吐くと、次にエドガルドを見ました。エドガルドはきらきらの金色の瞳を王に向けます。王は美しい顔にすこしたじろいだようです。
「……これはエドガルドが用意したのか?」
王の言葉にエドガルドは美しい顔を綻ばせて無言で答えます。カジェタノの笑顔に眉を寄せていた王女も、エドガルドの笑顔には頬を赤くしました。
「貴方、エドガルドというの?」
王女の問いかけに、エドガルドは恭しく頭を下げました。
「はい、エドガルド・ハロペス・アバスカルと申します」
「ふふ……とても優秀なのね……」
王女は嬉しそうに微笑むと遠い顔をしました。隣に座っているカジェタノが物凄く面白くなさそうな顔をしております。胸がすっとしましたわ。
「そういえば祖国を出発する前に、第一王女バレンティア殿下より、とても丁寧な文を頂いたわ。彼女もとても優秀なのでしょうね。バレンティア殿下はどちらにいらっしゃるの?」
王女の言葉にホールは一瞬しんと静まり返り、次にざわりと揺れました。驚きながらも王と我が国の貴族たちは、気まずそうな顔をしております。カジェタノに関しては顔が青くなっておりました。
私はバレンティアの名前が出てきたことにどきりと心臓が波打ちました。
「バレンティアは体調不良のため……」
王は気まずそうな表情のまま小さな声で言いました。
「そうですの……お話をしたかったのに、とても残念ですわ。本来あのような文は儀典官がお送りくださると思っていたので、殿下が自ら送ってくださったことに感激いたしましたのに」
王女の言葉に私の隣に座っている儀典官、モンティージャ公爵は大きく肩を揺らして動揺しているようです。遠回しに嫌味を言われていることに気付いたのでしょう。
その時、ホールの隅から小さな声が聞こえました。
「バレンティア殿下は実は優秀なのか……」
「そういえば、バレンティア殿下が部屋に籠ってから、公務が滞っているな」
「ええ……以前のような繊細さも欠いておりますし……」
小さな声でしたがホールに良く響きました。会場はざわざわと賑わい、さらに各々の話を始めます。
「今まで口にするのを憚っていたのですが……実は全ての公務を執り行っていたのは、バレンティア殿下だという噂がありまして……」
「その噂、私も聞きました」
「大きな声では言えませんが、カジェタノ卿に成果を取られたという者がおり……」
「まあ、私も聞きましたわ」
「もしかしてバレンティア殿下もカジャタノ卿に功績を……」
会場のざわめきは止まることをしりません。
私はちらりと隣を見ました。カジェタノは無表情になり、しかしとても顔色が悪いです。そうして奥に見える王は、眉を寄せて混乱の表情をしておりましたわ。
斜め上に視線を移すと、まだそこにいたエドガルドと目が合いました。二人で微かに頷くと、私は胸の内だけで、にっこりと笑いました。
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