婚約者をとった妹妃と体が入れ替わりました~婚約者がやっていると思われていたお仕事、全て放棄いたしますわ~

つばめ

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元の体に戻りましたわ

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 瞼をゆっくりと持ち上げると、懐かしい薄い青色の天葢てんがいが見えました。起き上がると、慌てた様子で侍女じじょが傍にきました。
 しかし何も言わず、こちらの様子をうかがうように立っております。

「どうしたの?」

 いつもであれば、与えられた隣の部屋にいるのに、どうしたのでしょうか。

「い、いえ……お倒れになったのですが……ご気分はいかがでしょうか」

 恐る恐るという感じで言った侍女の倒れたという言葉に、わたくしは驚いて目を見開きます。そうしてマヌエラとは違う長い指が視界に入りました。

「て、手鏡を……」

 絞り出すような声で言うと、侍女は素早く手鏡を持ってきました。ひやりとした銀の柄を持ち、自分の顔を確認いたします。
 冷たい印象の顔にある緑青ろくしょうの瞳、それからやけに白い肌、そして薄い金色の髪。まぎれもなくバレンティアがおりました。確認するように肌に指をわせますと、手鏡の中の私も同じ動きをします。

「戻って……」

 目を見開きながらぽつりと漏らすと、控えめに扉を叩く音がしました。
 侍女はちらりと視線を向けて、それから私の瞳を見つめてきました。

「エドガルドきょうが、お目覚め次第にお会いしたいと……突然に倒れられたものですから、無理はなさらないほうが……意識が無い間に、お医者様にもみてもらいましたが、原因はわからないようですし」
「いえ、会います」

 まだ少し混乱していましたが、私は急いで言うと、ベッドから起き上がりました。陽が高いうちに倒れたからか、幸いドレスを着ておりましたし、すこし身仕度を整えるだけで隣の居間に向かいました。
 居間と寝室を結ぶ扉のすぐ傍に、監視をするために控えているのだろう、騎士がおりました。きっと先ほど扉を叩いたのは彼でしょう。
 居間に入るとエドガルドはすでに座っておりました。立ち上がろうとするのを、視線で制し、私もエドガルドの前に座ります。騎士は私が座るのを見届けると、寝室と繋がっているものとは別の扉を開け、廊下に出ました。

「バレンティア殿下ですか……」

 確認するようにエドガルドは聞きました。私は何度も頷きながら、口を開きます。

「ええ、ええ……私です。バレンティアです」

 嬉しい気持ちが込み上げて、笑顔が溢れます。エドガルドは心底とほっとした表情をしました。

「良かった……良かったですね」

 私は再び何度も頷きました。これで全てのことが上手く行くかもしれない、と一瞬思いました。

貴方マヌエラ殿下の体がいきなり倒れたので、急ぎ医者を呼びました。カジェタノ卿も慌てて来て……貴方から聞いていた状況と似ていたので、もしや、と思いこちらまで来たら、バレンティア殿下も倒れていると聞いて確信しました」
「そうだったのですね……」

 私は倒れる前の状況を思い出します。それから、好きだ、と言われたことも思い出し、顔が徐々に赤くなっていきました。
 私は金の瞳が輝く、エドガルドの美しい顔を見ました。この想いを伝えても良いのでしょうか。
 しかし罪を暴きマヌエラがいなくなれば、王の座につくのは私です。その時、たとえカジェタノがいなくなろうとも、王配おうはいの座は他の七代貴族が埋めるでしょう。
 私は唇を噛み締めました。王の座を捨てエドガルドの手を取りたい。けれどそうすればエドガルドも、今の地位を捨てねばならず、国に追われる身になるかもしれません。
 エドガルドは優秀だったからか、生家の寄親よりおやである伯爵家を差し置き、宰相の補佐として幼い頃から教育を施されておりました。エドガルドの父上は寄子よりことしての立場が悪くなるにも関わらず、彼を応援し支えてきました。
 二人きりで逃げれば、そんなエドガルドの生家にも迷惑をかけるでしょう。
 私は色々と考えてしまい、何を言ったら良いのか、再びわからなくなりました。入れ替わりが解消されても、結局、気持を素直に伝えることができません。

「必ず貴方をこの場所から救います」

 私が迷っていると、エドガルドは強い瞳で言いました。
 この場所とは、軟禁されている部屋のことでしょう。臆病な私に尽くしてくれるエドガルドに、胸が締め付けられました。
 私も正直に自分の気持ちを話そうかと口を開きかけると、廊下が騒がしくなりました。そして、突然、勢い良く扉が開きます。

「やはり! 戻っているわ!」

 部屋に入ってきたのは、先ほどまで自分だったマヌエラでした。若草色の瞳は嬉々ききとして輝いております。その後ろにはマヌエラに手を引かれながら、混乱しているカジェタノがおりました。

「言ったでしょう、カジェタノ!」

 マヌエラは嬉しそうにカジェタノを振り返りました。

「……いや、君の言ったことは全て信じるよ」
「お姉さまの姿だったときは信じてくれなかったじゃない!!」

 カジェタノの言葉にマヌエラは噴火したように怒り、瞳に涙が滲んでおりました。確かに愛する者が信じてくれなかったことは、とても悲しかったでしょう。

「貴方が信じてくれなかったせいで、私はずっとバレンティアの姿で軟禁されていたのよ!」

 マヌエラの叫びにカジェタノはたじたじのようでしたが、ふと私と目が合い、それからエドガルドを見て眉を寄せました。しばし黙っていましたが、徐々に目を見開き顔を歪めます。
 私はカジェタノの表情の変化を見て、もしかして私とエドガルドに、ダンドロ帝国と密通していることが発覚した、と気づいたのではと思いました。カジェタノとモンティージャ公爵はマヌエラの前では、気を抜いておりましたから。
 それは罪を公にする上で、とても不味いです。

「……二人で何を話していたのですか?」

 カジェタノは無表情になり、恐ろしい雰囲気を放ちながら言いました。

「カジェタノ? 私の話を……」

 態度が変わったカジェタノにすこし怯えながらも、怒りが収まっていないのか、マヌエラは話しかけます。しかしカジェタノは手で話を止めました。

「……以後、バレンティア殿下がどなたかと面会されるときは、部屋の中にも騎士をつけましょう」

 カジェタノは静かな声で言うと、自分の後ろに控えていた、生家から連れてきた子飼いの騎士を見ます。カジェタノの騎士は頷くと扉に向かいました。そうして扉の外にいた騎士に何事かを言っております。

「……貴方にその権限はないのでは」

 エドガルドが冷たい声色で言いますが、カジェタノは鼻で笑いました。

「これから許可を取りましょう。……それとも何か不都合でもおありですか。まさか、男女の恋、などという関係ではありませんでしょう?」

 カジェタノの見下げた瞳に、私は全身の血が煮え立つのを感じました。反論しようと口を開きかけますが、エドガルドが視線だけで制してきました。
 そんな私たちのやり取りを、カジャタノは面白くなさそうな顔で見ておりました。
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