11 / 17
軟禁され監視されておりますわ
しおりを挟む目の前の書翰紙を見つめながら、私は小さく息を吐き出しました。
「ご気分が優れませんか」
気遣うような侍女の言葉に、小さく頭を振り、笑みを浮かべます。
「問題ないわ。……ただ何を書いてよいのかわからなくて」
侍女は痛ましそうな顔をします。
「頭をお使いになるようでしたら、なにか甘いものをご用意します」
「お願いできるかしら」
「はい」
侍女はうやうやしく礼をすると、隣の部屋に向かいました。
私は文机に視線を戻し、筆をとりますが、やはり何を書いて良いのかわかりません。
カジェタノが自身の騎士を付けると言ってから、文の内容まで見られるようになりました。ですから暗号のようにして、カジェタノが私たちの動きに気づいているかもしれない、と伝えたいのですが、なかなか内容が思いつきません。
何日も悩んでおりますが、文の一通もまともに書くことができていません。この間にもカジェタノが悪事の証拠を消しているかもしれない、という不安ばかりが募ります。
考え込んでいると、侍女が甘いものを運んできました。
「殿下……エドガルド卿より文とお花が届いております」
侍女が押してきた手車には、お茶と菓子、それから文と青い花も乗っておりました。
私は驚いて目を見開きました。青い花は季節外れのため、入手するのが困難なのです。それなのに私の好きな花を、エドガルドが送ってくれたことに、胸が締め付けられました。
眉を寄せながら、そっと文を取り、ぺーパーナイフで封を切ります。上質な書翰紙に綴られた文字は美しいです。
内容は小さい頃に二人でよく訪れていた、またマヌエラになってからはお茶をしていた東屋の、青い花の庭園が取り潰されるかもしれない、というものでした。そうして最後には、必ず花だけでも救い出す、と書いてありました。
私は最後の一文を見て、必ず貴方をこの場所から救います、とエドガルドに言われたことを思い出しました。胸が苦しくなって、紙を握り締めそうになり、慌てて文机の上に丁寧に置きました。
私は侍女が窓辺に飾ってくれた青い花を見ながら、エドガルドのことを考えました。軟禁されてから、情報が遮断されているため、悪事のことと、エドガルドのことばかり考えています。
私はどうすれば良かったのでしょうか。素直な気持ちを言えば、何も考えず、ただエドガルドと結ばれたいです。しかし私はザルガトの第一王女であり、後継者として育てられてきました。その立ち位置が素直になることを許しません。
けれど本当はカジェタノと婚姻することは、心の底では受け入れられておりませんでした。ずっと考えないように、見ないふりをしていました。ですからカジェタノとの交流も必要最低限で、だからマヌエラと恋仲になったことも、婚約を破棄すると言われるまで気づきませんでした。
自分の気持ちから目を反らし続け、勉学や公務ばかりしていた私が招いたのが、婚約破棄だったのかもしれません。
私は瞼を閉じると、一つ息を吐き出しました。決して良い結果にならずとも、自分の気持ちと向きあい、そして正直にもがこうと思いました。そうすればたとえ上手くいかずとも、諦めた結果、なにかの歯車が狂ってしまった今よりは、ましだと思ったのです。
まずは一番大切なエドガルドに、この気持ちを素直に言おうと思いました。それがお互いを苦しめることになっても、今ある気持ちだけは確かなのですから。
私は決意を固めると、椅子から立ち上がり、そっと青い花の花弁を撫でました。エドガルドと触れ合うことができる日がくることを願いながら。
※
「バレンティア殿下、明日、謁見の間にお越しくださるよう、我が主から言伝を賜っております」
目の前のカジェタノの騎士は、大げさなほど胸を張って言いました。机の上には書状が置いてあります。
「……部屋から出ても良い、ということでしょうか」
「明日だけは」
騎士の冷たい声色に、私は眉を寄せました。
明日、謁見の間にて何が行われるのでしょう。呼び出したのはカジェタノです。私は嫌な予感に胸が鳴り、不安が溢れそうになりました。
いつか見たカジェタノの暗く淀んだ瞳が頭を過りました。
16
あなたにおすすめの小説
妹に婚約者を奪われたので、田舎暮らしを始めます
tartan321
恋愛
最後の結末は??????
本編は完結いたしました。お読み頂きましてありがとうございます。一度完結といたします。これからは、後日談を書いていきます。
義母と義妹に虐げられていましたが、陰からじっくり復讐させていただきます〜おしとやか令嬢の裏の顔〜
reva
ファンタジー
貴族の令嬢リディアは、父の再婚によりやってきた継母と義妹から、日々いじめと侮蔑を受けていた。
「あら、またそのみすぼらしいドレス? まるで使用人ね」
本当の母は早くに亡くなり、父も病死。残されたのは、冷たい屋敷と陰湿な支配。
けれど、リディアは泣き寝入りする女じゃなかった――。
おしとやかで無力な令嬢を演じながら、彼女はじわじわと仕返しを始める。
貴族社会の裏の裏。人の噂。人間関係。
「ふふ、気づいた時には遅いのよ」
優しげな仮面の下に、冷たい微笑みを宿すリディアの復讐劇が今、始まる。
ざまぁ×恋愛×ファンタジーの三拍子で贈る、スカッと復讐劇!
勧善懲悪が好きな方、読後感すっきりしたい方にオススメです!
妹のせいで婚約破棄になりました。が、今や妹は金をせびり、元婚約者が復縁を迫ります。
百谷シカ
恋愛
妹イアサントは王子と婚約している身でありながら騎士と駆け落ちした。
おかげでドルイユ伯爵家は王侯貴族から無視され、孤立無援。
「ふしだらで浅はかな血筋の女など、息子に相応しくない!」
姉の私も煽りをうけ、ルベーグ伯爵家から婚約破棄を言い渡された。
愛するジェルマンは駆け落ちしようと言ってくれた。
でも、妹の不祥事があった後で、私まで駆け落ちなんてできない。
「ずっと愛しているよ、バルバラ。君と結ばれないなら僕は……!」
祖父母と両親を相次いで亡くし、遺された私は爵位を継いだ。
若い女伯爵の統治する没落寸前のドルイユを救ってくれたのは、
私が冤罪から助けた貿易商の青年カジミール・デュモン。
「あなたは命の恩人です。俺は一生、あなたの犬ですよ」
時は経ち、大商人となったデュモンと私は美しい友情を築いていた。
海の交易権を握ったドルイユ伯爵家は、再び社交界に返り咲いた。
そして、婚期を逃したはずの私に、求婚が舞い込んだ。
「強く美しく気高いレディ・ドルイユ。私の妻になってほしい」
ラファラン伯爵オーブリー・ルノー。
彼の求婚以来、デュモンの様子が少しおかしい。
そんな折、手紙が届いた。
今ではルベーグ伯爵となった元婚約者、ジェルマン・ジリベールから。
「会いたい、ですって……?」
=======================================
(他「エブリスタ」様に投稿)
【完結】華麗に婚約破棄されましょう。~卒業式典の出来事が小さな国の価値観を変えました~
ゆうぎり
恋愛
幼い頃姉の卒業式典で見た婚約破棄。
「かしこまりました」
と綺麗なカーテシーを披露して去って行った女性。
その出来事は私だけではなくこの小さな国の価値観を変えた。
※ゆるゆる設定です。
※頭空っぽにして、軽い感じで読み流して下さい。
※Wヒロイン、オムニバス風
今さら泣きついても遅いので、どうかお静かに。
reva
恋愛
「平民のくせに」「トロくて邪魔だ」──そう言われ続けてきた王宮の雑用係。地味で目立たない私のことなんて、誰も気にかけなかった。
特に伯爵令嬢のルナは、私の幸せを邪魔することばかり考えていた。
けれど、ある夜、怪我をした青年を助けたことで、私の運命は大きく動き出す。
彼の正体は、なんとこの国の若き国王陛下!
「君は私の光だ」と、陛下は私を誰よりも大切にしてくれる。
私を虐げ、利用した貴族たちは、今、悔し涙を流している。
ダンスパーティーで婚約者から断罪された挙句に婚約破棄された私に、奇跡が起きた。
ねお
恋愛
ブランス侯爵家で開催されたダンスパーティー。
そこで、クリスティーナ・ヤーロイ伯爵令嬢は、婚約者であるグスタフ・ブランス侯爵令息によって、貴族子女の出揃っている前で、身に覚えのない罪を、公開で断罪されてしまう。
「そんなこと、私はしておりません!」
そう口にしようとするも、まったく相手にされないどころか、悪の化身のごとく非難を浴びて、婚約破棄まで言い渡されてしまう。
そして、グスタフの横には小さく可憐な令嬢が歩いてきて・・・。グスタフは、その令嬢との結婚を高らかに宣言する。
そんな、クリスティーナにとって絶望しかない状況の中、一人の貴公子が、その舞台に歩み出てくるのであった。
乳だけ立派なバカ女に婚約者の王太子を奪われました。別にそんなバカ男はいらないから復讐するつもりは無かったけど……
三葉 空
恋愛
「ごめん、シアラ。婚約破棄ってことで良いかな?」
ヘラヘラと情けない顔で言われる私は、公爵令嬢のシアラ・マークレイと申します。そして、私に婚約破棄を言い渡すのはこの国の王太子、ホリミック・ストラティス様です。
何でも話を聞く所によると、伯爵令嬢のマミ・ミューズレイに首ったけになってしまったそうな。お気持ちは分かります。あの女の乳のデカさは有名ですから。
えっ? もう既に男女の事を終えて、子供も出来てしまったと? 本当は後で国王と王妃が直々に詫びに来てくれるのだけど、手っ取り早く自分の口から伝えてしまいたかったですって? 本当に、自分勝手、ワガママなお方ですね。
正直、そちらから頼んで来ておいて、そんな一方的に婚約破棄を言い渡されたこと自体は腹が立ちますが、あなたという男に一切の未練はありません。なぜなら、あまりにもバカだから。
どうぞ、バカ同士でせいぜい幸せになって下さい。私は特に復讐するつもりはありませんから……と思っていたら、元王太子で、そのバカ王太子よりも有能なお兄様がご帰還されて、私を気に入って下さって……何だか、復讐できちゃいそうなんですけど?
甘そうな話は甘くない
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」
言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。
「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」
「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」
先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。
彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。
だけど顔は普通。
10人に1人くらいは見かける顔である。
そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。
前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。
そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。
「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」
彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。
(漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう)
この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。
カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる