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つらぬく覚悟を決めましたわ
しおりを挟む私はゆっくりと王に視線を移しました。
「誓って密通などはしておりません。……ですが私達はお互いに想い合っているのは事実です」
謁見の間が、再びざわりと揺れました。
顔を横に向けてエドガルドを見ると、金の瞳を見開いておりました。私は笑顔を向け一つ頷きます。すると徐々に表情が戻ったエドガルドは、真剣な瞳になり頷き返してくれました。
私に好きだと伝えた時に、すでにエドガルドは覚悟を決めていたのかもしれません。
ゆっくりと顔を動かし視線を戻すと、王は眉を寄せて複雑な表情をしておりました。
「私はエドガルドが好きです……ですからカジェタノとの婚約も、言う通り心の底では受け入れられておりませんでした。だからカジェタノのことも良くわかっておらず……カジェタノとマヌエラの罪は私が招いたこと、と言えなくもありません」
「バレンティア……全てがお主のせいとは申すまい。しかし、王族、貴族は所詮は政略結婚だ……恋などと……」
王はそこまで言って口を閉じました。所詮はみな政略結婚ですが、しかし王は私の母を愛しておりました。ちらりと隣に立っているイルヴァ妃を見ます。イルヴァ妃は私に、いえ正妃であり10年前に亡くなった母に、どこか似ております。
ですから王は愛する者以外と結ばれる苦痛を知らないのです。
私はイルヴァ妃から王に視線を戻し口を開きました。
「今回の騒動が大きくなったのは、私の気持ちのせいと言うのなら……エドガルドと添い遂げられないのであれば、誰とも婚姻を結ぶつもりはありません」
王は大きく目を見開きました。他の上位貴族や家臣たちも、何を言っている、と憤っております。
「バレンティア、そなたは王族ぞ!」
とても憤慨した様子のカジェタノが、一番先に意を唱えました。
「……そうだ、バレンティア。マヌエラが捕らえられた今、もうお前しかいないのだ……」
「……ですが、マヌエラの罪を公にすることはないのでしょう」
王は動きを止めると、視線を床に移しました。王族の恥を晒すことは、決してないだろうと思っておりました。秘密裏に幽閉されるだけでしょう。それでも王族の血を引いている、という自負があるマヌエラには、耐えられない屈辱でしょうが。
「ならばマヌエラの子を……」
「罪人ぞ!」
私の提案に王は鋭い声で否定しました。自分の血を引く次々回の王に、傷をつけたくないのでしょう。
「ならば七代貴族以外からも王配を迎えられるようにいたします」
「バレンティア……」
王は頭を抱えました。女王の地位から降ろそうとしていたのに、今は私にすがるしないのでしょう。過去に賄賂を受け取っていない王族がどれほどいたでしょうか。マヌエラが犯した罪を許せない王は、やはり私の父なのだと思いました。
「発言をお許しください」
その時、両手を拘束されていたイルヴァ妃が、静かに言いました。
「何だ」
王は目を見開いて動揺しましたが、絞り出すような声で先を促しました。
「私はモンティージャ公爵より、王に子ができない薬を飲ませるように言われておりました」
王は目を大きく見開きます。貴族や家臣達も激しく動揺しております。
私も知らなかった事実に困惑しました。
「カジェタノ卿が王配になり力を持つためでしょう。何よりも男児が産まれることを恐れていたのです」
イルヴァ妃はモンティージャ公爵をちらりと見ます。モンティージャ公爵はわなわなと震えておりました。これでまた一つ罪状が増えました。
「モンティージャ公爵より預かったのは、二度と子が出来なくなる薬でしたが……私が飲ませていたのは一時的に子ができなくなるものです。ですから王は今後、望めば子を授かることができるかと」
イルヴァ妃は言い終わると、顔を横に向けて私を見てきました。無表情ですがとても美しい顔に、母の姿が重なりました。
「な、なんと……では男児を……」
七代貴族である高位貴族達が、ざわざわと動揺しました。
ザルガトの王位継承権は、直系が最も優先され、次に男児となります。ですから私に弟が産まれれば、王の座はそちらに移ります。
七代貴族でも大きな力がある宰相がすっと前に出ました。
「陛下、バレンティア殿下のお気持ちを汲み、少しご成婚の猶予を与えては……万が一に男児ができた場合は揉めますでしょう」
宰相には適齢期の娘が二人おりますので、どちらかを嫁がせたいのでしょうか。
また男児が継ぐべき、と密かに考えていた王は、だから従兄であるカジェタノを王配にしたのです。きっとこの話を承諾するでしょう。
「……そうだな、わかった。バレンティア、男児が産まれたならば好きにするがよい。しかし男児が産まれるまではこのままだ」
私が後継ぎとして勉学や公務に励んでいた日々はなんだったのだろう、と一瞬虚しくなりました。そして次に待っていたのは、男児が産まれるまでの予備として存在していろ、という言葉。
しかし気取られないように綺麗に笑うと跪きます。
「ありがたき幸せです」
複雑な気持ちで顔を上げると、エドガルドに視線を向けます。エドガルドは心配そうな顔をしておりました。そんなエドガルドの姿を見て、添い遂げることができるかもしれない、という実感が湧いてきて涙が出そうになりました。
幸せを感じることは、決して王になるからといって、叶うものではありません。しかし愛する者と一緒に居るとき、必ず幸せを感じることができるでしょう。
私はまた、愛する者と結ばれる、それは王の座よりもよほど価値がある、ということを少しだけ忘れていたようです。
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