婚約者をとった妹妃と体が入れ替わりました~婚約者がやっていると思われていたお仕事、全て放棄いたしますわ~

つばめ

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愛する者と結ばれる、それは奇跡かもしれませんわ


「くそ、くそお!! おかしい、おかしいだろう!」

 突然、カジェタノは口汚い言葉を吐きながら暴れ出しました。それを近衛兵が押さえつけます。

「連れてゆけ」

 眉を寄せた王が近衛兵に命じました。
 近衛兵はカジェタノとモンティージャ公爵、それにマヌエラを引っ張て行きます。3人とも大人しく扉に向かいますが、屈辱に顔が歪んでおりました。
 そして隣にいるイルヴァ妃も近衛兵に連れられ、謁見えっけんの間から移動します。わたくしは慌てて近くに寄ります。すると気づいたイルヴァ妃が、足を止めてくれました。後ろに控えていた近衛兵も、同時に足を止めます。

「あの……とても感謝いたします。貴方がいなければ……」
「いいの、ちゃんと報酬はもらうから」

 私が小さい声でお礼を言うと、砕けた口調のイルヴァ妃は、首を横に振りました。そうして静かな瞳で私を見つめてきます。
 報酬とは何だろう、と不思議に思いました。

「報酬……?」
「ええ、大陸で数人、ザルガトではエドガルドきょうしか使えない、記憶消去の魔法をかけてくれる約束をしているの」

 イルヴァ妃に小さな声に、私は驚いて目を見開きました。確かにエドガルドは、稀少な魔法を色々と使えます。しかし記憶消去の魔法が報酬とは、どういうことでしょうか。

「なぜ……記憶消去が報酬なのですか……」

 私の問いに、イルヴァ妃は何かを思い出すように、遠くに視線を移しました。そうして謁見えっけんの間に、響かせるように話を始めます。

「私はダンドロ帝国のとても貧しい生まれだった。父は体が弱く仕事がまともにできず、母は低い賃金でずっと働いていた。だから下の弟や妹の面倒は私がみていた。そんな中、そんな私でも好きだと言ってくれる幼馴染がいたわ。私も好きだった……でも貴方の母にすこし似ていたから、ダンドロ帝国に多額の金銭を条件に、諜報員にならないかと誘われた。幼馴染は必死に止めたけど、食べるものにも困る、弟と妹を見て承諾したの」

 徐々に寂しい目になったイルヴァ妃は、隠すように顔を下に向けます。長い睫毛の隙間から、大きな涙の粒が流れました。
 私はイルヴァ妃の涙に、とても胸が苦しくなりました。

「金銭は全て家族の元に置いてきたわ……そのお金でみんな幸せになっていると思っていた……でも宰相閣下が改めて調べたら、家族は私が離れた後にすぐに殺されていた。止めようとした幼馴染も……私は、私はなんのために愛してもいない男に……!!」

 イルヴァ妃は悲痛な声で叫び、大粒の涙を流しました。そして小さな声で続けます。

「……全て忘れたいと思った。愛する者以外との記憶を全て。だから裁かれた後に、諜報員として活動した以降の記憶を、消してもらうことにしたのよ……」

 私は顔を歪ませたまま、かけること言葉が見つかりません。
 イルヴァ妃は顔を上げると、そんな私の顔を見つめ、慈愛のこもったような、綺麗な笑顔を見せました。似ているからか母の笑顔と重なります。

「貴方は幸せになって、愛する人と」

 そう言うと、イルヴァ妃は顔を前に向け、無表情に戻りました。そして謁見の間の重厚な扉に向かって、歩みを再開します。私はそんなイルヴァ妃の後ろ姿を見続けました。
 もし愛する者と結ばれなかった時、私も記憶を消したいと願ったのでしょうか。イルヴァ妃の小さな背中を見ながら、ふと思いました。

「イルヴァ……」

 王の悲痛な声が謁見の間によく響きました。イルヴァ妃との会話に夢中になっていたのか、周りがしんと静まり返っていることに気づきませんでした。
 視線を王に移すと、悲しそうに項垂れております。イルヴァ妃と私の会話の、小さな声で話していたところ以外を、聞いていたのでしょう。
 王を見ていられなくて、そっとエドガルドに視線を移しました。視線が合った美しい顔は眉を寄せています。
 私も眉を寄せながら一つ頷くと、エドガルドもゆっくりと頷き返してくれました。
 エドガルドの美しい顔を見ながら、イルヴァ妃の最後の言葉を胸に刻みました。

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