シスコンリーマン、魔王の娘になる

石田 ゆうき

文字の大きさ
14 / 148
第1章 異世界へ。現状を知る

初日終了

しおりを挟む
 オレがいる領地は、二ヶ月後には、四方から攻められるらしい。
 だが諦めるのは早い。各地の情報を集めれば、突破口が見つかるはずだ。

「各街の人口、それを支える周辺の村・町の人口総計。それと各勢力の軍事力が知りたい。概算で良いのじゃ」

「人口? なにを言っているんです、姫様。そんなことわかりませんよ」

「……。この街にはどれくらいの人が住んでいるのじゃ?」
「かなり大勢だと思いますけれど。それがどうかいたしましたか」

「すぐ動かせる直属の兵士は何人おるんじゃ?」
「あまりいないと思いますけれど。それがどうかいたしましたか」

「……。」
「……?」
 
 絶句したオレを、ユルテが不思議そうに見つめていた。
 すげえ、基本的な情報すら手に入らねえ。

「姫様?」

 ……いや、オレが間違っていたかもしれない。
 ただの侍女がなんでも知っているわけがない。むしろ周辺の情勢を教えてくれただけでも、ありがたいと思うべきだろう。

 引きこもり姫にベッタリのユルテが、外の世界に詳しいわけ無いものな。
 詳しい情報は、専門の文官や武官に聞こう。

「ちなみに、9年の間『わらわ』はなにをしていたんじゃ。同盟工作とか、富国強兵策とかやっておったのかの。それに、税を収めぬ代官どもにはどういう対応をしたのじゃ?」

「なにも」
「な、に、も?」

「ええ。正確に言うなら、お昼寝したり、城内のお散歩したり、お絵かきしたりなさっていらっしゃいましたよ。代官の件もとくに気にしていませんでしたね」

「……。」

「さあ姫様、寝室につきましたよ。まだなにかお聞きになりますか」
「……。」

 お姫様抱っこから開放された。
 オレは、無言で豪華な天蓋付きベッドにダイブした。
 そのまま手足をバタバタさせる。

 ホント、いい加減にしろよ! こんなんなら9年まえに交代してくれよ。
 ゲームオーバー寸前のデータを引き継げって言われても困るんですけどっ。

「姫様」

 少し怒った声色でユルテに声をかけられた。

 ……ストレスを発散して少し冷静になった。
 ベッドでジタバタはさすがに無作法だった。いい年した大人が恥ずかしい。

 よく考えれば、だ。このお姫様は10歳か12歳か、そのくらいの歳だ。
 領地を継いだのが、せいぜい多く見積もっても3歳というところ。
 そんな子供が父親を戦争でなくしたあと、何ができるっていうんだ?

 この子を責めるのはお門違いだ。悪いのは周囲の大人だろう。
 ユルテたちも甘やかすばっかりみたいだしな。短く華奢な自分の腕を見ながら、そう思った。

「姫様、寝るのなら歯磨きが終わってからにしてください」
「あれ、ベッドで暴れたのを怒ったんじゃないのかの」

「え、怒る要素ありますか? とても可愛らしかったので、歯磨きの後で心ゆくまでパタパタしてかまいませんよ」

 そう言いながら、オレを抱え上げる。

 この人、本当にダメな人だな……。
 可愛いからなんでもアリじゃいかんでしょ。ちゃんとしつけしようよ。

 オレは部屋のすみにある洗面所に運ばれた。
 鏡と、排水口がついた化粧台が置いてある。もちろん蛇口はない。

 鏡に映る銀髪の美少女をみていると、あらためて変な気分になる。
 魂入れ替えとか……。明日目が覚めたら、夢だったってことにならないかな。
 
「はい姫様、あ~ん、してくださいね」

 ボーッとしてるオレに、ユルテの声がかかる。
 そして例のごとく、歯磨きも自分ではやれないらしい。

「あ~」

 言われた通り口を開けると、歯を磨かれた。
 布で。

 布か。そうか布なのか。
 そういや、歯ブラシが普及したのって、けっこう最近だもんなあ。
 よし。歯ブラシはなんとかして作ろう。

「ひゃぁ」
「姫様、どうしました?」

「くひゅぐっしゃい」
「ふふ、なに言ってるかわかりませんよ」

「にゃぁっ」

 変な声が出た。

 口の中を他人の指でいじくり回された経験のある人は、どれだけいるのだろう。
 歯医者さんだって、治療器具をつかうわけであって……。

 つまり、これはなんか、すごいな!
 くすぐったいし、おかしな背徳感まであるぜ。

「ほら姫様、ちゃんと、あ~んてしないとダメですよ。あ~ん」
「あ~」

 たぶん高級品を使っているからだろうが、布もえらく薄くて、直接指で触られている気分になる。うん、これはアカンやつだ。こんなんやってたら、変態になりそうだぞ。


 * * * * *


 かなりの時間をかけて念入りにもてあそばれた。ユルテは、オレのくすぐったいってセリフ、わかっていながらとぼけていたに違いない。

「じゃあ姫様、がらがら、ぺってしてくださいね。うがいした水は飲んじゃダメですからね?」

「なあ、いまのわらわはアレなんじゃから、子供にするような注意は必要ないと思うのじゃが」

「私がそうしたいんです。だから我慢してくださいね」
「そうか、それならそれでもよいがの……」

 うがいを繰り返して歯磨きを終了した。
 魔法で作られた水なので、すぐに口がかわくのが変なカンジだった。

「それで、どうします?」
「ん。今日はもう寝る。疲れたのじゃ」

「そうですか。かしこまりました」

 ユルテはベッドまでオレを運んだ。
 そして、そのまま一緒に布団に入る。

「……添い寝?」
「もちろんです」

「なかなか寝付けなくなりそうだな」
「ふふ。しょうがない人ですね。なら──」

 空気が変わった気がする。
 かすかにユルテからラベンダーの香りが漂ってきた。

 そしてユルテに抱き寄せられた。二人の体を白い翼が包む。柔らかく温かい。
 これは本当の羽布団だな。

 ラベンダーの香りと暖かな羽に包まれて、すぐに睡魔がおそってきた。
 やっぱり疲れてもいるんだろう。今日はいろいろなことがありすぎた。

 チラリとユルテを見ると、慈愛に満ちた表情で見守ってくれている。
 オレは子供の頃にもどったような、満ち足りた気持ちで眠りに落ちた。


 * * * * *


 そして──

「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」

 夢のなかで、陽菜の呼び声を聞いた気がした。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

魔法使いが無双する異世界に転移した魔法の使えない俺ですが、陰陽術とか武術とか魔法以外のことは大抵できるのでなんとか死なずにやっていけそうです

忠行
ファンタジー
魔法使いが無双するファンタジー世界に転移した魔法の使えない俺ですが、陰陽術とか武術とか忍術とか魔法以外のことは大抵できるのでなんとか死なずにやっていけそうです。むしろ前の世界よりもイケてる感じ?

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~

味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。 しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。 彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。 故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。 そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。 これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

処理中です...