シスコンリーマン、魔王の娘になる

石田 ゆうき

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第1章 異世界へ。現状を知る

四面楚歌

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 ファロンに凝視されている。
 狐耳がピンと立っていて、オレを怪しんでいる気配がビンビン伝わってきた。

「ん~?」

 吐息がかかるほど顔を近づけられた。
 オレは彼女を避けるように、勢い良く立ち上がった。

「眠いっ。わらわは、すっごく眠たいのじゃ!」

 追い詰められたオレは、そう大声で宣言した。
 ……うん、どうみても眠そうにみえないな。テンパッて演技を間違えた。

「眠いなら仕方がないですね! すぐに寝室にいきましょう」

 あせるオレを、ユルテがフォローしてくれた。オレを抱え上げ、素早く部屋から出る。ファロンは首をひねっていたものの、それ以上声をかけてはこなかった。
 だが彼女にも疑われたのは確実だろう。

 給仕の女の子も不審げにしてたし、どうしたものか。
 ……冷静に考えると、オレがお姫様のフリをするなんてかなりムチャだよなあ。
 正直にすべてを告白して、協力を求めたほうがいいかもしれない。


 * * * * *


「結局のところ、この城には何人が暮らしているんじゃ?」

 廊下を移動中に質問をしてみた。

「暮らしている者なら、もう全員に会いましたよ。侍女が、私、ファロン、フィアの三人。料理長のコレンターン。姫様を入れて全部で五人です」

「こんな大きい城なのに少なすぎじゃろ……。ああ、もしかして、城に泊まりこんでいない兵士なんかがいるのかの?」

「ええ。兵士が一人、交代しながら門を見張ってくれていますよ」
「すくなっ。なんでそんなに人がいないのじゃ?」

「姫様は騒がしいのがお嫌いですから、現状がベストな配置なんです」

 あー、人に会うの苦手なタイプか。
 引きこもりには多いよな。陽菜もそうだし。
 ──ただ、いままでの話を総合すると、かなりおかしい点がある。
 
「……なあ、なんで『わらわ』は異世界に逃げ出したんじゃ?」

 そう、逃げ出す理由がわからないのだ。

 静かでキレイな家がある。料理も美味しい。おつきの侍女がいたせりつくせりの世話をしてくれる。様子を見る限り、仕事をするでもなく、食っちゃ寝の生活を楽しんでいたようだ。引きこもり気質の姫様にとっては楽園みたいな場所だろうに。

「戦争がおきるからだと思います」
「せ、戦争?」

「はい、戦争です」

 ユルテが涼しい顔で、危険な単語を口に出してきた。
 オレは平和な日本の、ごく普通のサラリーマンなんですが。
 戦争とか言われても困るんですが。

「そのあたり詳しく、じゃ」
「先代様が、9年前に東の魔王と戦争し敗北した。これは話しましたね」

「うむ。そういえば、負けたあとどうやって停戦したんじゃ。賠償金か、領地か、人質か、それとも属国にでもなったのかの?」

「戦争中に国境付近の街ゲノレを奪われましたが、それだけです。ほかはなにも要求されていません。というより停戦などしていません」

「え!? もしかして、いまも戦争中?」

「厳密に言えば、そうなるんでしょうか? ただ、むこうは攻めてきませんし、こちらにも攻める力はありませんので、戦闘はおこっていませんけれど」

「父上を倒したあと、なぜそのまま攻めてこなかったのじゃ? なにか問題がおこったのじゃろうか」

「そもそも東の魔王の目的は、強い敵と戦うこと。トゥーヌル様を倒して、私たちに興味を失ったのでしょう」

 戦闘狂か。王様やっちゃダメなタイプだな。
 戦いたいだけなら、一人で世界を放浪でもしてればいいのに。

「それならなんで、いまさら戦をしかけてくるのじゃ?」

「いえ、東の魔王は攻めてこないでしょう。戦争が起こるのは、魔王の布告の期限が切れるせいです」

「魔王の布告?」

「トゥーヌル様を倒した後、東の魔王は『今後10年の間、ルオフィキシラル領への侵攻を禁じる』という宣言をしたのです」

 ……どうしてそんなことを?
 意図がつかめないな。

「布告自体は、彼が勝手に言っただけのものです。けれど破ったものは、自動的に東の魔王と敵対することになります。それを恐れた周辺の領主たちは、今まで誰も攻めてこなかったのです」

「9年前に10年間の布告。つまり来年には期限が切れる、と?」
「いえ、正確にはあと二ヶ月くらいですね」

「二ヶ月!?」

 それ、9年前の戦争じゃなくて、10年前の戦争だよ!?

「あと二ヶ月で、まわりの国が侵攻してくる?」
「おそらくは」

「東以外の三方面から攻められる可能性も?」
「いえ。東西南北四カ所から攻められるかもしれません」

「ひ、東の魔王はこっちに興味ないんじゃろ……?」

「ゲノレの街は先の戦争で功績のあった、魔王配下の貴族に与えられました。魔王は家臣の自由行動を認めていますので、きっと攻めてくるでしょう。むしろ東が一番危険だと思います」

 ……終わってんな。
 しかも残り時間がたったの二ヶ月。のんびりと元の世界に帰る方法を探している余裕はなさそうだ。とりあえずは殺されないよう、生き残る努力をしないと。

「なあ、わらわは、どのくらいの領地をもっているんじゃ?」

「この城があるルオフィキシラリアの街、北の鉱山都市テパエ、南の港町ヴァロッゾ、西のクノ・ヴェニスロの街、およびその周辺の町村などですが──」

「ですが、なんじゃ?」
「各街の代官は、姫様に税を納めていません。」

 税金全額横領?
 それさあ、領地って言いませんよね。完全に独立してますよね、他の街ぜんぶ。

「もしかして、その代官たちって、布告明けに攻めてくる?」

「そうですね。期限終了と同時に独立宣言、攻勢に出る、というのはありえるかもしれません」

 ため息が漏れた。
 四面楚歌ってこういう状況を言うんだろうな……。
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