46 / 148
第2章 お城の外へ。常識を知る
言語と認識
しおりを挟む
ファロンを先頭にして、討伐隊が出発した。
彼らの戦いぶりを見られないのが残念だ。
……ただ、すこし気になることがあった。
兵士たちの表情がやけに暗かったのだ。ピリピリと張り詰めていて、これから重大な試練にでも挑むかのようだった。
そんなはずはないのだが。
ファロンは「狐がヘルハウンドに襲われた」と言っていた。
重要なのは、この点だ。
こちらの言語は、自動翻訳されてオレの耳に入る。つまり、本当はヘルハウンドとは言っておらず、翻訳された結果「ヘルハウンド」と聞こえたわけだ。
翻訳では、オレの知っている言葉の中で、もっとも近い単語が選択される。
ということは「ヘルハウンド」は、オレの持つイメージに近い姿形と能力のはずなのだ。
ヘルハウンド。黒い犬。火を吐く。ゲーム序盤のちょっと強い敵。
オレの認識はこうだ。だから強敵であるはずがないのだが……。
「あなたが来たせいでノラン様に何かあったら、承知しませんわ」
隣に立つ女に話しかけられ、思考が中断した。
彼女、クナーは、ノランと同じ三つ目だ。家族か親戚か、いずれにしろノランと近い間柄なのだろう。
クナーは、ノランと引き離されてひどく怒っていた。
イライラしすぎじゃないか、と思う。どうせ魔物退治なんてすぐに終わるのだから、ちょっと待っていればいいだけなのに。
「心配しすぎではないかの。ヘルハウンドていど、たいしたことないじゃろ」
「なにを言っていますの! ヘルハウンドなんてただの家来じゃありませんの。あの魔狼フェンリルと戦うには、一人でも多くの魔族が必要ですのに」
ヘルハウンドが標的じゃなかったのか!?
クナーの言葉に、一瞬で余裕が消え失せる。
失敗した……!
狐が魔物に襲われたという言葉だけで、単純に討伐相手がヘルハウンドだと決めつけてしまっていた。
敵がヘルハウンドだけとは限らないし、さらに言ってしまえば、ヘルハウンドが1匹だけとも限らなかったのに。完全に油断していた。
──そして恐ろしいことに、先ほどの推理が完全に裏返ることになる。
ヘルハウンドは、オレが弱いと思っているから弱い。では、フェンリルは?
最強クラスのモンスター。それがオレの、フェンリルに対する認識だ。
つまり「フェンリル」と言っているように聞こえる、こちらの世界の魔物も、とんでもない怪物である可能性が高い。
……それでも、自分の予想が外れていることを祈って、念のため聞いてみた。
「フェンリルって……。もしかして強いのかの?」
クナーは深い溜息をついた。オレの質問に心底呆れたらしい。
「いいですこと、お姫様。フェンリルは、本来なら10人は集めて戦いたいような相手ですのよ。おまけにヘルハウンドも何匹いるかわからない……!」
……事態はオレの想定よりはるかに深刻だったらしい。
クナーの苛立ちも、もっともなことだった。
フェンリル討伐に十分な魔族は10人。だがじっさいに向かったのは、武官3名とファロンのあわせて4人のみ。これでは勝利はおぼつかない。
ただ、オレが間抜けだったのは確かだが、ノランの指揮にも問題がある。
強敵を相手にするのに、貴重な魔族を監視に残すのは悪手だろう。いくらディニッサのことが嫌いだといっても、優先順位を間違えている。
「クナー、わらわたちもゆくぞ。討伐隊と合流するのじゃ」
「ダメですわ」
オレとクナーが加われば、魔族は6人になる。たった二人だが、単純な戦力量で考えると1,5倍だ。これは大きい。そう思い提案したのだが、すぐさまクナーに却下された。
「……わらわが足手まといだというなら、そなたたちだけでも行くがよい」
「ダメですわ」
オレが邪魔なのか、と再提案したが、またもや拒否された。
クナーが行けば勝率が上がるし、監視がなくなればオレも自由に動けたのに。
それにしても、どうしてクナーは賛同してくれないんだ?
ノランを心配して、同行したがっていたはずじゃないか。
「なぜじゃ? 戦力が足りないのであろ」
「ノラン様が、貴女を守れと仰ったからですわ」
え? それはオレを見張るためだろ?
混乱しているオレに、クナーが指を突き付けて言った。
「約束なさい。もしもノラン様が敗れて、ここにフェンリルがきたとしたら、貴女はまっすぐ城へ逃げると。時間かせぎくらいは、私がやって差し上げますわ」
オレを見つめるクナーの瞳には、偽りを感じない。
心からそうしようと思っているようだ。
……くそ、また失敗した。
ノランというのは、そういう男だったのか?
嫌っている相手を助けるなんて、なかなかできることじゃない。
まして今は、命に関わる状況のさなかだ。自分の生存率を下げてまで、無能な領主を守るなんて。
オレを連れて行かなかったのも、本気で身を案じていたのか。
そうとわかっていれば、説得のしようもあっただろうに……。
オレだけでも追いかけるか?
……ダメだ。クナーが許すはずがない。
ヘタすると戦闘になってしまう。誰よりもノランのもとに行きたいであろう彼女が、命令を守るために残っているのだから。
──こうしてオレは、不安と自責の念にさいなまれながら、長くその場で待たされることになったのだった。
彼らの戦いぶりを見られないのが残念だ。
……ただ、すこし気になることがあった。
兵士たちの表情がやけに暗かったのだ。ピリピリと張り詰めていて、これから重大な試練にでも挑むかのようだった。
そんなはずはないのだが。
ファロンは「狐がヘルハウンドに襲われた」と言っていた。
重要なのは、この点だ。
こちらの言語は、自動翻訳されてオレの耳に入る。つまり、本当はヘルハウンドとは言っておらず、翻訳された結果「ヘルハウンド」と聞こえたわけだ。
翻訳では、オレの知っている言葉の中で、もっとも近い単語が選択される。
ということは「ヘルハウンド」は、オレの持つイメージに近い姿形と能力のはずなのだ。
ヘルハウンド。黒い犬。火を吐く。ゲーム序盤のちょっと強い敵。
オレの認識はこうだ。だから強敵であるはずがないのだが……。
「あなたが来たせいでノラン様に何かあったら、承知しませんわ」
隣に立つ女に話しかけられ、思考が中断した。
彼女、クナーは、ノランと同じ三つ目だ。家族か親戚か、いずれにしろノランと近い間柄なのだろう。
クナーは、ノランと引き離されてひどく怒っていた。
イライラしすぎじゃないか、と思う。どうせ魔物退治なんてすぐに終わるのだから、ちょっと待っていればいいだけなのに。
「心配しすぎではないかの。ヘルハウンドていど、たいしたことないじゃろ」
「なにを言っていますの! ヘルハウンドなんてただの家来じゃありませんの。あの魔狼フェンリルと戦うには、一人でも多くの魔族が必要ですのに」
ヘルハウンドが標的じゃなかったのか!?
クナーの言葉に、一瞬で余裕が消え失せる。
失敗した……!
狐が魔物に襲われたという言葉だけで、単純に討伐相手がヘルハウンドだと決めつけてしまっていた。
敵がヘルハウンドだけとは限らないし、さらに言ってしまえば、ヘルハウンドが1匹だけとも限らなかったのに。完全に油断していた。
──そして恐ろしいことに、先ほどの推理が完全に裏返ることになる。
ヘルハウンドは、オレが弱いと思っているから弱い。では、フェンリルは?
最強クラスのモンスター。それがオレの、フェンリルに対する認識だ。
つまり「フェンリル」と言っているように聞こえる、こちらの世界の魔物も、とんでもない怪物である可能性が高い。
……それでも、自分の予想が外れていることを祈って、念のため聞いてみた。
「フェンリルって……。もしかして強いのかの?」
クナーは深い溜息をついた。オレの質問に心底呆れたらしい。
「いいですこと、お姫様。フェンリルは、本来なら10人は集めて戦いたいような相手ですのよ。おまけにヘルハウンドも何匹いるかわからない……!」
……事態はオレの想定よりはるかに深刻だったらしい。
クナーの苛立ちも、もっともなことだった。
フェンリル討伐に十分な魔族は10人。だがじっさいに向かったのは、武官3名とファロンのあわせて4人のみ。これでは勝利はおぼつかない。
ただ、オレが間抜けだったのは確かだが、ノランの指揮にも問題がある。
強敵を相手にするのに、貴重な魔族を監視に残すのは悪手だろう。いくらディニッサのことが嫌いだといっても、優先順位を間違えている。
「クナー、わらわたちもゆくぞ。討伐隊と合流するのじゃ」
「ダメですわ」
オレとクナーが加われば、魔族は6人になる。たった二人だが、単純な戦力量で考えると1,5倍だ。これは大きい。そう思い提案したのだが、すぐさまクナーに却下された。
「……わらわが足手まといだというなら、そなたたちだけでも行くがよい」
「ダメですわ」
オレが邪魔なのか、と再提案したが、またもや拒否された。
クナーが行けば勝率が上がるし、監視がなくなればオレも自由に動けたのに。
それにしても、どうしてクナーは賛同してくれないんだ?
ノランを心配して、同行したがっていたはずじゃないか。
「なぜじゃ? 戦力が足りないのであろ」
「ノラン様が、貴女を守れと仰ったからですわ」
え? それはオレを見張るためだろ?
混乱しているオレに、クナーが指を突き付けて言った。
「約束なさい。もしもノラン様が敗れて、ここにフェンリルがきたとしたら、貴女はまっすぐ城へ逃げると。時間かせぎくらいは、私がやって差し上げますわ」
オレを見つめるクナーの瞳には、偽りを感じない。
心からそうしようと思っているようだ。
……くそ、また失敗した。
ノランというのは、そういう男だったのか?
嫌っている相手を助けるなんて、なかなかできることじゃない。
まして今は、命に関わる状況のさなかだ。自分の生存率を下げてまで、無能な領主を守るなんて。
オレを連れて行かなかったのも、本気で身を案じていたのか。
そうとわかっていれば、説得のしようもあっただろうに……。
オレだけでも追いかけるか?
……ダメだ。クナーが許すはずがない。
ヘタすると戦闘になってしまう。誰よりもノランのもとに行きたいであろう彼女が、命令を守るために残っているのだから。
──こうしてオレは、不安と自責の念にさいなまれながら、長くその場で待たされることになったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
転生先はご近所さん?
フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが…
そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。
でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
魔法使いが無双する異世界に転移した魔法の使えない俺ですが、陰陽術とか武術とか魔法以外のことは大抵できるのでなんとか死なずにやっていけそうです
忠行
ファンタジー
魔法使いが無双するファンタジー世界に転移した魔法の使えない俺ですが、陰陽術とか武術とか忍術とか魔法以外のことは大抵できるのでなんとか死なずにやっていけそうです。むしろ前の世界よりもイケてる感じ?
Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~
味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。
しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。
彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。
故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。
そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。
これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる