シスコンリーマン、魔王の娘になる

石田 ゆうき

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第1章 異世界へ。現状を知る

お風呂天国

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 天使のような女が、長い廊下を歩いていく。
 廊下は広く、真っ黒だった倉庫と反対に天壁ともに白かった。
 天井には一定間隔で謎の宝石が埋め込まれ、あたりを照らしている。

 天使さんは一回左折したのち、突き当たりの階段を上っていく。
 オレが最初にあらわれたのは、地下だったらしい。階段をあがった先の窓から星空が見えた。

 地上階は壁も天井も金色で、それぞれ美麗な意匠がこらされている。
 服で察しはついていたが、この体の持ち主はとんでもない大金持ちらしい。

 ところでオレは、これからどうすべきなんだろう……?
 頭のなかでシミュレートしてみる。

 天使さんにすべてを打ち明けて相談したらどうか。
 ──サーセン、中身が別人になっちゃったみたいっす。

 却下。
 天使さんが発狂しそうな気がする。相談が遺言になりかねない。

 よし。ひとまず様子をみよう。この体の持ち主のフリをして情報を集めるんだ。
 そこまで考えて、決定的な問題点に気づく。

 この女の子の名前すらわからない。もちろん天使さんの名前も不明だ……。


 * * * * *


 そして風呂場にたどりついた。
 髪についたホコリを、洗い流そうという算段らしい。
 脱衣所でお姫様抱っこから開放され、床におろされる。

 そこでとまどった。
 ……この服、どうやって脱ぐんだ?

 何枚も重ね着しているうえ、わけのわからん留め具がやたらとついている。
 どういう手順で服を脱げばいいのかわからない。

 オレは先に服を脱ぎはじめた天使さんを、さりげなく見つめた。
 もちろん、服の脱ぎ方を知るためだ。

 そこにいやらしい意図は微塵もない、と断言しておく。
 あくまで不審をもたれないためであり、自身の安全を保つために必要な措置なのである。

 ──そして驚愕した。
 天使さんは、服一枚を2秒ほどで脱ぎ捨てている。

 どうやってんの、それ!?
 ……これ、マネすんのは無理だ。オレはふるえた。
 どうやら様子見作戦は、ソッコーで破綻したらしい。

「姫様、おまたせいたしました」

 けれど、まだ運はつきていなかった。
 服を脱ぎ終えた天使さんが声をかけてきたのだ。そしてオレの服を脱がせてくれる。

 天使さんは自分の時とはうって変わって、ゆっくりと作業する。
 脱がせた服も、丁寧にたたんで棚にしまっていた。

「はい姫様、手を上げてくださいね~」

 他人に服を脱がされるというのは、軽い羞恥プレイだと言っても過言ではない。
 下着に手をかけられた時は、なにかドキドキした。やばい、おかしな性癖に目覚めそうだ。

 真っ裸にされたオレは、顔が赤くなるのを自覚しながら風呂場に入った。
 中は温かく、水面からは湯気が立ち上っていた。予定外の行動のはずだが、この家では常に風呂を沸かしているのだろうか?

 浴槽は学校のプールの半分くらいの大きさだった。
 二人だけで使うにしては、無駄に広すぎる。

 なにより、風呂場の天井と壁まで金色なのには、ちょっとヒいた。
 この家のやつら、どんだけ金ピカが好きなんだよ!

 見たところ洗い場には、シャワーなし、オケなし、イスなし、タオルなし。
 もしかして、この家では体を洗ったりはしないのか? 浴槽に飛び込んで汚れをまき散らすっていうのは、かなり嫌な入浴スタイルなんだが……。

 考え込んでいるオレの方に、天使さんが歩み寄ってきた。
 バシャバシャと、頭からお湯をかけられる。

 シャワーも風呂桶もないのにどうやって?
 混乱し、天使さんを見る。すると、その手から水があふれ出ていたのだった。

 はは、なんだこれ、すげぇ。
 どう見ても魔法です、本当にありがとうございました。

 ……これが夢でないならば、オレは不思議現象がおこる、ファンタジックな異世界にきてしまったらしい。

 つづいて天使さんは、どこからか取り出した青い瓶を手に持った。そして中の液体を手のひらに取って泡立てる。その後一房づつ髪をとり、泡で包むように触れていく。シャンプーだ。ここは意外に文明が発達した世界なんだろうか……?

「はい、水をかけますから、しっかり目をつぶっていてくださいね」

 頭をマッサージするように優しく洗われたあと、また魔法のお湯をぶっかけられた。調整がむずかしいのか、すごい勢いで水がかかる。

 次に天使さんは緑色の瓶を取り出した。トリートメントだろうか?
 また手のひらで液体を泡立て、そして──

「うっ」

 つい声がもれてしまった。
 それも仕方ないだろう。オレの首が、天使さんの手に優しく包まれているのだから。まさかの「手洗い」である。どうりでタオルを見かけないわけだ!

「もう、姫様はあいかわらずくすぐったがり屋さんですね」

 天使さんは、微笑みながらもその手を止めない。
 首から、肩、二の腕と洗っていく。

 これはヤバイ。どう考えてもヤバイ。天使さんの手つきからは、よこしまな意図は一切感じない。だが、こっちはそうはいかない。

 だって天使のような美女の、じか洗いですよ。そりゃおかしくなるでしょう。
 これがお金を払っている風俗的なアレならですね、そこまでアレじゃないんですよ?

 でも相手が、純粋に同性の主人の手伝いをしているつもりでいる、というこの状況はなんともいえず背徳感があるというか……。

「んっ」

 また声が出た。
 まさか触ることではなく、触られることにこれほどの破壊力があるとは。

 イカン。このままだと、新世界の扉を開いてしまいそうだ。
 心を落ち着けろ、禅寺でやったあの座禅を思い出せ。
 無の境地に入るんだ……!

 ──そうして、オレと煩悩との戦いが始まったのだった。
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