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第3章 旧領へ。新たな統治
034 生まれた日に
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オレは灰色の空間に浮かんでいた。
いつもの夢空間にいることに気づき、あわてて自分の体を確かめた。
……よかった。ちゃんと白井海だ。ディニッサの姿じゃない。
「お兄ちゃん!」
空間から突然湧きでた陽菜がオレに抱きついてきた。
なんだ? こんな欧米チックな挨拶なんてしたことなかったはずなんだけど。
「もうっ、心配した」
「え、なにに?」
陽菜の目が潤んでいた。なぜかわからないが、不安にさせてしまったようだ。
ディニッサが、さり気なくオレたちから距離をとっている。それを見てすぐにわかった。原因はこいつにあるに違いない。
「ディニッサがお兄ちゃんが死んだって言ったから」
「そりゃあ、すごいガセネタだな。おいディニッサ、逃げないで説明しろ」
問いつめられたディニッサは、両腕を胸の前で組んで偉そうなポーズをとった。
「死んだとは言っておらん! もう生きていないかもしれない、と言ったのじゃ」
「かも、は便利だよな。オレもよく使う。それで、どうしてそう思ったんだ?」
「一昨日、昨日と連続で、そなたと意識が繋がらなかった。これはなにかがあったと考えるのが当然のことじゃ」
「おととい。あー、坑道でクルワッハ退治をしてたときだな。ほとんど徹夜の作業だったぞ」
「ふむ。となると、この魔法はわらわたちが同じくらいの時間に寝ないと効果を発揮しないのかもしれんの」
「昨日はふつうの時間に寝たぞ?」
「ごめん、お兄ちゃん。私たちの方が夜更かししてた」
「そうか。でも気にするなよ。オレのためにいろいろ調べてくれてるんだから」
「昨日はわらわとげーむをやっておっただけじゃぞ。わらわが髪の長いカッコいいやつで、陽菜が手が伸びる変なヤツじゃ」
……テレビゲームかよ。陽菜はその手のゲームはやっていなかったのだが、引きこもってから暇つぶしに始めたのだ。休日にはオレもよく付き合わされる。
「陽菜さんさー、もうちょっとガンバロ? お兄ちゃんは汚物まみれの洞窟で死にかかったりして頑張ってるんだよ?」
「息抜きは、必要、じゃない……? それにほらっ、ディニッサにかまってあげないとかわいそうだし」
「わらわがもうやめようって言ったのに、陽菜がやめなかったんじゃろ。クソキャラ、壊れ、キャラが強いだけってうわ言のように繰り返しながら」
「陽菜さん、ホントにオレのこと心配してました? わりと日常生活をエンジョイしてません?」
「ち、違うよ、お兄ちゃんがどうなったかわからないっていうストレスから逃げようとしてただけだよ! ……でもホントごめん。次からちゃんとやるから」
陽菜が顔の前で両手を合わせつつ土下座した。土下座した人間がフワフワ浮いているのは奇妙な光景だった。つい笑い出しそうになった。
「冗談だよ。本気で怒ったわけじゃないって。んじゃさっそく情報をもらおうか。多少は調べてあるんだろ?」
* * * * *
元素と単純な化合物についての話をいくつか教えてもらった。すぐに役立つ情報はあまりなかったけど、そのうちいい考えが思い浮かぶかもしれない。それから前回伝え忘れていたらしい農業のことについても教わった。
「そういえば、鉄砲の弾ってなにで出来てるんだ? 鉛ダマとかよく言うから、全部鉛か?」
「鉄砲の弾って言われても大雑把すぎて困るんだけど……。いまの主流はフルメタルジャケット弾かな。こう、鉛を真鍮でコーティングしてあるの」
陽菜は自分の指を包むようなポーズをとる。
「真鍮って銅の合金だよな。それでコーティングか。ちょっと難しいな……」
「メタルジャケット弾は無理に作る必要ないと思う。お兄ちゃんの状況なら材質をまるごと変えたほうが早いんじゃないかな」
「そうか。じゃあ鉄砲──っていうより小型の大砲かな、そういうヤツにはどんな弾がいいと思う?」
「大砲って、砲口は何ミリで何口径?」
「ん? 何ミリと何口径って意味同じじゃね?」
「ぜんぜん違うでしょ。何ミリっていうのは弾が出る場所の直径を聞いてるの。口径は砲の長さだよ。それくらい常識でしょ」
……どうしましょう。妹がミリオタっぽくなっているんですが。そしてちょっとウザいんですが。ミリタリーマニアを馬鹿にする気はないが、女の子の趣味としてはどうだろう。婚期が遅れる要素になる気がするぞ。
「太さは5cmくらいで、長さは2mくらいで注文した」
「50mm40口径か。う~ん。私じゃ正確な計算できないけど、けっこう初速が出そうな気がする。鉛を使ってみて柔らかすぎるなら、鉄にしたら──あっ、プラチナとかもいいかも!」
弾にプラチナ? 聞いたこと無いぞ。……けど銀の弾もあるっていうし、いや、あれはフィクションの中だけか?
「結局のところいろいろ試してみるしかないかもね。柔らかくてすこし重い鉛、重い金と重くてさらに硬い白金、もっと硬いタングステン、軽い鉄と銅、すごく軽くて硬いチタン、あたりが候補かな……」
この後さらにいくつかのアドバイスと、使いドコロがよくわからない、マニアックな兵器知識を教わった。
* * * * *
今回は珍しく時間があまってしまった。ちょうどディニッサに聞きたいことはあったのだが、聞いていい問題なのか迷う。
つまりディニッサの親子関係の話だ。トゥーヌルはディニッサが生まれてからずっと無視していた、とファロンに聞いた。ファロンは怒っていたが、ディニッサ自身はどう思っているのだろう?
それにユルテがトゥーヌルに敵意をもっていなかったのも気になる。彼女だったら絶対に怒り狂うような状況のはずなんだけど。しかしデリケートな問題だ。ただの興味本位なら聞くべきじゃないとも思う。が、ディニッサのことはよく知っておかないとむこうで失敗するかもしれないし……。
「なにかわらわに聞きたいことがるのかの?」
ディニッサにもわかるくらい、あからさまな態度だったらしい。
逆に問いかけられてしまった。
「ああ……。ディニッサにとって不愉快なことかもしれない。答えたくなければ無視してくれ。二度とその話題には触れないと誓う」
「承知したのじゃ。問うてみるがよい」
オレは一度大きく深呼吸した。
「ディニッサは、父親のことを憎んでいるのか?」
「否。現在憎んでいないというだけでなく、生まれてから一度も憎んでおらぬ」
オレはディニッサの返答に安心した。もしも殺したいほど憎んでいる、とでも言われていたらショックだっただろう。もう故人でどうにもならないのだからなおさらだ。
「そうか。おやじさんがおまえと話をしなかったというのは本当か?」
「それは事実じゃ。父上がわらわに会いにきてくれることはついぞなかったの」
「なにそれっ、ひどすぎない!?」
それまで緊張した顔で、だまって話を聞いていた陽菜が口をはさんだ。うちは家族仲がそれなりに良好だ。だからディニッサの境遇に対して、信じられないという思いがあるのだろう。
「陽菜よ、物事の一側面だけ見ていきり立つな。行動には理由があるものじゃ」
「……うん、ごめん。辛かったのはディニッサなのに騒いだりして」
ディニッサが目をつぶってすこし黙った。ふたたび目を開けたときにも、いつもの彼女のふてぶてしい自信はうかがえなかった。
「その、な……。わらわは生まれた時に母上を殺したのじゃ。その場にいた侍女たちとともにの。生き残ったのはユルテだけだったそうじゃ」
「え……。生まれたばかりって、赤ん坊だろう。いくら魔族でもそんなこと……」
ディニッサはうつむいて、オレたちから視線をそらした。
「強力な魔族にはままあることじゃ。誕生時に周囲の魔力と生命力を絞り尽くしてしまう。ふつうは魔族と平民が結婚した場合に起こる事故で、母上ほどの上級魔族が死ぬことなど、極めて珍しい事なのじゃがな……」
「……。」
トゥーヌルの行動に対する「理由」は思ったより衝撃的なものだった。
オレも陽菜もかける言葉が見つからない。
「父上は母上が大好きだったらしいからの。わらわが嫌われるのも当然のことであろ。憎むどころか、申し訳なく思っているのじゃ。わらわさえ生まれなければ、みな幸せに暮らせたものを……」
「……そんなこと、言うなよ。ユルテが悲しむぞ。他のみんなもな」
「ユルテか……。どうしてあやつはわらわに優しくしてくれるのかの……」
こんどはユルテか……。なんとなく、聞きたくなかった。見たくないものが飛び出してきそうな予感がして。けれどここまできて引き返すわけにもいかず、オレはのろのろと問いかける。
「どういう、意味だ?」
「さっき言ったじゃろ。侍女を殺したと。その中にはユルテの妹もいたそうじゃ。とても仲が良い美人姉妹として評判だったそうじゃぞ?」
絶句した。母親だけでなく、ユルテの肉親まで殺しているというのか。
……ディニッサの話から嫌なことを考えてしまった。もしかして、ユルテの行動はすべて演技だったりするのだろうか。
──たとえば、わざと甘やかしてろくでもない人間に育てるとか。
背筋が寒くなった。ユルテがディニッサに向ける愛情は偽物じゃない、と思いたい。もしも彼女がディニッサの没落を楽しみにしているだけなのだとしたら、ディニッサが救われなさすぎる。殺したと言っても彼女の意志ではなかったのだから。
「ディニッサ、答えてくれてありがとう。嫌なことを思い出させて悪かった」
「よい。むしろわらわが常に抱えているべき事柄じゃ」
「──この世界から消えてしまいたい」
ポツリと陽菜がつぶやいた。
オレとディニッサが陽菜を見つめる。
「ディニッサがこっちに来たのは、そういう気持ちがあったから?」
「そうじゃな。消えるだけなら自殺すればよいのじゃが。それだと母上と侍女たちの死が完全にムダになるような気がしての……」
「……。」
3人ともが言葉を失い、あたりが静まり返った。
パンッ。オレは暗い雰囲気を断ち切るように、一回大きく手を打った。
「そういうことならさ! 精神交換じゃなくて、オレがそっちに移動するって手もあるよな。ディニッサはそのままそっちに住めばいい」
「そなたの望みとは違うじゃろ。よいのか?」
オレの提案にディニッサが目を丸くした。オレはうなずく。
そして陽菜がディニッサの手をとった。
「こっちでもディニッサは魔法が使えるんだから、なんとでもなるよ。お兄ちゃんが頑張って養ってくれるだろうし!」
「え……? 扶養ニートが二人になるのか? オレ、また就職活動からはじめなきゃいけないんですけど」
「金の事なら心配無用じゃ。魔法で宝石でも作ればよい。……しかし、そちらのことはどうするつもりじゃ?」
「それは……。どうするかね。情勢が安定したらノランに任せちゃうか。あいつはディニッサの親族らしいし。ああでも、ルオフィキシラル教徒がいたな……」
──オレが考え込んでいるうちに、いつの間にかディニッサと陽菜が消えていた。いいところで時間切れだ。
しかし、また目的が変わっちゃったなあ……。
オレがむこうに帰還してなおかつ、ディニッサがいなくてもルオフィキシラル領が安定するように。
勝利条件がまた一段と厳しくなってきやがったぜ!
いつもの夢空間にいることに気づき、あわてて自分の体を確かめた。
……よかった。ちゃんと白井海だ。ディニッサの姿じゃない。
「お兄ちゃん!」
空間から突然湧きでた陽菜がオレに抱きついてきた。
なんだ? こんな欧米チックな挨拶なんてしたことなかったはずなんだけど。
「もうっ、心配した」
「え、なにに?」
陽菜の目が潤んでいた。なぜかわからないが、不安にさせてしまったようだ。
ディニッサが、さり気なくオレたちから距離をとっている。それを見てすぐにわかった。原因はこいつにあるに違いない。
「ディニッサがお兄ちゃんが死んだって言ったから」
「そりゃあ、すごいガセネタだな。おいディニッサ、逃げないで説明しろ」
問いつめられたディニッサは、両腕を胸の前で組んで偉そうなポーズをとった。
「死んだとは言っておらん! もう生きていないかもしれない、と言ったのじゃ」
「かも、は便利だよな。オレもよく使う。それで、どうしてそう思ったんだ?」
「一昨日、昨日と連続で、そなたと意識が繋がらなかった。これはなにかがあったと考えるのが当然のことじゃ」
「おととい。あー、坑道でクルワッハ退治をしてたときだな。ほとんど徹夜の作業だったぞ」
「ふむ。となると、この魔法はわらわたちが同じくらいの時間に寝ないと効果を発揮しないのかもしれんの」
「昨日はふつうの時間に寝たぞ?」
「ごめん、お兄ちゃん。私たちの方が夜更かししてた」
「そうか。でも気にするなよ。オレのためにいろいろ調べてくれてるんだから」
「昨日はわらわとげーむをやっておっただけじゃぞ。わらわが髪の長いカッコいいやつで、陽菜が手が伸びる変なヤツじゃ」
……テレビゲームかよ。陽菜はその手のゲームはやっていなかったのだが、引きこもってから暇つぶしに始めたのだ。休日にはオレもよく付き合わされる。
「陽菜さんさー、もうちょっとガンバロ? お兄ちゃんは汚物まみれの洞窟で死にかかったりして頑張ってるんだよ?」
「息抜きは、必要、じゃない……? それにほらっ、ディニッサにかまってあげないとかわいそうだし」
「わらわがもうやめようって言ったのに、陽菜がやめなかったんじゃろ。クソキャラ、壊れ、キャラが強いだけってうわ言のように繰り返しながら」
「陽菜さん、ホントにオレのこと心配してました? わりと日常生活をエンジョイしてません?」
「ち、違うよ、お兄ちゃんがどうなったかわからないっていうストレスから逃げようとしてただけだよ! ……でもホントごめん。次からちゃんとやるから」
陽菜が顔の前で両手を合わせつつ土下座した。土下座した人間がフワフワ浮いているのは奇妙な光景だった。つい笑い出しそうになった。
「冗談だよ。本気で怒ったわけじゃないって。んじゃさっそく情報をもらおうか。多少は調べてあるんだろ?」
* * * * *
元素と単純な化合物についての話をいくつか教えてもらった。すぐに役立つ情報はあまりなかったけど、そのうちいい考えが思い浮かぶかもしれない。それから前回伝え忘れていたらしい農業のことについても教わった。
「そういえば、鉄砲の弾ってなにで出来てるんだ? 鉛ダマとかよく言うから、全部鉛か?」
「鉄砲の弾って言われても大雑把すぎて困るんだけど……。いまの主流はフルメタルジャケット弾かな。こう、鉛を真鍮でコーティングしてあるの」
陽菜は自分の指を包むようなポーズをとる。
「真鍮って銅の合金だよな。それでコーティングか。ちょっと難しいな……」
「メタルジャケット弾は無理に作る必要ないと思う。お兄ちゃんの状況なら材質をまるごと変えたほうが早いんじゃないかな」
「そうか。じゃあ鉄砲──っていうより小型の大砲かな、そういうヤツにはどんな弾がいいと思う?」
「大砲って、砲口は何ミリで何口径?」
「ん? 何ミリと何口径って意味同じじゃね?」
「ぜんぜん違うでしょ。何ミリっていうのは弾が出る場所の直径を聞いてるの。口径は砲の長さだよ。それくらい常識でしょ」
……どうしましょう。妹がミリオタっぽくなっているんですが。そしてちょっとウザいんですが。ミリタリーマニアを馬鹿にする気はないが、女の子の趣味としてはどうだろう。婚期が遅れる要素になる気がするぞ。
「太さは5cmくらいで、長さは2mくらいで注文した」
「50mm40口径か。う~ん。私じゃ正確な計算できないけど、けっこう初速が出そうな気がする。鉛を使ってみて柔らかすぎるなら、鉄にしたら──あっ、プラチナとかもいいかも!」
弾にプラチナ? 聞いたこと無いぞ。……けど銀の弾もあるっていうし、いや、あれはフィクションの中だけか?
「結局のところいろいろ試してみるしかないかもね。柔らかくてすこし重い鉛、重い金と重くてさらに硬い白金、もっと硬いタングステン、軽い鉄と銅、すごく軽くて硬いチタン、あたりが候補かな……」
この後さらにいくつかのアドバイスと、使いドコロがよくわからない、マニアックな兵器知識を教わった。
* * * * *
今回は珍しく時間があまってしまった。ちょうどディニッサに聞きたいことはあったのだが、聞いていい問題なのか迷う。
つまりディニッサの親子関係の話だ。トゥーヌルはディニッサが生まれてからずっと無視していた、とファロンに聞いた。ファロンは怒っていたが、ディニッサ自身はどう思っているのだろう?
それにユルテがトゥーヌルに敵意をもっていなかったのも気になる。彼女だったら絶対に怒り狂うような状況のはずなんだけど。しかしデリケートな問題だ。ただの興味本位なら聞くべきじゃないとも思う。が、ディニッサのことはよく知っておかないとむこうで失敗するかもしれないし……。
「なにかわらわに聞きたいことがるのかの?」
ディニッサにもわかるくらい、あからさまな態度だったらしい。
逆に問いかけられてしまった。
「ああ……。ディニッサにとって不愉快なことかもしれない。答えたくなければ無視してくれ。二度とその話題には触れないと誓う」
「承知したのじゃ。問うてみるがよい」
オレは一度大きく深呼吸した。
「ディニッサは、父親のことを憎んでいるのか?」
「否。現在憎んでいないというだけでなく、生まれてから一度も憎んでおらぬ」
オレはディニッサの返答に安心した。もしも殺したいほど憎んでいる、とでも言われていたらショックだっただろう。もう故人でどうにもならないのだからなおさらだ。
「そうか。おやじさんがおまえと話をしなかったというのは本当か?」
「それは事実じゃ。父上がわらわに会いにきてくれることはついぞなかったの」
「なにそれっ、ひどすぎない!?」
それまで緊張した顔で、だまって話を聞いていた陽菜が口をはさんだ。うちは家族仲がそれなりに良好だ。だからディニッサの境遇に対して、信じられないという思いがあるのだろう。
「陽菜よ、物事の一側面だけ見ていきり立つな。行動には理由があるものじゃ」
「……うん、ごめん。辛かったのはディニッサなのに騒いだりして」
ディニッサが目をつぶってすこし黙った。ふたたび目を開けたときにも、いつもの彼女のふてぶてしい自信はうかがえなかった。
「その、な……。わらわは生まれた時に母上を殺したのじゃ。その場にいた侍女たちとともにの。生き残ったのはユルテだけだったそうじゃ」
「え……。生まれたばかりって、赤ん坊だろう。いくら魔族でもそんなこと……」
ディニッサはうつむいて、オレたちから視線をそらした。
「強力な魔族にはままあることじゃ。誕生時に周囲の魔力と生命力を絞り尽くしてしまう。ふつうは魔族と平民が結婚した場合に起こる事故で、母上ほどの上級魔族が死ぬことなど、極めて珍しい事なのじゃがな……」
「……。」
トゥーヌルの行動に対する「理由」は思ったより衝撃的なものだった。
オレも陽菜もかける言葉が見つからない。
「父上は母上が大好きだったらしいからの。わらわが嫌われるのも当然のことであろ。憎むどころか、申し訳なく思っているのじゃ。わらわさえ生まれなければ、みな幸せに暮らせたものを……」
「……そんなこと、言うなよ。ユルテが悲しむぞ。他のみんなもな」
「ユルテか……。どうしてあやつはわらわに優しくしてくれるのかの……」
こんどはユルテか……。なんとなく、聞きたくなかった。見たくないものが飛び出してきそうな予感がして。けれどここまできて引き返すわけにもいかず、オレはのろのろと問いかける。
「どういう、意味だ?」
「さっき言ったじゃろ。侍女を殺したと。その中にはユルテの妹もいたそうじゃ。とても仲が良い美人姉妹として評判だったそうじゃぞ?」
絶句した。母親だけでなく、ユルテの肉親まで殺しているというのか。
……ディニッサの話から嫌なことを考えてしまった。もしかして、ユルテの行動はすべて演技だったりするのだろうか。
──たとえば、わざと甘やかしてろくでもない人間に育てるとか。
背筋が寒くなった。ユルテがディニッサに向ける愛情は偽物じゃない、と思いたい。もしも彼女がディニッサの没落を楽しみにしているだけなのだとしたら、ディニッサが救われなさすぎる。殺したと言っても彼女の意志ではなかったのだから。
「ディニッサ、答えてくれてありがとう。嫌なことを思い出させて悪かった」
「よい。むしろわらわが常に抱えているべき事柄じゃ」
「──この世界から消えてしまいたい」
ポツリと陽菜がつぶやいた。
オレとディニッサが陽菜を見つめる。
「ディニッサがこっちに来たのは、そういう気持ちがあったから?」
「そうじゃな。消えるだけなら自殺すればよいのじゃが。それだと母上と侍女たちの死が完全にムダになるような気がしての……」
「……。」
3人ともが言葉を失い、あたりが静まり返った。
パンッ。オレは暗い雰囲気を断ち切るように、一回大きく手を打った。
「そういうことならさ! 精神交換じゃなくて、オレがそっちに移動するって手もあるよな。ディニッサはそのままそっちに住めばいい」
「そなたの望みとは違うじゃろ。よいのか?」
オレの提案にディニッサが目を丸くした。オレはうなずく。
そして陽菜がディニッサの手をとった。
「こっちでもディニッサは魔法が使えるんだから、なんとでもなるよ。お兄ちゃんが頑張って養ってくれるだろうし!」
「え……? 扶養ニートが二人になるのか? オレ、また就職活動からはじめなきゃいけないんですけど」
「金の事なら心配無用じゃ。魔法で宝石でも作ればよい。……しかし、そちらのことはどうするつもりじゃ?」
「それは……。どうするかね。情勢が安定したらノランに任せちゃうか。あいつはディニッサの親族らしいし。ああでも、ルオフィキシラル教徒がいたな……」
──オレが考え込んでいるうちに、いつの間にかディニッサと陽菜が消えていた。いいところで時間切れだ。
しかし、また目的が変わっちゃったなあ……。
オレがむこうに帰還してなおかつ、ディニッサがいなくてもルオフィキシラル領が安定するように。
勝利条件がまた一段と厳しくなってきやがったぜ!
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