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第3章 旧領へ。新たな統治
035 デトナ・ヴィータロニドゥ・ユートセカナ
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「ディニッサ様、おはようございます」
オレの朝は侍女の挨拶で始まる。
ディニッサ時代はディニッサが目を覚ますまで放置されていたらしい。しかしそれでは困るので、時間になったら起こしてくれるように頼んであるのだ。
目覚めると、侍女たちが洗顔、歯磨き(シロの毛で歯ブラシを作った。侍女たちにも好評だった)着替えとすべてをやってくれる。
いつもならユルテ、フィア、ファロンの3人がポジション争いをするように世話をしてくれるのだが、なぜか今日は3人のエルフ娘に服を着替えさせられていた。
「ほらリリー、姫様が嫌がっていますよ。もっと心をこめてご奉仕しなさい」
「はい、申し訳ございません!」
ユルテがお局様のように、エルフメイドたちの指導していた。ちなみにオレはまったく嫌がっていなかったのだが、口ははさまない。最初、新人をイビっているのかと思ったのだが、それは違うとわかったからだ。
その証拠に、エルフたちはイヤイヤ仕事をしているわけではない。むしろ楽しんでいるようにみえる。思うにこれは、アニマルセラピーのようなものなのだろう。小さく可愛いディニッサと触れ合うことで、心の傷を癒やすという寸法だ。
この城には本物の獣もいるけど、シロじゃあんまりなごめないだろうからな!
同じ部屋にいるファロンとフィアは、禁断症状が出た麻薬中毒者のように苦しげな様子だった。世話をしたいのを我慢しているのがありありだ。……このセラピーは早期に打ち切りになると思われる。
* * * * *
朝食を食べ終わったあと、オレは3人の侍女を連れてテラスにきていた。
「ユルテも優しいところがあるのじゃな。傷ついたエルフ娘たちのために世話役を代わってやるとは」
「え? そんなつもりはありませんけど」
オレの褒め言葉にユルテは首をかしげた。
「あれ? それじゃ、今日はどうしてあやつらに任せたのじゃ」
「住み込みで働くとなれば、しっかりと仕事を覚えさせなくてはなりません。そしてこの城で一番大事な仕事は姫様のお世話ですから」
「エルフたちが仕事を覚えたら?」
「もちろん私たちがお世話に戻ります。希望者がいたら、月に一度くらいはお世話係を譲ってあげてもかまいませんけど」
……オレの考えすぎだったようだ。思い起こしてみると、侍女たちがオレ以外に優しくしていたところをみたことがない。やっぱり一般的な魔族は平民に興味がないのだろう。
「いい天気だねー。今日はお休み?」
「そうはいかんじゃろ。やるべきことが山とあるからの」
ファロンが朝の日差しを浴びながら背伸びをしている。左右に揺れている四本の尻尾を見るかぎり、機嫌がいいみたいだ。
「だったら、ナイショの相談?」
「……そんなところじゃ」
オレは、ディニッサの話の確認をするつもりだった。
ユルテはディニッサをどう思っているのか。妹を殺された恨みはないのか。
本来はユルテと二人きりで聞くべきなのかもしれないが、すこし怖かったので3人とも連れてきた。なんとなく自分が、推理小説で探偵より早く真犯人に気づいた脇役みたいに思われたのだ。「気づいちゃいました?」そう言って、ユルテが笑いながらオレを殺しにくる映像が目に浮かぶ。
「『わらわ』がユルテの妹を殺したと聞いた。ユルテは恨んではおらんのか」
「……どこでそれを?」
当たり前だが、ユルテの表情が厳しくなる。その低い声からは、疑惑と苛立ちが感じられた。一方、ファロンとフィアには素直な驚きがあらわれている。二人は事情を知らなかったようだ。
オレは大きく息を吐いて、ユルテをまっすぐ見つめた。
「ディニッサから聞いたんだ。アイツ、ユルテが本当は自分のことを憎んでいるんじゃないかって心配してるみたいだったぞ」
「姫様が……!? いったい誰がそんなよけいな事を……!」
ユルテはなにやらブツブツとつぶやきだした。犯人を見つけ出して八つ裂きに、とか怖いことを言っている……。これも演技なのか? とてもそうは見えないが。
「ユルテはディニッサのことを、憎んでも恨んでもいないんだな?」
「もちろんです。姫様への愛情に一片の偽りもありません! ……それに妹も、決して姫様のことを恨んではいませんから」
そう言い切ったユルテの言葉からは、確信のようなものを感じた。自分のことはともかく、どうして妹の気持ちまで断言できるんだろう。なにかの魔法で知ることができたのだろうか。
「ディニッサをやたらと甘やかしていることにも、特別な意図はないんだな?」
「意図? 姫様が可愛いから全力可愛がっているだけですけど」
「甘やかすばかりだと、将来ろくな大人にならないぞ」
「大丈夫です。どんな大人になろうと、私が責任をもって生涯甘やかしますから」
そんなダメな決意を自信を持って宣言されてもなあ……。
ディニッサはユルテと離れて正解だったような気がする。
オレが呆れて黙っていると、フィアが一歩前に出た。
「──話、一段落ついた? じゃあ、聞きたい。どうして、姫様と話せたの?」
「そういえば言ってなかったな。夢を通してディニッサからの連絡があるんだ」
一瞬、その場が静まった。そして、3人から体を激しく揺すられた。
「ど、う、し、て、それを教えないのですか!」
「めっ、カイひどい、めぇっ!」
「そんな大事なこと、隠してるなんて……!」
「い、いや、隠すつもりはなかったんだ。忙しいからつい忘れてただけで」
……3人が落ち着くまでにしばらくかかった。
* * * * *
「──今夜から私たちもその夢に加われないか試してみましょう」
ユルテに言われて初めて気づいた。むこうだって陽菜を連れて来ているんだからこっちも誰かを同行させられるかもしれない。彼女たちのディニッサへの愛情を思えばもっと早くそうしてあげるべきだった。
侍女たちはディニッサと会えるという期待感でハイテンションになっていた。3人でディニッサのことを話し合っている。それにしても、この3人とディニッサにはどういう絆があるんだろうか?
聞いてみようかと思ったその時、ノックの音が聞こえた。
* * * * *
オレたちは昨日に引き続き玉座の間に来ていた。部屋に入ってきたエルフメイドから来客を告げられたからだ。わざわざこんな場所を使うくらいだ。もちろんただの客ではない。
クナーの案内で城に訪れたのは、港町ヴァロッゾに所属している魔族だった。
代官トクラの腹心の部下とのこと。
玉座に向かって歩いてくるその人物は、子供のように背が低い。ただしテパエのエロ鍛冶屋の例もあるので、じっさいの年齢は不明だ。耳が尖っていて、顔立ちは整っている。一見エルフの子供のようだが、肌の色が褐色で、その点だけが違っていた。
「重大な話があると聞いた。トクラはわらわになにか要求するつもりかの?」
「わわっ。これはいきなりですねえ。まだご挨拶もしていないのに。ああ、べつにディニッサ様を非難しているわけじゃないですよ。ええ、違いますとも」
緊急事態と聞いて焦りすぎたか? けどそれにしても、なんとなく癇にさわるしゃべり方だ。こっちを馬鹿にしているような雰囲気を感じる。
「僕の名はデトナ・ヴィータロニドゥ・ユートセカナといいます。今日はディニッサ様の家来にしてもらおうと、はるばるやってきたんですよね」
「家来? トクラの使者ではないのかの」
「ええ。あんな変態とはスッパリ手を切りました。だって僕にドレスを着せようとするんですよ? 嫌だって言ってるのに。ひどいと思いませんか?」
なんだか雲行きが怪しい。トクラからなんらかの提案なり要求なりがきたのかと思ったのに。フェンリル退治の噂を聞いて寝返りに来ただけなのか? 腹心だというのに、そこまで簡単に裏切るようなヤツなら、あまり信用できそうもないが。
「……そなたが部下になりたいというのが、わらわにとって重大な話だと?」
「いえいえ、僕はそんなに自惚れていませんよ。とっても貴重な情報を、ちゃあんとお土産にもってきています。聞きたいですか、聞きたいですよね?」
「その情報とやらを早く話すがよい」
「まだダメです」
デトナは、自分の唇に人差し指を当てた。そのポーズは良く似合っていて可愛らしくもあったが、なんだか無性にイライラさせるヤツだ。
「あなた、フザケているのですか。姫様のかわりに私が叩き出しますよ」
ディニッサのこととなると異常に沸点が低いユルテが怖い声を出した。しかしデトナを叩きださせるわけにはいかない。彼が何かを知っている可能性は高いのだから。ユルテだけでなく、部屋のみんなに抑えるように指示を出す。
「……報酬か? 本当に重要な話ならふさわしい対価を払ってもよいのじゃ」
「いえいえ、そういう浅ましいことを望んでいるわけじゃないんですよ。ほら、姫様と僕は初対面じゃないですか」
「そうじゃな。それがどうかしたのかの」
「……。」
デトナが値踏みするようにオレを見つめた。
「どうしたのじゃ?」
「ああ、いえ。初対面だからこそ、最初の印象って重要だと思いませんか?」
「つまりなにが言いたいのじゃ。結論だけを述べよ」
「情報はディニッサ様と二人きりの場で伝えたいのです。そこまで信用してもらえるなら、僕も感激してある事ない事いろいろ喋ってしまうに違いありませんよ」
なんなんだろう。相手の考えがぜんぜん読めない。オレを暗殺でもするつもりなんだろうか。それとも主にふさわしいか試しているのか?
「反対。あやしい」
「私も反対です。どんなよからなぬことを企んでいるか、しれたものではありません」
みんなが口々に反対する。まあ無理もない。あからさまに怪しいからな。
ファロンだけはなにも喋らなかった。かわりに、いつの間にかオレの肩に葛の葉が乗っていた。いざという時の連絡用かな?
「……中庭でよいなら、話を聞こう」
「姫様!」
「ええ、僕はどこでもかまいませんよ」
情報を欲しがっている時点で、最初からこっちが不利だ。追い返すという選択が取れない。中庭にはシロたちがいるから、そうそう危険はないだろう。
* * * * *
「綺麗な庭ですねえ。犬を放し飼いにしているのはいただけませんけど」
デトナは二人きりになってからも、庭の花を眺めるばかりでなかなか話を切り出そうとしなかった。……なんだかオレをいらつかせることが目的に思えてきたぞ。
「もういいじゃろ。話せ」
「さっきはショックだったなあ。まさかディニッサ様が僕のことを忘れているなんて」
「……初対面ではなかったのか?」
「あー、本当に忘れているんですねえ。僕はディニッサ様からもらった、この指輪を心のささえにして生きてきたのになあ。つらいなあ」
デトナは青い宝石のはめ込まれた指輪を目の前にかざした。まずい、宝石をプレゼントされるほどディニッサと親しかったのか? いままでは、ディニッサと親密な相手が侍女しかいなかったからボロが出なかったが、知り合いがあらわれたとなると……。
「……ん、あ、ああ、その指輪はみたことがある、ような気もするのじゃ」
「本当ですか? これ僕の母の形見なんですけど」
さすがに切れそうになった。
コイツ、もう捕まえるか。物騒な考えが思い浮かぶ。どんな情報をもっているとしても、デトナの話はまるで信用できない。聞くだけムダのように思える。
「シロ!」
「──トクラが逃げました」
オレがシロに呼びかけた時、ようやくデトナが意味があることを喋った。ただその余裕のある顔を見ると、シロに怯えて話したというわけでもなさそうだ。オレは駆け寄ってきたシロをなだめて、話を続けることにした。
「なんと言ったのじゃ?」
「ヴァロッゾの代官、トクラ・ロニドゥは街から逃亡しました」
「それはまことか?」
「その質問、意味がありますかねえ。僕としては真実だと答えますよ。もちろん」
「他領から攻めこまれたのかの?」
「いえいえ。ヴァロッゾは平穏無事です。平穏じゃなくなったのは、トクラの心じゃないでしょうかねえ」
意外ななりゆきだ。逃げた理由がわからない。
トクラの心? テパエで虐殺でもやっていたならまだしも、強引な手は使っていないし。……まあ、あくまでデトナの発言が真実であった場合のことだが。
「確認する必要があるの。そなたもついてこい。わらわの許可なくそばを離れたら敵対行動とみなすのじゃ」
「おおせ、かしこまりました」
デトナがフザケたように、ひどく丁寧なお辞儀をした。
なんだか気に入らない。すべてがコイツの思惑通りに進んでいるみたいだ……。
オレの朝は侍女の挨拶で始まる。
ディニッサ時代はディニッサが目を覚ますまで放置されていたらしい。しかしそれでは困るので、時間になったら起こしてくれるように頼んであるのだ。
目覚めると、侍女たちが洗顔、歯磨き(シロの毛で歯ブラシを作った。侍女たちにも好評だった)着替えとすべてをやってくれる。
いつもならユルテ、フィア、ファロンの3人がポジション争いをするように世話をしてくれるのだが、なぜか今日は3人のエルフ娘に服を着替えさせられていた。
「ほらリリー、姫様が嫌がっていますよ。もっと心をこめてご奉仕しなさい」
「はい、申し訳ございません!」
ユルテがお局様のように、エルフメイドたちの指導していた。ちなみにオレはまったく嫌がっていなかったのだが、口ははさまない。最初、新人をイビっているのかと思ったのだが、それは違うとわかったからだ。
その証拠に、エルフたちはイヤイヤ仕事をしているわけではない。むしろ楽しんでいるようにみえる。思うにこれは、アニマルセラピーのようなものなのだろう。小さく可愛いディニッサと触れ合うことで、心の傷を癒やすという寸法だ。
この城には本物の獣もいるけど、シロじゃあんまりなごめないだろうからな!
同じ部屋にいるファロンとフィアは、禁断症状が出た麻薬中毒者のように苦しげな様子だった。世話をしたいのを我慢しているのがありありだ。……このセラピーは早期に打ち切りになると思われる。
* * * * *
朝食を食べ終わったあと、オレは3人の侍女を連れてテラスにきていた。
「ユルテも優しいところがあるのじゃな。傷ついたエルフ娘たちのために世話役を代わってやるとは」
「え? そんなつもりはありませんけど」
オレの褒め言葉にユルテは首をかしげた。
「あれ? それじゃ、今日はどうしてあやつらに任せたのじゃ」
「住み込みで働くとなれば、しっかりと仕事を覚えさせなくてはなりません。そしてこの城で一番大事な仕事は姫様のお世話ですから」
「エルフたちが仕事を覚えたら?」
「もちろん私たちがお世話に戻ります。希望者がいたら、月に一度くらいはお世話係を譲ってあげてもかまいませんけど」
……オレの考えすぎだったようだ。思い起こしてみると、侍女たちがオレ以外に優しくしていたところをみたことがない。やっぱり一般的な魔族は平民に興味がないのだろう。
「いい天気だねー。今日はお休み?」
「そうはいかんじゃろ。やるべきことが山とあるからの」
ファロンが朝の日差しを浴びながら背伸びをしている。左右に揺れている四本の尻尾を見るかぎり、機嫌がいいみたいだ。
「だったら、ナイショの相談?」
「……そんなところじゃ」
オレは、ディニッサの話の確認をするつもりだった。
ユルテはディニッサをどう思っているのか。妹を殺された恨みはないのか。
本来はユルテと二人きりで聞くべきなのかもしれないが、すこし怖かったので3人とも連れてきた。なんとなく自分が、推理小説で探偵より早く真犯人に気づいた脇役みたいに思われたのだ。「気づいちゃいました?」そう言って、ユルテが笑いながらオレを殺しにくる映像が目に浮かぶ。
「『わらわ』がユルテの妹を殺したと聞いた。ユルテは恨んではおらんのか」
「……どこでそれを?」
当たり前だが、ユルテの表情が厳しくなる。その低い声からは、疑惑と苛立ちが感じられた。一方、ファロンとフィアには素直な驚きがあらわれている。二人は事情を知らなかったようだ。
オレは大きく息を吐いて、ユルテをまっすぐ見つめた。
「ディニッサから聞いたんだ。アイツ、ユルテが本当は自分のことを憎んでいるんじゃないかって心配してるみたいだったぞ」
「姫様が……!? いったい誰がそんなよけいな事を……!」
ユルテはなにやらブツブツとつぶやきだした。犯人を見つけ出して八つ裂きに、とか怖いことを言っている……。これも演技なのか? とてもそうは見えないが。
「ユルテはディニッサのことを、憎んでも恨んでもいないんだな?」
「もちろんです。姫様への愛情に一片の偽りもありません! ……それに妹も、決して姫様のことを恨んではいませんから」
そう言い切ったユルテの言葉からは、確信のようなものを感じた。自分のことはともかく、どうして妹の気持ちまで断言できるんだろう。なにかの魔法で知ることができたのだろうか。
「ディニッサをやたらと甘やかしていることにも、特別な意図はないんだな?」
「意図? 姫様が可愛いから全力可愛がっているだけですけど」
「甘やかすばかりだと、将来ろくな大人にならないぞ」
「大丈夫です。どんな大人になろうと、私が責任をもって生涯甘やかしますから」
そんなダメな決意を自信を持って宣言されてもなあ……。
ディニッサはユルテと離れて正解だったような気がする。
オレが呆れて黙っていると、フィアが一歩前に出た。
「──話、一段落ついた? じゃあ、聞きたい。どうして、姫様と話せたの?」
「そういえば言ってなかったな。夢を通してディニッサからの連絡があるんだ」
一瞬、その場が静まった。そして、3人から体を激しく揺すられた。
「ど、う、し、て、それを教えないのですか!」
「めっ、カイひどい、めぇっ!」
「そんな大事なこと、隠してるなんて……!」
「い、いや、隠すつもりはなかったんだ。忙しいからつい忘れてただけで」
……3人が落ち着くまでにしばらくかかった。
* * * * *
「──今夜から私たちもその夢に加われないか試してみましょう」
ユルテに言われて初めて気づいた。むこうだって陽菜を連れて来ているんだからこっちも誰かを同行させられるかもしれない。彼女たちのディニッサへの愛情を思えばもっと早くそうしてあげるべきだった。
侍女たちはディニッサと会えるという期待感でハイテンションになっていた。3人でディニッサのことを話し合っている。それにしても、この3人とディニッサにはどういう絆があるんだろうか?
聞いてみようかと思ったその時、ノックの音が聞こえた。
* * * * *
オレたちは昨日に引き続き玉座の間に来ていた。部屋に入ってきたエルフメイドから来客を告げられたからだ。わざわざこんな場所を使うくらいだ。もちろんただの客ではない。
クナーの案内で城に訪れたのは、港町ヴァロッゾに所属している魔族だった。
代官トクラの腹心の部下とのこと。
玉座に向かって歩いてくるその人物は、子供のように背が低い。ただしテパエのエロ鍛冶屋の例もあるので、じっさいの年齢は不明だ。耳が尖っていて、顔立ちは整っている。一見エルフの子供のようだが、肌の色が褐色で、その点だけが違っていた。
「重大な話があると聞いた。トクラはわらわになにか要求するつもりかの?」
「わわっ。これはいきなりですねえ。まだご挨拶もしていないのに。ああ、べつにディニッサ様を非難しているわけじゃないですよ。ええ、違いますとも」
緊急事態と聞いて焦りすぎたか? けどそれにしても、なんとなく癇にさわるしゃべり方だ。こっちを馬鹿にしているような雰囲気を感じる。
「僕の名はデトナ・ヴィータロニドゥ・ユートセカナといいます。今日はディニッサ様の家来にしてもらおうと、はるばるやってきたんですよね」
「家来? トクラの使者ではないのかの」
「ええ。あんな変態とはスッパリ手を切りました。だって僕にドレスを着せようとするんですよ? 嫌だって言ってるのに。ひどいと思いませんか?」
なんだか雲行きが怪しい。トクラからなんらかの提案なり要求なりがきたのかと思ったのに。フェンリル退治の噂を聞いて寝返りに来ただけなのか? 腹心だというのに、そこまで簡単に裏切るようなヤツなら、あまり信用できそうもないが。
「……そなたが部下になりたいというのが、わらわにとって重大な話だと?」
「いえいえ、僕はそんなに自惚れていませんよ。とっても貴重な情報を、ちゃあんとお土産にもってきています。聞きたいですか、聞きたいですよね?」
「その情報とやらを早く話すがよい」
「まだダメです」
デトナは、自分の唇に人差し指を当てた。そのポーズは良く似合っていて可愛らしくもあったが、なんだか無性にイライラさせるヤツだ。
「あなた、フザケているのですか。姫様のかわりに私が叩き出しますよ」
ディニッサのこととなると異常に沸点が低いユルテが怖い声を出した。しかしデトナを叩きださせるわけにはいかない。彼が何かを知っている可能性は高いのだから。ユルテだけでなく、部屋のみんなに抑えるように指示を出す。
「……報酬か? 本当に重要な話ならふさわしい対価を払ってもよいのじゃ」
「いえいえ、そういう浅ましいことを望んでいるわけじゃないんですよ。ほら、姫様と僕は初対面じゃないですか」
「そうじゃな。それがどうかしたのかの」
「……。」
デトナが値踏みするようにオレを見つめた。
「どうしたのじゃ?」
「ああ、いえ。初対面だからこそ、最初の印象って重要だと思いませんか?」
「つまりなにが言いたいのじゃ。結論だけを述べよ」
「情報はディニッサ様と二人きりの場で伝えたいのです。そこまで信用してもらえるなら、僕も感激してある事ない事いろいろ喋ってしまうに違いありませんよ」
なんなんだろう。相手の考えがぜんぜん読めない。オレを暗殺でもするつもりなんだろうか。それとも主にふさわしいか試しているのか?
「反対。あやしい」
「私も反対です。どんなよからなぬことを企んでいるか、しれたものではありません」
みんなが口々に反対する。まあ無理もない。あからさまに怪しいからな。
ファロンだけはなにも喋らなかった。かわりに、いつの間にかオレの肩に葛の葉が乗っていた。いざという時の連絡用かな?
「……中庭でよいなら、話を聞こう」
「姫様!」
「ええ、僕はどこでもかまいませんよ」
情報を欲しがっている時点で、最初からこっちが不利だ。追い返すという選択が取れない。中庭にはシロたちがいるから、そうそう危険はないだろう。
* * * * *
「綺麗な庭ですねえ。犬を放し飼いにしているのはいただけませんけど」
デトナは二人きりになってからも、庭の花を眺めるばかりでなかなか話を切り出そうとしなかった。……なんだかオレをいらつかせることが目的に思えてきたぞ。
「もういいじゃろ。話せ」
「さっきはショックだったなあ。まさかディニッサ様が僕のことを忘れているなんて」
「……初対面ではなかったのか?」
「あー、本当に忘れているんですねえ。僕はディニッサ様からもらった、この指輪を心のささえにして生きてきたのになあ。つらいなあ」
デトナは青い宝石のはめ込まれた指輪を目の前にかざした。まずい、宝石をプレゼントされるほどディニッサと親しかったのか? いままでは、ディニッサと親密な相手が侍女しかいなかったからボロが出なかったが、知り合いがあらわれたとなると……。
「……ん、あ、ああ、その指輪はみたことがある、ような気もするのじゃ」
「本当ですか? これ僕の母の形見なんですけど」
さすがに切れそうになった。
コイツ、もう捕まえるか。物騒な考えが思い浮かぶ。どんな情報をもっているとしても、デトナの話はまるで信用できない。聞くだけムダのように思える。
「シロ!」
「──トクラが逃げました」
オレがシロに呼びかけた時、ようやくデトナが意味があることを喋った。ただその余裕のある顔を見ると、シロに怯えて話したというわけでもなさそうだ。オレは駆け寄ってきたシロをなだめて、話を続けることにした。
「なんと言ったのじゃ?」
「ヴァロッゾの代官、トクラ・ロニドゥは街から逃亡しました」
「それはまことか?」
「その質問、意味がありますかねえ。僕としては真実だと答えますよ。もちろん」
「他領から攻めこまれたのかの?」
「いえいえ。ヴァロッゾは平穏無事です。平穏じゃなくなったのは、トクラの心じゃないでしょうかねえ」
意外ななりゆきだ。逃げた理由がわからない。
トクラの心? テパエで虐殺でもやっていたならまだしも、強引な手は使っていないし。……まあ、あくまでデトナの発言が真実であった場合のことだが。
「確認する必要があるの。そなたもついてこい。わらわの許可なくそばを離れたら敵対行動とみなすのじゃ」
「おおせ、かしこまりました」
デトナがフザケたように、ひどく丁寧なお辞儀をした。
なんだか気に入らない。すべてがコイツの思惑通りに進んでいるみたいだ……。
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