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第4章 国境の外へ。戦いのはじまり
058 南へ
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殺された案内人の家に行って、彼の家族と会った。
今はその家から帰るところだが、ひどく憂鬱な気分だ……。
同じ地球でも、地域が変われば常識が変わる。まして異世界なのだ。オレたちとは異なる常識と慣習を持っていて当然だろう。しかし肉体的な違いに驚かされるばかりで、精神的な違いについてはまるで見落としていた。
ルオフィキシラル領が特殊だとはいえ、もっと注意深く観察していれば、魔族の特徴に気づくことができたかもしれない。そういう心構えがあれば、あの攻撃から案内人を守れたのだはずだったのだ。
──平民は蟻である。
魔族の意識を、オレたちの言葉で表現するならこうなるだろう。
たとえば、道を歩いている時に誰かが「今おまえは蟻を踏み潰した! 大変だ、どうやって償うつもりだ!?」などと言ってきたら戸惑うだろう。さっきの魔族の困惑はまさにそんな調子だった。いや、無意識ではなく意識的に殺したのだから、蟻ではなく蚊だろうか。
どちらにせよ、加害者の魔族には悪意も無いし、罪悪感も無い。彼にとっては、ただ邪魔な虫けらを払ったというだけのことだからだ。
人間と虫は違うという反論は当然だが、おそらく大多数の魔族は平民を自分たちと同じ生き物だとは認識していない。その原因の一つに、魔族の魔力感知能力があるように思う。魔族には、相手が「同じ」魔族か、「違う」平民かはっきりとわかってしまうのだ。
この世界では、よく物語であるようにエルフとドワーフがいがみ合っていたりはしない。ゴブリンやコボルトなどとも深刻な対立はない。そのせいで異種族に寛容な世界なのだと勘違いしていた。
じっさいのところは、魔族と平民という絶対的な階級差があったわけだ。あるいはそのヒエラルキーがあるからこそ、種族間の関係が良好なのかもしれない。……肌の色の違いで大騒ぎするのと、魔力のあるなしで差別するのと、どっちがマシなのかオレにはわからないが。
「蟻」であるオレとしては、魔族の考えにはまったく賛同できない。だが地球で似たようなことがなかったかと言えばそんなこともない。歴史を紐解けば、支配階級が非支配階級を虫けらのように虐殺した例など枚挙に暇がない。
オレたちの世界では、史上の支配者も一般人も同程度の能力しか持っていない。せいぜいちょっと頭が良かったり、強かったりしたくらいだ。それどころか開祖の英雄などを除けば、ただ王の血を引いているだけで際立った能力などない支配者が圧倒的に多かった。
しかしこちらの世界では、そもそもの能力がまったく違う。どんなに力自慢の人間でもゾウを持ち上げることはできないが、ディニッサならゾウでお手玉するくらいは余裕だ。これほど力が隔絶していれば、同じ生き物だと思えないのも無理は無いのかもしれない……。
* * * * *
亡くなった案内人の名はイグ。彼には妻と娘がいた。
イグの家に着き彼が亡くなったいきさつを告げると、二人は悲しみより恐怖を感じたらしい。自分たちがどうなるかを恐れてる様子だった。
少し話をして、オレが彼女たちを責めているわけではなく、イグを殺した魔族もこれ以上何もしないと理解すると、ようやく二人は安心したようだった。
オレがイグを死なせてしまった事を詫びると、二人はひどく驚いていた。そしてそれ以上に怯えていた。「なにか企んでいる」とでも思われたのかもしれない。ふつうの魔族ならするはずがない行動だからな。
話を続けても二人を怯えさせるだけだと思い知ったオレは、早々に立ち去ることにした。家を出る前に、イグが受け取るはずだった額の金貨を渡した。二人は信じられないという顔をした後で、とても嬉しそうにしていた……。
* * * * *
あの二人が喜んだのは、イグが愛されていなかったからだろうか。それとも喜んでいるフリをしなければ、恐ろしい「魔族様」を怒らせると思ったからだろうか。どちらにしても……。
「ディニッサちゃんわぁ、変わってるよね~」
帰り道、オレを慰めるつもりか、しきりにロッセラが声をかけてくる。
イグの家にはロッセラとシビッラの二人を連れて行った。本来なら一人で出かけたいところだったが、ヘルベルトの件を考えると単独行動はできない。デトナを選ばなかったのは、デトナが遺族に冷淡な態度をとる姿を見たくなかったためだ。
それがこちらの世界では自然な行動だと、頭では理解したが、心は納得していない。気持ちが落ち着くまでは、出来る限りそういう場面は見たくない。その点、ロッセラたちとはまだ親密じゃないので、ダメージが少なくてすむ。
「ディニッサちゃんみたいに、平民大好きな魔族はみたことないわぁ」
「あまり人前には出ない生活をしていたと言っていたね。そのせいかい?」
ロッセラ姉弟は矢継ぎ早に声をかけてくる。どちらかというと、慰めているといより不思議がっているという気配だった。
「うむ。二ヶ月ほど前まで城から一歩も出たことがなかったからの。……わらわの態度は気に入らぬか?」
「私わぁ、ぜんぜん好き。なんか不思議でかわいいから。でも嫌がる魔族もいっぱいいるんじゃないかなぁ?」
船の魔族があまり仲間になってくれなかったのは、このあたりにも原因があったのだろうな。オレは平民である船員たちと親密な付き合いをしていた。平民を重視している変人だと思われてもしかたがないところだ。
ルオフィキシラル領にいる魔族が異常に少ないのも、このあたりのことが要因になっていると考えられる。父親が戦争で負け、ディニッサも家来を殺すような暴挙に出た。そういった問題はたしかにあったにせよ、あまりにも魔族が少なすぎる。
ディニッサに不満があるだけなら、官職につかず街で暮らしている魔族はもっといていいはずだ。だが北の大陸やこの町とくらべて、ルオフィキシラル領の人口あたりの魔族比率は極端に低い。
つまりルオフィキシラル領は、魔族にとって暮らしやすい土地ではないということだろう。そのぶん平民にとっては暮らしやすいのだろうが。
そうしてノランのような変わり者しか残らなかったわけだ。といってノランも、平民を自分と対等の人間だと認めているかは大いに怪しい。一般魔族の認識が「蟻」ならノランたちの認識は「犬」というところか?
──この状況は変えるべきだろう。
しかしどうやったら、世界に蔓延した常識を変えることができるのやら……。
* * * * *
荷車のところに戻ると、すでにみんな集まっていた。
オレがイグの家に行っている間、アンゴンには代わりの案内人を探してもらっていた。けれどちょうどいい人間は見つけられなかったらしい。
それもしかたない。オレたちが欲している案内人とは、この町の近くだけではなく、山脈を越えてルオフィキシラル領まで連れて行ってくれる人材だ。交通機関の発達していないこの世界では、それほどの旅をしている者はごく少ない。
今いるのは、ルオフィキシラル領のはるか北だ。南には険しい山脈が横たわっているが、それを越えて一気に国に帰る計画を立てている。山を避けて東か西へ向かえば、整備された街道を安全に旅できる。しかしそれでは遅い。
「姫さん、案内人はダメだったけど、この近辺の地図は買ってきたぜ」
「地図、かの……」
正直気が進まない。
土地勘のない素人が、地図を見ただけで山道を迷いなく進めるだろうか。
「安心してくれ、オイラは山に慣れてるし、ずっとオイラたちだけで行くわけでもねえぜ。山に入ってすぐのところに、山の民の村がある。そこで案内人を雇おう」
近くの村まで行くだけか。それなら大丈夫か……?
* * * * *
オレとアカは荷車に乗り、アンゴンがそれを引く。残りの者たちには、先行して道の整備をしてもらった。走りながら、木や石を吹き飛ばしたり、どうしても通れない場所では、氷や鉄の橋を作ってもらうのだ。魔法の力は偉大だ。これなしだったら、山道を進むのにどれだけかかったかわからない。
町を出てわずか1時間ほどで、目的の村にたどり着くことができた。
実のところ、道に迷うのではないかと心配していた。しかしアンゴンは口先だけじゃなく、本当に山に慣れているようだった。ヤツは荷車を引きながらも、的確な指示をみんなに出していたのだ。
アカが乗っているため荷車は相当な重量だが、今のところアンゴンに疲労の色はない。でもずっと一人で引かせるわけにはいかないだろう。なんとか交代で引いてくれるよう、みんなを説得しないとな。
ちなみに、乗り心地は最悪だった。サスペンションもない原始的な車輪のため、めちゃくちゃ揺れる。案内人を連れて来なかったのは正解だったかもしれない。これに乗った平民が、まともに案内をできるとは思えない。
……あれ、そうなると村で案内人を雇ってもダメじゃないか? 誰かにオンブでもしてもらうか? でも、ぜったいみんな嫌がるだろうなあ……。
* * * * *
村についたオレたちは、手分けして案内人を探した。道に詳しい魔族とかがいれば最高なんだけど。
「は、はい、道案内は、できます! で、でも、問題が……」
荷車をものすごい速さで爆走させたため、オレたちが魔族であることはバレている。そのせいで、声をかけた女性はすごく緊張していた。
……しかしよく考えると、この世界の平民は大変だな。魔族からは相手が平民だとわかるけど、平民からは相手が魔族かどうかわからないんだぞ。それなのに誰かとモメて、もしその相手が魔族なら命が危ない。まるで地雷原を歩くがごとくだ。
と、よけいなことを考えている場合じゃないな。本題に戻ろう。
「問題とはなんじゃ?」
「は、はい、最近、南の山に恐ろしい魔物が住み着きまして」
「魔物かの。しかしわらわたちは、みな魔族じゃ。魔物の一匹ぐらいどうとでもできるのじゃ」
村人は微妙な顔をした。しかし何も言わない。
オレの言葉に反論したいけど、文句を言って怒らせると怖い、というところか?
「意見があるなら言うがよい。けっして怒ったりはせぬ」
「は、はあ。じつは、ものすごい数の魔物が住み着いているのです。それから、群れを率いている魔物は、今まで見たことがないくらい強く……」
魔物の群れか……。
もしかしたら、こっちの戦力を上回っているかもしれないな。
といって、今さら引き返すわけにもいかないんだが。
* * * * *
結局、この村では案内人を雇わなかった。魔物の群れとの戦いともなれば、巻き添えになって死ぬ危険性が高い。できればもう無駄に人を死なせたくない。
山を越えれば別の村があるらしい。魔物の住処を通り抜けてから、あらためて案内人を雇うことにした。ルートについては教えてもらったので、アンゴンがなんとかしてくれるだろう。きっと。
* * * * *
山に入ってしばらく進むと、前方から獣の咆哮が聞こえてきた。さらに、幾筋もの煙が上がる。どうやら、山の各所に火がついたらしい。魔物の仕業だろう。
「できるだけ、煙が上がっている場所を避けて進むのじゃ」
「……だ、ダメだ、姫さん、こっから先には行けねえ」
オレの指令を無視して、アンゴンが立ち止まってしまった。
「この先にゃ、とンでもねえバケモノがいるぜ……!」
アンゴンは蒼白になって、脂汗を流していた──
今はその家から帰るところだが、ひどく憂鬱な気分だ……。
同じ地球でも、地域が変われば常識が変わる。まして異世界なのだ。オレたちとは異なる常識と慣習を持っていて当然だろう。しかし肉体的な違いに驚かされるばかりで、精神的な違いについてはまるで見落としていた。
ルオフィキシラル領が特殊だとはいえ、もっと注意深く観察していれば、魔族の特徴に気づくことができたかもしれない。そういう心構えがあれば、あの攻撃から案内人を守れたのだはずだったのだ。
──平民は蟻である。
魔族の意識を、オレたちの言葉で表現するならこうなるだろう。
たとえば、道を歩いている時に誰かが「今おまえは蟻を踏み潰した! 大変だ、どうやって償うつもりだ!?」などと言ってきたら戸惑うだろう。さっきの魔族の困惑はまさにそんな調子だった。いや、無意識ではなく意識的に殺したのだから、蟻ではなく蚊だろうか。
どちらにせよ、加害者の魔族には悪意も無いし、罪悪感も無い。彼にとっては、ただ邪魔な虫けらを払ったというだけのことだからだ。
人間と虫は違うという反論は当然だが、おそらく大多数の魔族は平民を自分たちと同じ生き物だとは認識していない。その原因の一つに、魔族の魔力感知能力があるように思う。魔族には、相手が「同じ」魔族か、「違う」平民かはっきりとわかってしまうのだ。
この世界では、よく物語であるようにエルフとドワーフがいがみ合っていたりはしない。ゴブリンやコボルトなどとも深刻な対立はない。そのせいで異種族に寛容な世界なのだと勘違いしていた。
じっさいのところは、魔族と平民という絶対的な階級差があったわけだ。あるいはそのヒエラルキーがあるからこそ、種族間の関係が良好なのかもしれない。……肌の色の違いで大騒ぎするのと、魔力のあるなしで差別するのと、どっちがマシなのかオレにはわからないが。
「蟻」であるオレとしては、魔族の考えにはまったく賛同できない。だが地球で似たようなことがなかったかと言えばそんなこともない。歴史を紐解けば、支配階級が非支配階級を虫けらのように虐殺した例など枚挙に暇がない。
オレたちの世界では、史上の支配者も一般人も同程度の能力しか持っていない。せいぜいちょっと頭が良かったり、強かったりしたくらいだ。それどころか開祖の英雄などを除けば、ただ王の血を引いているだけで際立った能力などない支配者が圧倒的に多かった。
しかしこちらの世界では、そもそもの能力がまったく違う。どんなに力自慢の人間でもゾウを持ち上げることはできないが、ディニッサならゾウでお手玉するくらいは余裕だ。これほど力が隔絶していれば、同じ生き物だと思えないのも無理は無いのかもしれない……。
* * * * *
亡くなった案内人の名はイグ。彼には妻と娘がいた。
イグの家に着き彼が亡くなったいきさつを告げると、二人は悲しみより恐怖を感じたらしい。自分たちがどうなるかを恐れてる様子だった。
少し話をして、オレが彼女たちを責めているわけではなく、イグを殺した魔族もこれ以上何もしないと理解すると、ようやく二人は安心したようだった。
オレがイグを死なせてしまった事を詫びると、二人はひどく驚いていた。そしてそれ以上に怯えていた。「なにか企んでいる」とでも思われたのかもしれない。ふつうの魔族ならするはずがない行動だからな。
話を続けても二人を怯えさせるだけだと思い知ったオレは、早々に立ち去ることにした。家を出る前に、イグが受け取るはずだった額の金貨を渡した。二人は信じられないという顔をした後で、とても嬉しそうにしていた……。
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あの二人が喜んだのは、イグが愛されていなかったからだろうか。それとも喜んでいるフリをしなければ、恐ろしい「魔族様」を怒らせると思ったからだろうか。どちらにしても……。
「ディニッサちゃんわぁ、変わってるよね~」
帰り道、オレを慰めるつもりか、しきりにロッセラが声をかけてくる。
イグの家にはロッセラとシビッラの二人を連れて行った。本来なら一人で出かけたいところだったが、ヘルベルトの件を考えると単独行動はできない。デトナを選ばなかったのは、デトナが遺族に冷淡な態度をとる姿を見たくなかったためだ。
それがこちらの世界では自然な行動だと、頭では理解したが、心は納得していない。気持ちが落ち着くまでは、出来る限りそういう場面は見たくない。その点、ロッセラたちとはまだ親密じゃないので、ダメージが少なくてすむ。
「ディニッサちゃんみたいに、平民大好きな魔族はみたことないわぁ」
「あまり人前には出ない生活をしていたと言っていたね。そのせいかい?」
ロッセラ姉弟は矢継ぎ早に声をかけてくる。どちらかというと、慰めているといより不思議がっているという気配だった。
「うむ。二ヶ月ほど前まで城から一歩も出たことがなかったからの。……わらわの態度は気に入らぬか?」
「私わぁ、ぜんぜん好き。なんか不思議でかわいいから。でも嫌がる魔族もいっぱいいるんじゃないかなぁ?」
船の魔族があまり仲間になってくれなかったのは、このあたりにも原因があったのだろうな。オレは平民である船員たちと親密な付き合いをしていた。平民を重視している変人だと思われてもしかたがないところだ。
ルオフィキシラル領にいる魔族が異常に少ないのも、このあたりのことが要因になっていると考えられる。父親が戦争で負け、ディニッサも家来を殺すような暴挙に出た。そういった問題はたしかにあったにせよ、あまりにも魔族が少なすぎる。
ディニッサに不満があるだけなら、官職につかず街で暮らしている魔族はもっといていいはずだ。だが北の大陸やこの町とくらべて、ルオフィキシラル領の人口あたりの魔族比率は極端に低い。
つまりルオフィキシラル領は、魔族にとって暮らしやすい土地ではないということだろう。そのぶん平民にとっては暮らしやすいのだろうが。
そうしてノランのような変わり者しか残らなかったわけだ。といってノランも、平民を自分と対等の人間だと認めているかは大いに怪しい。一般魔族の認識が「蟻」ならノランたちの認識は「犬」というところか?
──この状況は変えるべきだろう。
しかしどうやったら、世界に蔓延した常識を変えることができるのやら……。
* * * * *
荷車のところに戻ると、すでにみんな集まっていた。
オレがイグの家に行っている間、アンゴンには代わりの案内人を探してもらっていた。けれどちょうどいい人間は見つけられなかったらしい。
それもしかたない。オレたちが欲している案内人とは、この町の近くだけではなく、山脈を越えてルオフィキシラル領まで連れて行ってくれる人材だ。交通機関の発達していないこの世界では、それほどの旅をしている者はごく少ない。
今いるのは、ルオフィキシラル領のはるか北だ。南には険しい山脈が横たわっているが、それを越えて一気に国に帰る計画を立てている。山を避けて東か西へ向かえば、整備された街道を安全に旅できる。しかしそれでは遅い。
「姫さん、案内人はダメだったけど、この近辺の地図は買ってきたぜ」
「地図、かの……」
正直気が進まない。
土地勘のない素人が、地図を見ただけで山道を迷いなく進めるだろうか。
「安心してくれ、オイラは山に慣れてるし、ずっとオイラたちだけで行くわけでもねえぜ。山に入ってすぐのところに、山の民の村がある。そこで案内人を雇おう」
近くの村まで行くだけか。それなら大丈夫か……?
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オレとアカは荷車に乗り、アンゴンがそれを引く。残りの者たちには、先行して道の整備をしてもらった。走りながら、木や石を吹き飛ばしたり、どうしても通れない場所では、氷や鉄の橋を作ってもらうのだ。魔法の力は偉大だ。これなしだったら、山道を進むのにどれだけかかったかわからない。
町を出てわずか1時間ほどで、目的の村にたどり着くことができた。
実のところ、道に迷うのではないかと心配していた。しかしアンゴンは口先だけじゃなく、本当に山に慣れているようだった。ヤツは荷車を引きながらも、的確な指示をみんなに出していたのだ。
アカが乗っているため荷車は相当な重量だが、今のところアンゴンに疲労の色はない。でもずっと一人で引かせるわけにはいかないだろう。なんとか交代で引いてくれるよう、みんなを説得しないとな。
ちなみに、乗り心地は最悪だった。サスペンションもない原始的な車輪のため、めちゃくちゃ揺れる。案内人を連れて来なかったのは正解だったかもしれない。これに乗った平民が、まともに案内をできるとは思えない。
……あれ、そうなると村で案内人を雇ってもダメじゃないか? 誰かにオンブでもしてもらうか? でも、ぜったいみんな嫌がるだろうなあ……。
* * * * *
村についたオレたちは、手分けして案内人を探した。道に詳しい魔族とかがいれば最高なんだけど。
「は、はい、道案内は、できます! で、でも、問題が……」
荷車をものすごい速さで爆走させたため、オレたちが魔族であることはバレている。そのせいで、声をかけた女性はすごく緊張していた。
……しかしよく考えると、この世界の平民は大変だな。魔族からは相手が平民だとわかるけど、平民からは相手が魔族かどうかわからないんだぞ。それなのに誰かとモメて、もしその相手が魔族なら命が危ない。まるで地雷原を歩くがごとくだ。
と、よけいなことを考えている場合じゃないな。本題に戻ろう。
「問題とはなんじゃ?」
「は、はい、最近、南の山に恐ろしい魔物が住み着きまして」
「魔物かの。しかしわらわたちは、みな魔族じゃ。魔物の一匹ぐらいどうとでもできるのじゃ」
村人は微妙な顔をした。しかし何も言わない。
オレの言葉に反論したいけど、文句を言って怒らせると怖い、というところか?
「意見があるなら言うがよい。けっして怒ったりはせぬ」
「は、はあ。じつは、ものすごい数の魔物が住み着いているのです。それから、群れを率いている魔物は、今まで見たことがないくらい強く……」
魔物の群れか……。
もしかしたら、こっちの戦力を上回っているかもしれないな。
といって、今さら引き返すわけにもいかないんだが。
* * * * *
結局、この村では案内人を雇わなかった。魔物の群れとの戦いともなれば、巻き添えになって死ぬ危険性が高い。できればもう無駄に人を死なせたくない。
山を越えれば別の村があるらしい。魔物の住処を通り抜けてから、あらためて案内人を雇うことにした。ルートについては教えてもらったので、アンゴンがなんとかしてくれるだろう。きっと。
* * * * *
山に入ってしばらく進むと、前方から獣の咆哮が聞こえてきた。さらに、幾筋もの煙が上がる。どうやら、山の各所に火がついたらしい。魔物の仕業だろう。
「できるだけ、煙が上がっている場所を避けて進むのじゃ」
「……だ、ダメだ、姫さん、こっから先には行けねえ」
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