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閑話〜矢野本部長の独白〜
しおりを挟む無個性なリクルートスーツを着ていてもわかる、スタイルの良さと人目をひく容姿。
そんなものよりもむしろ、溌剌とした明るさと意欲と期待に満ちた眼差しの方が印象的だった。
今西 悠香。
彼女に会うのは実に6年ぶりだった。
我が社へ来るとは聞いていたが…入社式で新入社員代表を務めるとは聞いていなかった。
今は亡き親友の娘。
幼い頃から家族ぐるみの付き合いだったが、彼女がまだ幼い頃、親友が急死。
それからは何かと面倒を見てきたのだった。
最後に会ったのは彼女が高校生の頃だったか…。
記憶の中より大人びた親友の娘がやけに眩しく見えた。
そして2ヶ月の研修を終えた彼女の配属先は、本人の強い志願により技術設計の現場。
営業よりもモノづくりを望む期待の新人、ともっぱらの噂だった。
営業に引っ張ってくる事が出来れば、この手で育てる事も出来たが…。
残念に思いつつ、その時は立ち話をするのが関の山だった。
また今度、落ち着いたら飲みにでも。
そんな約束が果たされる事はなく、日々の仕事に追われ…気がつけば3年程がたった。
部署が異なれば、同じ本社勤務とはいえ会う機会もそうそうない訳で。
本社に隣接する工場へ寄った際、つなぎを着て油にまみれながら作業する彼女は、3年前とは別人のようだった。
明るく輝いていた笑顔は消え失せ、年配の男性に怒鳴られながら黙々と作業するその姿は、とても…辛そうに見えた。
男尊女卑の思考が未だ残る現場では、男性の倍…いや、3倍は努力し結果を残さなければ認められないという。
男社会の最たる部署の中で、神経をすり減らしているのが手に取るようにわかった。
『女だから』
『女のくせに』
一昔前よりマシになってきたとはいえ、特に現場では根強く残る女性蔑視。
技術面はともかく、どんなに鍛えても力仕事で男に勝てる事はないだろう。
その分、設計の腕を磨き様々な機器の資格免許を取り、頑張ってはいるようだが…彼女にとって居心地の良い職場では無いのかもしれない。
当時営業部長だった私を頼る事など、想像もしないのだろう。
もちろん部署も違うし、頼られたからといって何が出来たかはわからない。
それでもまっすぐで、ひたむきで、気概があって、他人をあてにせず自分の力でなんとかしようと頑張る所は、親友そっくりだ。
そんな折、彼女の手がけた製品を目にする機会があった。
まだ試作品のそれは、荒削りながら確かな技術に裏打ちされた、モノづくりへの熱意と意欲の感じられるものだった。
これなら売れる。
いや、売ってみたいと思わせる製品。
そんなモノに出会えたのは、いつ以来だったろう。
聞けば、彼女が初めて設計・製造を任されたモノだという。
久々に会って話を聞いてみると、初めて任された製造にとても意欲的で、以前のように笑顔で熱く語ってくれた。
凝ったデザインや小手先の技術をこれ見よがしにアピールするのではなく、あくまで取引先の意向に沿った、しかしより良いモノを共に作り上げていく姿勢。
それが彼女からは感じられた。
今はまだ構想段階でしかないが、彼女なら最後のプロジェクトの一端を任せてみても良いかもしれない。
モノづくりへの情熱を失わず、腐らずに良い物を作るために努力を重ねてきた彼女なら。
その思いは、彼女の初めてのモノづくりが成功を収めたと聞き、確実なものとなった。
* * * * * *
北条 智。
私が最後に育てた営業の1人だ。
当時から華やかな噂には事欠かない彼であったが、その噂自体、根も葉もないものである事を私は知っていた。
火の無い所に煙は…と言う者もいる。
しかし足を引っ張りたい他人が焚きつけ煽った噂など、どこ吹く風という彼のタフさ、そして噂を逆手にとって情報を集めるしたたかさは、目を見張るものがあった。
巧みな話術と爽やかな笑顔の奥に、何処か屈折したものを抱えているように見えたが、大抵の者は彼の上っ面ばかりを見ていた。
入社して数年でメキメキと頭角を現し、30歳になる年に営業1課主任に昇格。
異例の出世街道を走り続ける北条。
しかし、彼がこのプロジェクトに参加するようになってから、変わってきた気がする。
人懐こい笑顔はあくまで営業用の仮面。
本来の彼はそこまで人懐こくも軽薄でもない筈だが、今西へ向ける笑顔だけはどうも素の物のように見える。
今まで浮いた噂は数あれど、実際には付き合った女性など居た事のない(本人談)北条にとって、難攻不落の今西。
彼女もまた、優しげな見た目からは想像もつかない位、頑なで天然というか鈍感な一面を持つ。
今さら恋だの愛だの、むず痒い事を言う気はない。
しかしやり手の北条が今西相手に苦戦しているなど、傍から見ている者にとっては良い酒の肴でしかない。
プロジェクト内では、今西が落ちるかどうかの賭けも密かに行われているのだとか。
といっても、今の所落ちない方に賭けている者はいないというのだから…。
そもそも成立しようのない賭けだという事は、みな百も承知で楽しみつつも見守っているといったところか。
確かに、このプロジェクトをもって早期退職する私にとっても、興味深い賭けであるのは間違いない。
親友の娘と育てた部下か…。
万が一の際は、仲人を頼まれたりするのか?
そんな事を考えながら、活気溢れる事務所内を見つめていた。
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