ソツのない彼氏とスキのない彼女

吉野 那生

文字の大きさ
47 / 50
パラレルストーリー

聖なる夜の小さな奇跡・前

しおりを挟む

このお話は「ソツのない彼氏とスキのない彼女」のキャラを別設定で描いたクリスマス企画です。いつもとは違うようで同じかもしれない⁉︎そんなお遊び企画ですが、お楽しみいただければ幸いです。

 * * *


幼い頃から夜更かしなんてした事がなかった。
特にクリスマス・イブの日は、一緒に暮らしていた祖母に早く寝るように言われていた。


『イブの日はね、特別なんだよ。
ちゃんと寝た子には、勿論サンタクロースがプレゼントを持ってきてくれる。
けれど遅くまで起きていた子は、ブラックサンタに「夢」を奪われてしまうんだよ』


サンタクロースというとトナカイの引いたソリに乗り、子供達に夢と笑顔・プレゼントを配る赤い服に身を包んだ白髭のおじいさんを想像する人が多いだろう。

対して真っ黒な衣装に身を包み、子供達の「夢」…すなわち、楽しみや希望を奪ってしまうのが、ブラックサンタなのだという。

子供心に祖母の語るブラックサンタはとても怖い存在だった。

そんな怖い人がやってきてはたまらない。
私はプレゼントの期待に胸をドキつかせつつも、ブラックサンタを恐れて早々に寝付いてしまう子供だった。

 *

いつもより幾分早い時間ではあったが、最後のお客様が帰ったので店内の照明を絞り、閉店の札を下げる。
私が食器を洗い始めると、美里もカウンター内の片づけをはじめ、足りないものを手際よく補充していく。
その間に、野口君が明日の仕込みを始めていた。

いつもはレジを閉めるのも美里にお願いしているけれど、今夜はイブ。

江藤君が通りの向こうで寒そうに肩をすくめながら美里を待っている姿を、さっき閉店の札を下げに行った時に見つけていた。

「ご苦労様、美里。ここはもういいわよ。
それより早く行ってあげて」

佇んでいる彼に気づいたのか「アイツ…」と鼻にしわを寄せた美里の耳は真っ赤で。

人当たりがよく優しい彼女らしからぬ少し乱暴な物言いが、実は照れ隠しだと知っている私は美里の背をとんと押した。

「メリークリスマス、江藤君によろしくね」

「はい、お疲れ様です。
それと、悠香さんもメリークリスマス」

笑顔で店を出る美里に手を振り、私は店のカギをかけて厨房に戻った。

「野口君も、那月が待っているんでしょう?」

「しかし、明日の仕込みがまだ…」

「明日、ちょっとだけ早く来てくれたらそれでいいわ」

「…ありがとうございます、ではお先に失礼します」

自分で作ったケーキ自分で作ったケーキの箱を抱え帰っていく野口君を見送り、私は最後まで残っていた北条さんを振り返った。

「北条さんもお疲れさま。
私は明日の仕込みが残っているから片づけて帰るわ」

「そうですか。
んじゃ、メリークリスマス、オーナー」

「あなたも、メリークリスマス」
 
裏口から北条さんが出ていくと、たいして広くもない厨房がしんと静まり返った。
 

ここは、ビストロ、プティ・エンジェル。

オーナーシェフ兼パティシエの私、今西悠香とシェフの野口君、ギャルソンの北条さん、ウェイトレスの美里。

この4人で切り盛りしている店は、4人掛けのテーブルが3つに2人掛けのテーブルが1つ、カウンターが3席とこじんまりしている。

けれど、念願かなって手に入れた私の「城」だ。


この年齢で自分の店を持つ事もだけど、店を続けていく事、常にお客様の求める味を提供し続けていく事は本当に難しい。

サービス、味、店の持つ雰囲気、そしてコストパフォーマンス。
どれが落ちてもあっという間に客足は遠のいてしまう。

美味しい食事を提供するための努力は惜しまなかったし、その点うちはスタッフにも恵まれていると思う。
 

シェフの野口君が作る料理は繊細でとても優しい。
また、彼は向上心も旺盛で、うちの定番メニューをいくつも作り出してきた。
オープン当時からのスタッフでプライベートでも良き友人だ。
それに、彼の婚約者は私の親友でもある。
来春挙式する那月とは、似合いの夫婦となるだろう。
 
ウェイトレスの美里は細かいところにもよく気が付き、お客様の望む接客を心掛けてくれている。
実際、彼女の笑顔と細やかなサービスで客層がぐんと広がった。
お客様としてやってきた江藤君に見そめられ、彼の強引ともいえるアタックの末、ようやくお付き合いする事になった…のは、ここだけの話。
 
そして、最近ギャルソンとして入った北条さん。
やや軽薄な感は否めないものの、彼の勤務態度は悪くはない。
女性限定と断言する笑顔は(そういう事をさらりと言う辺りが軽そうに見えるのだ)…確かにさわやかだ。
少なくとも彼が来てから、美里とは違う意味でこの店の客層が広がったのは事実だ。
 
そつのない接客と甘いマスクでランチの時間帯は主婦層の、それ以外の時間帯は学生と社会人のお客様が増えたのだから。
 

それに…彼のおかげで増えたお客様がケーキをオーダーしてくれるようになったので、スイーツの売り上げも上々だ。

その点においては、今が一番いい時期なのかもしれない。
私にとっても、店にとっても。

仕事は楽しいし店もうまくいっていて、良い仲間や何でも言い合える親友がいて。

…これで、私だけを見てくれる素敵な男性がいたら、なんて考えるのは贅沢なのかもしれない。
などと考えている間に、仕込んでおいたプリンが焼きあがったのでオーブンから取り出し粗熱をとる。
 
予約数よりも多めに作ったブッシュドノエルも完売し、それ以外のケーキも今晩は概ね売り切れてしまった。
けれど明日にはクリスマスモードもおしまい。

通常店に出しているチーズケーキにフルーツなどのタルトが主力に戻る。
とはいえ、タルトの生地は焼きあがっているしあとは明日作ればいいから、とり会えず今日は帰ろう。
レジの中に入っているお金と帳簿を合わせて金庫に入れ、何気なく時計を見ると‪23時‬を過ぎたところだった。

 
どうやら、みんなが帰ってからかなりの時間が過ぎていたみたい。
厨房の灯を落とし私は裏口から出た。
店の中にいたからわからなかったけれど雪が降りだしていたみたい。

「ホワイトクリスマス、か」

遅い時間のせいか通りには人影もまばらで、奇妙なくらい静かな夜だった。
 

…その時。
マフラーに顔を埋めるようにしながら歩き出した私の視界を突然何かがよぎった。

「…?」

 
街路樹の間を何か物体…ヒト?がものすごい勢いで吹っ飛んでいき、通りの向こう側にどさりと落ちた。

「…北条、さん?」

思わず駆け寄った私の目の前には、痛そうに顔をしかめた北条さんがいた。
 

「大丈夫ですか?立てますか?」

「…俺が見えるのか?」

「は?…えぇ、見えますわよ」

おかしいな、とぶつぶつ言いながらも首を傾げる彼に手を差し出す。
素直に私の手につかまりながら彼は立ち上がり…そして、ハッと周囲を見渡した。

「北条、さん?」

「ここは危険だ、早く離れて」

いつもの飄々としてどこか掴みどころのない彼の、押し殺した怒声に咄嗟に反応することができなかった。

呆然とする私を背にかばい注意深く辺りを窺う北条さんは…正直いつもの彼とは別人のようで。

ヒュン!

闇を切り裂き飛んでくる音が聞こえるのと、彼に押し倒されるようにして避けるのと、一体どちらが早かったか。

背後にあった街路樹が抉れ、砕かれた破片が飛び散るのを半ば呆然と見つめる。

「っ!」

足元に転がった石の大きさとその威力に、ジワリと嫌な汗がにじむ。

「走れるか?」

訳も分からないまま頷くと、抱きかかえられるように支えられいきなり全力疾走を強いられた。
そのまま物陰に身を隠し、上がった息を整える。

「ごめんな、面倒なことに巻き込んで。
とりあえず奴を撃退したら、安全なところまで送るから」

彼の言葉が終わるや否や鈴の音が近づいてきて、何処からともなくソリを引いたトナカイが現れた。

「さ、乗って」

押し込められるように乗ったソリに2度3度と衝撃が走り、無我夢中で目の前にあったソレにしがみつく。

「…悠香さん?大丈夫か?」

ややあって、聞こえてきた心配そうな声が思いのほか近くで聞こえ、私はハッと顔を上げた。

同時に、我を忘れて彼のたくましい首に両腕を回していた事に気が付き、慌てて手を放した。

「ご、ごめんなさい」

「いや、それよりケガは?」

「いえ大丈夫です」

そっか…と安心したように息を吐き出した北条さんは、すぐに唇を引き結び油断なく銃を構えたまま周囲を窺う。

初めて見る厳しい顔つきの彼は、普段とは全くと言ってよいほど様子が違っていて。

でも…よく考えてみると、私は彼のことを何も知らない頃に気が付いた。


彼が店にやってきたのは3か月前のこと。
仕事中は一緒にいるけど2人きりという訳ではないし、彼はプライベートについてはあまり話をしたがらないから、こちらも無理に聞き出そうとはしていなかった。

彼の普段の話し方や接客態度などからその人となりを察することは出来ても、それは彼が私たちに「見せて」いる姿に他ならない。


そう。

北条さんが普段見せている姿が、本当の彼とは限らないのだ。



——彼にはまだ、私の知らない一面があるのだ。

そんな当たり前の事実に、なぜか胸がツキンと傷んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

社内恋愛の絶対条件!"溺愛は退勤時間が過ぎてから"

桜井 響華
恋愛
派遣受付嬢をしている胡桃沢 和奏は、副社長専属秘書である相良 大貴に一目惚れをして勢い余って告白してしまうが、冷たくあしらわれる。諦めモードで日々過ごしていたが、チャンス到来───!?

足りない言葉、あふれる想い〜地味子とエリート営業マンの恋愛リポグラム〜

石河 翠
現代文学
同じ会社に勤める地味子とエリート営業マン。 接点のないはずの二人が、ある出来事をきっかけに一気に近づいて……。両片思いのじれじれ恋物語。 もちろんハッピーエンドです。 リポグラムと呼ばれる特定の文字を入れない手法を用いた、いわゆる文字遊びの作品です。 タイトルのカギカッコ部分が、使用不可の文字です。濁音、半濁音がある場合には、それも使用不可です。 (例;「『とな』ー切れ」の場合には、「と」「ど」「な」が使用不可) すべての漢字にルビを振っております。本当に特定の文字が使われていないか、探してみてください。 「『あい』を失った女」(https://www.alphapolis.co.jp/novel/572212123/802162130)内に掲載していた、「『とな』ー切れ」「『めも』を捨てる」「『らり』ーの終わり」に加え、新たに三話を書き下ろし、一つの作品として投稿し直しました。文字遊びがお好きな方、「『あい』を失った女」もぜひどうぞ。 ※こちらは、小説家になろうにも投稿しております。 ※扉絵は管澤捻様に描いて頂きました。

不遇な令嬢は次期組長の秘めたる溺愛に絡め取られる。

翼 うみ
恋愛
父の会社を立て直す交換条件のため、ほぼ家族に身売りされた形で関東最大級の極道・桜花組の次期組長に嫁入りしたジェシカ。しかし母を亡くして以降、義母と義妹に虐げられていたジェシカは実家を出られるなら、と前向きだった。夫となる和仁には「君を愛することはない」と冷たく突き放される。それでもジェシカは傷つくことはなく、自分にできることを探して楽しんでいた。 和仁には辛い過去がありそれ故に誰のことも愛さないと決めていたが、純真で健気なジェシカに段々と惹かれてゆき――。 政略結婚から始まる溺愛シンデレラストーリー。

ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています

紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、 ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。 「もう君は、僕の管理下だよ」 退院と同時に退職手続きは完了。 住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。 外出制限、健康管理、過保護な独占欲。 甘くて危険な“保護生活”の中で、 私は少しずつ彼に心を奪われていく――。 元社畜OL×執着気味の溺愛社長 囲い込み同棲ラブストーリー。

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に

犬上義彦
恋愛
『御更木蒼也(みさらぎそうや)』 三十歳:身長百八十五センチ 御更木グループの御曹司 創薬ベンチャー「ミサラギメディカル」CEO(最高経営責任者) 祖母がスイス人のクオーター 祖父:御更木幸之助:御更木グループの統括者九十歳 『赤倉悠輝(あかくらゆうき)』 三十歳:身長百七十五センチ。 料理動画「即興バズレシピ」の配信者 御更木蒼也の幼なじみで何かと頼りになる良き相棒だが…… 『咲山翠(さきやまみどり)』 二十七歳:身長百六十センチ。 蒼也の許嫁 父:咲山優一郎:国立理化学大学薬学部教授 『須垣陸(すがきりく)』 三十四歳:百億円の資金を動かすネット投資家 ************************** 幼稚園教諭の咲山翠は 御更木グループの御曹司と 幼い頃に知り合い、 彼の祖父に気に入られて許嫁となる だが、大人になった彼は ベンチャー企業の経営で忙しく すれ違いが続いていた ある日、蒼也が迎えに来て、 余命宣告された祖父のために すぐに偽装結婚をしてくれと頼まれる お世話になったおじいさまのためにと了承して 形式的に夫婦になっただけなのに なぜか蒼也の愛は深く甘くなる一方で ところが、蒼也の会社が株取引のトラブルに巻き込まれ、 絶体絶命のピンチに みたいなお話しです

シンデレラは王子様と離婚することになりました。

及川 桜
恋愛
シンデレラは王子様と結婚して幸せになり・・・ なりませんでした!! 【現代版 シンデレラストーリー】 貧乏OLは、ひょんなことから会社の社長と出会い結婚することになりました。 はたから見れば、王子様に見初められたシンデレラストーリー。 しかしながら、その実態は? 離婚前提の結婚生活。 果たして、シンデレラは無事に王子様と離婚できるのでしょうか。

処理中です...