灰かぶりの姉

吉野 那生

文字の大きさ
9 / 56
大学生

対峙〜綾香〜


夕食時にインターフォンが鳴り、お姉ちゃんが出た。
その後、なんか揉めてる気配に野口さんも出て行き、そして聞こえてきた大声。

「綾香!いるんでしょ、お母さんよ」

その声に、頭が真っ白になった。


——え?
ちょっと待って、お母さんって何?
どういう事?

耳がキーンとして、聞こえている筈の“声”がただの“音”になる。

「綾香!」

その声に、どうしてかはわからないけど体が勝手に反応していた。

フラフラと廊下に出た私を見つけた途端、母はお姉ちゃんを押しのけ勝手に上がり込み…そして私を抱きしめた。


何が起こったのか、よくわからなかった。

何故、母がここに居るのかも…。
何故私に会いに来て、抱きしめているのかも。


「綾香!会いたかったわ、あんたもそうよね?」

仰々しく再会を喜ぶ声も、満面の笑みもどこか嘘っぽくて。
香水のキツイ匂いと、何より母の毒気にあてられて、私は呆然と立ち尽くした。


「…こんな真っ青な顔で体を強張らせて、あなたを抱きしめ返しもしない綾香ちゃんが、本当にあなたに会いたかったと、そう思うんですか?」

野口さんの冷静な指摘が耳に届き、今更ながら身体が震えてきた。
そんな私を離し、顔を覗き込むと母は不満そうに鼻を鳴らした。

それでも
「親子なんだから、会いたかったに決まっているじゃない」
と嘯く母に、余計に混乱する。


——私、会いたかったなんて一言も言ってない!
ていうか、この人は何がしたいの?
今更現れて何のつもり?


「それよりあんた達誰よ。
いや、誰でもいいけどちょっとは遠慮しなさい。
娘と2人きりで話がしたいの」

「2人きりで会いたいかどうか、決めるのは綾香だと思います。
少なくとも突然押しかけて、勝手に人の家に上がり込んできたあなたじゃない」


お姉ちゃんの硬い声、そして野口さんの怒りを孕んだ視線に勇気をもらい、私は母の胸をそっと押した。


「話ならここで、お姉ちゃんとみんなで一緒に聞きます」

「何よ、私はあんたと話がしたいの」

「…じゃあ帰って」

震える指で玄関を指す。


お姉ちゃんが心配そうにこちらを伺っているのが見え、さらに勇気をもらった私は

「私は別に話はありません。
会いたい訳でもなかったです。
大体、子供の頃に私を捨てて出て行った人が、今更何の用ですか」

と、母を見上げ…目が合った瞬間。
苛立ったように細められたその瞳の中に、滴るような毒を見た気がして身体が竦んだ。

そんな様子に気づいたのか、母は誤魔化すような笑みを浮かべ、またしても勝手にリビングのソファに腰を下ろした。

  * * * 

勝手にやってきて勝手に上がり込んだ母は、やはり勝手な人だった。


最初こそ、私を置いて家を出た事を後悔しているだの、私の事を忘れた日は1日もなかっただの言って、謝ってきたけれど。
そのうちパパが亡くなった以上、私の親権は自分のものだと主張し始め、雲行きが一気に怪しくなった。


一家の主でもお客様でもない…それどころか呼ばれもしないのに押しかけてきて、ソファで踏ん反り返って。
この人は…ほんとに私の母なんだろうか。


またしても酷い耳鳴りがしだして、母の声がノイズ混じりのダミ声となる。


「綾香を生んだのは私よ!
綾香の事は私が1番よくわかっているわ」

「本当にそうでしょうか?」


いつものように隣に腰掛けたお姉ちゃんが、何も言わなくなった私の代わりに、母に反論してくれてる。


「何よ!何が言いたいっていうの?」

「私が綾香と暮らしたのは8年。
綾香を置いてあなたが出て行ったのが、6歳の時と聞いています。
ならば単純に暮らした年月だけでも、私の方が綾香と長く一緒にいます」

「そんなの…そんなの他人のあんたに何がわかるっていうのよ」

「少なくとも留守がちだったあなたよりは、私の方が綾香の好きな食べ物も服の好みも、友達の名前も知っていると思いますよ?
それに、私と綾香は他人じゃありません。
血が繋がっていなくても、姉妹です。
綾香は私の大切な妹です」


言いながら、お姉ちゃんは私の手をギュッと握ってくれた。
それだけで冷たくなっていた指先がほんのり暖かくなり、酷かった耳鳴りが少しだけ治った気がする。


「それに親権親権って言ってますけど、親権って片方が亡くなったからといって、自動的にもう片方に移るものではないんですよ」

「…え?」

野口さんの低い声に、全員の視線が集中する。

「お話を聞くに、幼い綾香ちゃんを捨てて離婚したあなたが、今更親権を主張するのは無理があると思いますよ。
仮に必要な手続きをしても、判断するのは裁判所です。
あなたではありません。

それに、知ってますか?
子供の親権者を親が決められるのは、14歳まで。
15歳からは自分で決められるんです」

「…だから?」

「つまり綾香ちゃんには、あなたを選ばない権利がある」


——母を、選ばない、権利。

野口さんの言葉は、すとんと胸に落ちた。



「っ!何よ、綾香!
そんな事ないわよね?ママと暮らしたいわよね?」

大声で喚く母の目は吊り上っていて、とても怖かったけれど…。

お姉ちゃんを見ると、ちゃんと目を合わせて頷いてくれた。
野口さんも心配そうに見守ってくれている。


それでも、母にこれを言うのはありったけの勇気をふり絞らなくてはいけなかった。


「私…イヤです」

「…え?」

「イヤです、あなたとはもうとっくに他人です。
私の家族はお姉ちゃんだけ」


感想 0

あなたにおすすめの小説

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

訳あり冷徹社長はただの優男でした

あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた いや、待て 育児放棄にも程があるでしょう 音信不通の姉 泣き出す子供 父親は誰だよ 怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳) これはもう、人生詰んだと思った ********** この作品は他のサイトにも掲載しています

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

君に何度でも恋をする

明日葉
恋愛
いろいろ訳ありの花音は、大好きな彼から別れを告げられる。別れを告げられた後でわかった現実に、花音は非常識とは思いつつ、かつて一度だけあったことのある翔に依頼をした。 「仕事の依頼です。個人的な依頼を受けるのかは分かりませんが、婚約者を演じてくれませんか」 「ふりなんて言わず、本当に婚約してもいいけど?」 そう答えた翔の真意が分からないまま、婚約者の演技が始まる。騙す相手は、花音の家族。期間は、残り少ない時間を生きている花音の祖父が生きている間。

夜の帝王の一途な愛

ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。 ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。 翻弄される結城あゆみ。 そんな凌には誰にも言えない秘密があった。 あゆみの運命は……

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?