灰かぶりの姉

吉野 那生

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大学生

対峙〜那月〜


大人しい綾香にしては珍しくきっぱりと、実母に自分の意思を伝えた瞬間。

バシン!と凄い音がして、綾香が頬を押さえた。
ペチン、なんて可愛らしいものではなかった。
ほぼ全力だったのではないかという勢いで、綾香の頬を叩いた女を睨みつける。


「何するんですか、綾香の事ぶったりしてどういうつもり?」

「うるさい!子供は親の言う事を黙って聞いてりゃいいのよ」


綾香を庇うよう抱きしめた私めがけて、再び手を振り上げるその女。

けれど、予想した衝撃は訪れなかった。


「人様の家に勝手に上がり込んだ挙句、思い通りにならないと暴力か。
あんた何様だよ、警察呼ぶぞ」


ギリギリと女の手を掴み上げ、いつも冷静な彼にしては珍しく顔を真っ赤にして怒鳴る航平。

「ちょっと!離しなさいよ、痛いじゃないの」

「痛かったのは綾香ちゃんだ」

「離せって言ってんの!」

ソファに置いてあったクッションや、嫌々ながらも出したお茶まで、手当たり次第投げつける女の醜悪な姿に私は、迷わず110番していた。



最初は家庭内のいざこざだと思ったらしい警察官も、リビングの惨状に言葉を飲んだ。

食器は散乱し、割れたり中身が飛び散ったり。
投げつけられたクッションが当たったせいで、花瓶も花もひっくり返り、写真たてが落ちて割れてしまった。
その上、頬を腫らし怯える綾香と、女を取り押さえようとして揉みあった際、メガネが吹っ飛んだ航平の顔にできた擦り傷。
極め付けは、航平がこっそり録音していた会話の一部始終。


状況証拠に私達の証言、録音データという証拠が揃っていて、言い逃れもできない状況で、それでも女は見苦しく自分の正当性を主張していた。

被害届を出されますか?と聞かれたので、もちろんと答える私を、女は憎悪のこもった目で睨みつけた。



はた迷惑な女が警察に連れられ、出て行ったので玄関に鍵をかける。
本当は塩でも撒きたい気分だったけれど…綾香の心境を思うと、流石にそれはできなかった。

リビングに戻ると、綾香はまだ震えていた。
その横で航平が割れた食器や写真たてのガラスを取り除いてくれている。

「なんか、ゴメンね、色々迷惑かけちゃって」

「那月が謝る事じゃないぞ。
それに綾香ちゃんが罪悪感を感じる必要も、1ミリだってないからな」

割れ物はまとめて新聞紙で包み、飛び散ったお茶を雑巾で拭く。
念入りに掃除機もかけて、汚れてしまったソファやクッションを眺める。

すると、ここでようやく綾香が口を開いた。


「何なの?何がしたかったの、あの人…」


困惑と恐怖の混じった涙声に、胸が痛む。
しかも、しでかしたのは自分を捨てた筈の母。

「なんで今頃のこのこ現れて、親権とか騒いでるの?
しかも暴れるわ大声出すわ、あれが大人のする事?
何よ、私の気持ちを確かめもしないで勝手な事ばかり言って!
あんな人!あんな勝手な人、大っ嫌い‼︎」

両手で頭を抱え、最後は悲鳴のように叫んだ悲痛な声に、綾香をそっと抱きしめる。
かわいそうに、綾香はガタガタと震えながら両目をきつく閉じて泣きじゃくっていた。

   * * *

泣き疲れて眠ってしまった綾香をソファに横たえ、ダイニングで私と航平は様子を伺っていた。


まだ食事の途中だったのだけど、食欲はすっかり失せてしまった。
ぬるくなってしまったお茶を捨て、少し迷って冷蔵庫からビールを取り出す。

「おいおい、大丈夫か?
お前、殆ど飲めないんだろ?」

「ちょっと飲みたい気分なの、付き合って」

グラスも用意せず、プルタブを開けて直接口をつける。


「ま、気持ちは分からなくもないけどな」

一気に煽ったビールは、思っていた以上に苦味が感じられて…美味しくはなかった。


「それにしても、親権の事とかよく知ってたね。
法律関係詳しいの?」


何気ない質問だったのに聞いた途端、航平の顔が強張った。


——あれ?
なんかまずい事聞いた?

疑問がそのまま顔に出たのだろうか?
曖昧な笑みを浮かべると航平は

「昔、ちょっとな。
それよりあの女、何しに来たんだろうな」

明らかに話をすり替えた。

なんだか突っ込んで聞いてはいけない雰囲気なので、振られた話題に乗っかる事にする。
というか、そもそもこっちが本題だった。


「そうよね、綾香を引き取りたい?今更?何の為に?」

珍しく350mlを一気に飲み干したせいで、若干クラクラする。


「そりゃ、財産目当てとか?」


——財産、目当て?

言葉の意味がわからない訳ではなかったけれど、ピンとこなかった。

「財産って…」

「いや、あくまで想像。
仮だとしても、だいぶ胸糞悪い話だけどな」

「お金?」

飲み慣れていないのに、一気にアルコールを摂取したからか、頭がフワフワして思考が纏まらない。
そんな私に航平は声を潜め、まるで内緒話をするように囁いた。

「そう。
綾香ちゃんのお父さんと離婚してるから、自分には遺産を相続する権利がない訳だろ?あの女には。
けど、綾香ちゃんを面倒見るって事にすれば、ある程度まとまった金が手に入るとか、そんな感じ」


航平の言っている意味を考えて、ゆっくりと理解が追いついた瞬間、込み上げてきたのは純粋な怒り。

「そんな事の為に、わざわざ乗り込んできて綾香を傷つけたっていうの?」

「あくまで可能性の話だけど」

お腹の底の方からムカムカして、腹立ちが治らない。

「バカじゃないの?あの女」
 

幼い綾香を残して平気で家を出て行った人だから、普通の感覚の持ち主ではないのだろう。
その後も連絡をしてきたり、綾香に会いにきたりという事は一切無かったらしいし。

なのに、どこで義父さんの死を聞きつけたのかいきなり現れて、訳のわからない主張が通らないと暴れて綾香を傷つけて…。


同じ日本語を話している筈なのに、言葉が通じないというか…尋常ではない“何か”を感じ、今更ながら鳥肌がたった。


「あの人…諦めてくれるかな?」

「どうかな?借金とかで困ってるんなら、そう簡単には諦めないかも」


それは、不吉な予言のようだった。
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