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入社1年目
黄金週間〜航平〜
那月が就職して最初のGW。
お互い部署が違うし、顔を合わせる機会もない為、同じ職場で働いているという実感はまだない。
けれど1度だけ遠くから見かけた事がある。
その時は社食で同期と思しき奴らと楽しそうに、笑いながら飯を食っていた。
——那月が笑っている。
新入社員でまだ慣れなくて、辛い事もあるだろうと心配していたけれど、拍子抜けする程明るい笑顔にホッとしたのも事実。
けれど…その場にいた女子だけでなく、男子にまで分け隔てなく笑顔を振舞っているのに、ムッとしたのも…また事実だった。
——たいがい大人気ないよな、俺も。
那月の笑顔を他の奴らに、オトコどもに見せたくない。
俺だけが独り占めしたい、と思ってしまうなんて。
器の小ささに我ながら驚きもしたのだけど。
何よりも自嘲めいた思いが、俺に踵を返させた。
社会に出て、これから那月の世界はどんどん広がっていくのだろう。
今までは共通の知り合いも多かったし、彼女の交友関係は大体把握していた。
けれど、これからは知らない奴の方が増える筈。
俺の知らない那月を、知る奴が現れる。
改めて突きつけられたその事実は、苦い薬のようにじわじわと胸にしみた。
* * *
期末の繁忙期と年度初めの慌ただしさで、お互い顔を合わせる事も難しかったが。
4月も過ぎ黄金週間になると、ようやく余裕も出てきたので、久しぶりに一緒に出かける事にした。
人の多さは覚悟の上で、待ち合わせたのはベタだけど山下公園。
そこから港の見える丘公園や元町、中華街近辺をブラブラ歩く予定。
はぐれないよう絡めた手をきゅっと握った那月は、久しぶりに会ったせいか何処かいつもと違うように見えた。
ついマジマジと見つめてしまった俺の視線に気づき、那月がこてんと首を傾げる。
——そんな仕草も可愛いな。
でもやっぱり今日はなんか、いつもと違う。
何処がどうとは言えないけれど…。
「なんか、雰囲気変わった?」
じっと見てもわからないので、諦めて聞いてみると那月は嬉しそうに微笑んだ。
「わかる?実はゆづに教えてもらってメイクを変えてみたんだ」
「…ゆづ?」
知らない名前に、黄色いクマが好きなアイドル顔負けのスケーターじゃないよな?とこちらも首を傾げてしまう。
「あぁ、同期でね藤川 柚月っていう子なの。
柚に月で柚月。
お互い名前に月が入ってるねって、インターンの時に意気投合して、それから“ナツ”“ゆづ”って呼び合ってるんだ」
「なるほど」
メイクの細かい違いは正直わからない。
でも今の雰囲気というかメイクは、キツく見えがちな那月の雰囲気を柔らかいものにしている。
似合っていると思う。
かなり、良い。
だから正直に言ってみた。
「凄く似合う、可愛い」
そう告げると、那月は頬を染め嬉しそうに俯いた。
——くそ!やっぱり可愛いな!
緩くまとめている癖のない髪も、ストンとしているのに体に沿ったワンピースも。
サクランボのようにツヤツヤと色付いた唇も、はにかんだように目元を赤く染めるその笑顔も。
他の誰にも見せたくない。
それが無理でも、他の誰にも渡したくはない、絶対に。
湧き上がってきた独占欲が、願望となって飛び出した。
「そういえばまだ就職祝い、渡してなかったな。
今更かもしれないけど…腕時計なんてどうかな?」
何か身に付けるもので、出来ればお揃いにできて。
かといってペアリングなんてのは、ハードルが高い。
だから、せめて腕時計とか。
やや身勝手な願望だと思う。
けれど、いつも身につけてくれる物が良い。
ついでにそれを目にするたび、俺の事を思い出してくれれば。
そんなに俺の浅ましさなど気付きもしない那月は、ニッコリと笑った。
「就職祝いはさすがに悪いよ。
けど、お揃いの時計だったら嬉しいかも」
——無意識ですか?那月さん。
グハッと口から何かが出そうになった。
砂糖のような何かが。
俺、そんなわかりやすいんだろうか?
それとも、那月も俺と同じ気持ちでいてくれた?
なら…嬉しいんだけど。
「…ダメかな?」
上目遣いにこちらを伺う那月が、また可愛くて。
もちろんダメという事など、ある筈もなく。
元町の洒落た時計店で、お揃いの時計を選ぶ。
高価な物でもブランド物でもない。
口実にした就職祝いにしても、どうかと思うようなお手頃価格ではあったけど…。
けれど、お互いすっきりとしたデザインが気に入ったので、その場で互いの腕に着け店を出る。
客観的にみたらどこのバカップルだ、という感じだろうが、そこは本人達が良しとしているのでほっといてほしい。
それからはブラブラ歩いたり、だいぶ並んで那月の好きな紅茶専門店でアフタヌーンティを頂いたり。
1日中歩き回って足はパンパンだけど、隣には那月がいて、同じ物を見て同じ物を食べて色々話して笑って、とても充実した1日だった。
綾香ちゃんも彼氏(多分)とデートだと聞いたので、晩ご飯を食べてから那月をマンションまで送り届け、電車に乗り込んだ。
今までつけていた腕時計はステンレスのベルトだったが、この時計は革のベルトだ。
その感覚はまだ慣れないけれども、これからゆっくりと慣れていけばいい。
買ったばかりの時計を見ながら、そんな事を考える。
気の利いた事を言える訳でも、特別見た目が良い訳でもない。
どちらかと言えば平々凡々。
ろくな取り柄もないような俺だけど、那月とお揃いの時計を身につけ、同じ時を刻んでゆく。
そう思える事が本当に嬉しかった。
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