灰かぶりの姉

吉野 那生

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入社1年目

花火デート


その日は珍しく残業だった。


明日朝イチに行われる入札資料の作成という事で、経験不足新人の私の手も借りたいと言われたのだけど。
先輩方に言われるまま、コピーを必要部数とったり、綴じたり。
そんな雑用でも、一度に大量をこなすとなると、なかなかに大変なのだ。

コピーした用紙を順番に並べ、1枚ずつ重ねてページを確認して綴じる。
たったそれだけなのに、やたらと量があるおかげで時間がかかってしまう。


その上

「ごめん!これ差し替え。
15ページ目なんだけど、全部お願い」

せっかく綴じた資料のホチキスの針を外し、差し替え分を入れ替えて、またページを確認し綴じる。

そんな地味な作業をしていると


—ドン!

大きな音が鼓膜を震わせた。


「あー今日、花火大会だねぇ」

やや疲れた様子で、浅野さんが肩をゴキゴキと回しながらそう言った。

「花火なんて、もう何年とお目にかかってないけどな」

山野主任もPC画面から顔を上げ、目の周りを揉みながらそう呟く。


「まぁそんな事言わずに、俺らと残業デートしましょうよ、主任」

「デートならむさ苦しい男性より、見目麗しい女性が良いんだけどな」

いれられた茶々に苦笑いで返す主任は、意味ありげにこちらを見た。


——え?

思わず後ろを振り返ったけど、後ろには誰もいない。
そして主任の方に目を向けた時は、もう既にPC画面を見つめていた。



——気のせい、だよね。

目があった気がしたけど…多分、何気なくこっちを見ただけなんだろう。


「国枝さん、お疲れ様。
あとはもう帰っていいよ」

資料はある程度揃ったし、プロジェクターやケーブルの準備もして、全部まとめて袋に入れたところで、浅野さんから声がかかった。


「え?もうよろしいんですか?」

「うん、もう大体準備できたから大丈夫。
ありがとね、助かったわ」


大してお役に立てた気はしないけど、大丈夫ならもう良いのかな。
そう思い、手早くデスクの上を片付け帰る用意をする。


「すみません、お疲れ様です。
お先に失礼します」

と声をかけると、エレベーターホールに向かった。


その時、カバンの中にあるスマホが震えた。

取り出してみると、航平からのLINEが。


『今、どこにいる?もう帰ったのか?』

何か急ぎの用でもあったのかと思い

『今から帰るので、本社のエレベーターに乗り込んだところ』

と返すと、今度は

『なら、屋上で待ってて。
今から俺もそっちいくから』

と来た。
1階まで降りてしまったので、そのまま航平の言う通り、折り返して屋上へ向かう。


——というか…屋上に上がれたっけ?

と思いながら待っていると、すぐに航平がやって来た。


「航平、お疲れ様」

「那月もお疲れ」

本社のフロアよりも高い所にきたせいか、先程より花火の音が大きく聞こえる。

航平は暗がりの中、鍵を取り出して屋上の扉を開けた。


「…え?」

「鍵、借りて来たんだ。
ここからなら花火が見える」

扉を開けると、目の前には大輪の花火が艶やかに開いた。


「わぁ、綺麗」

夏生まれの私は、字が違うとはいえ名前に“ナツ”が入っている。
赤ん坊の頃、花火の大きな音を怖がるどころか、はしゃいで喜んでいたらしい。
それくらい昔から花火が好きだった、と母が笑っていた。

航平と2人鉄柵にもたれて、向かいのビルから顔を覗かせる花火を見つめる。

赤や黄色、緑に青。
鮮やかな花火が空中で一瞬咲き誇り、ゆっくりと消えてゆく。


今年は、というかこれから先は、学生の頃のような気分で花火を楽しむ事は出来ないんだろうなと思っていた。

浴衣を着る事も屋台で食べ物を買う事も…航平と一緒に花火を見る事も、ないんだと思っていた。


今日みたいな急な残業があるかもしれない。
出張でいない事もあるかもしれない。
仕事で疲れて帰宅して、花火を見る気力が残っていないかもしれない。


だからこそ、こうして今航平と2人で花火が見る事ができているという事が嬉しかった。
とても幸せだ、とそう思った。


「ありがとね、航平。
今年も花火を一緒に見られて嬉しい」

「おう、また来年も一緒に花火を見ような」


たわいもない約束ができる事が、本当に嬉しかった。

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