灰かぶりの姉

吉野 那生

文字の大きさ
33 / 56
入社1年目

イブの約束


入社して初めてのクリスマスイブ。

年末の忙しない空気や、連日の忘年会にバタバタするものの、何とか今年も残り1週間というところまで来た。

「お先に失礼します」

特に急ぎの用もなかったし、皆もソワソワと帰り支度を始めていたので、私も便乗して課を出る。


「お疲れ様、今日は特に可愛いカッコしてるね、デート?」

エレベーターで一緒になった主任が、コソッと囁いてきた。


人によっては、セクハラとも取れる質問だったけれど、その時は特に何とも思わなかった。

ただ…入社1年目の新人ペーペーが、クリスマスにデートだなんて浮かれてるのか。
逆にそう思われるのも、何となく嫌で—そんな事を言う人ではないと、思ってはいるけど—曖昧に笑ってごまかす。


「お疲れ様でした、失礼します」

エレベーターを降り、一礼してから駅へと急いだ。


待ち合わせの時間は19時。
それも、社から離れた横浜で。

待ち合わせまでは少し時間あるけれど、とりあえず向かおう。
そう思い、来た電車に飛び乗る。
電車の中でスマホを確かめると、航平からはまだ連絡がなかったので、こちらの状況だけを簡潔に伝える。


待ち合わせの場所についたのは、約束より30分ほど早い時間だった。
スマホを見ると、航平も社を出たとの事だったので、スタバで時間を潰す事にする。

カバンの中には航平へのプレゼント。



——航平、喜んでくれるかな?
喜んでくれたらいいな。

緩みがちになる頬を引き締め、彼の到着を待つ。
そんな時間も楽しくて心躍る。


「お待たせ」

航平が到着したのが、約束の時間5分前。
そこから2人で手を繋ぎ、航平が予約してくれたという店に向かう。


2人ともあまり肩肘張った雰囲気は得意ではない。
それでも彼が選んだお店は、夜景で有名なカジュアルイタリアンのお店だった。
いかにも定番といった店内は、さすがにイブの晩だけあって、カップルでいっぱいだ。


そんな人々の間を縫って通されたのは、夜景を眺めながら食事のできるカウンター。

「すご…」


昨年まではクリスマスと言っても、晩にデートする事はなかった。
せいぜいお昼にちょっと気取った食事をして、プレゼントを交換する位。

それが今年は…なんか違う。


数日前、航平から

「イブのお店予約取れてるから、いつもより可愛いカッコしてきて」

と連絡が来た事を思い出す。


なんだろう…この、落ち着かない気分。
すごく、何ていうか大人になったような…。
いつもそうなんだけど、今日は特別女の子扱いされている、そんな感じ。


席に着くと、すぐに乾杯のシャンパンが来たので、軽くグラスを掲げる。

しゅわしゅわと軽い泡が口の中で弾け、喉を滑り落ちてゆく。


「何これ、美味しい」

思わず目を見張った私に

「これなら甘くて、アルコール苦手な那月でも飲みやすいかと思ったんだ」

と、微笑みながら航平が言う。


目を細めるその仕草が、その眼差しが、あまりにも優しくて、何だか顔が火照ってしまう。

「うん、とても飲みやすい」

「でもアルコール度数は結構高いから、飲み過ぎるなよ」

照れくさい気分でチビチビ飲んでいると、綺麗に盛り付けられた前菜が運ばれてきた。

「わ、綺麗」


どの料理も美味しくて、目にも舌にもご馳走だった。

美味しい食事に綺麗な夜景。

半分くらい忘れそうになっていたけど、そういえば今日はクリスマスイブだった。


「あのね、航平にプレゼントがあるんだ」

「奇遇だな、俺も那月に渡したいものがあるんだ」

お互い顔を見合わせて、ニッコリと微笑み合う。


私が用意したのは財布。
彼の好きなブランドの新作だ。

「お!これ好きなヤツ。
ありがとな、大事に使わせてもらう」  

スッキリとしたデザインに、機能的な長財布で正解だったみたい。
ニカッと笑う航平に、喜んでもらえて良かったと安堵する。


航平がくれたのは、シンプルなダイヤのペンダント。
夜景に負けないくらいキラキラ輝くダイヤを、手にとってみる。


「これくらい控えめなら、職場につけて行っても目立たないと思うんだけど」

「ん、そうだね」

見る角度によって、煌めきが変わるダイヤは見飽きる事がない。
それに…時計はプレゼントされた事があるけど、アクセサリーは初めてで何だかくすぐったい。


「気に入ってくれたようだな」

「ありがと…すっごく綺麗、ずっと見ていたい」

ダイヤからなかなか目が離せない私に、苦笑する航平。


「俺は、それをつけた那月が見てみたいな」

本当は俺がつけてあげたいんだけど…と、照れた口調で言う彼の顔は、トマトみたいに真っ赤で。
こちらまで恥ずかしくなりながらも、髪を片側に流してつけてみる。


「どう…かな?」

「うん、よく似合う」


見つめ合ったまま、お互い照れてしまう。



——何だかな~。
傍から見たら、私達って相当なバカップルじゃない⁈

さり気なく周囲を伺うものの、今日はクリスマスイブ。
周りも似たり寄ったりな感じだった。


その時、意を決した様子で航平が私の左手を取った。

「ホントは、指輪を送りたかったんだけど…まだ時期じゃないっていうか。
綾香ちゃんの事もあるし。
だから、ここ、予約していいか?」

左手の薬指に触れながら言う彼は、微笑んでいるのに目が真剣で。
触れた指先から、見つめる視線から航平の気持ちが、想いがストレートに伝わってくる。


「…はい」

不意に胸がいっぱいになり、そう囁くのが精一杯だった

感想 0

あなたにおすすめの小説

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

訳あり冷徹社長はただの優男でした

あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた いや、待て 育児放棄にも程があるでしょう 音信不通の姉 泣き出す子供 父親は誰だよ 怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳) これはもう、人生詰んだと思った ********** この作品は他のサイトにも掲載しています

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

君に何度でも恋をする

明日葉
恋愛
いろいろ訳ありの花音は、大好きな彼から別れを告げられる。別れを告げられた後でわかった現実に、花音は非常識とは思いつつ、かつて一度だけあったことのある翔に依頼をした。 「仕事の依頼です。個人的な依頼を受けるのかは分かりませんが、婚約者を演じてくれませんか」 「ふりなんて言わず、本当に婚約してもいいけど?」 そう答えた翔の真意が分からないまま、婚約者の演技が始まる。騙す相手は、花音の家族。期間は、残り少ない時間を生きている花音の祖父が生きている間。

夜の帝王の一途な愛

ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。 ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。 翻弄される結城あゆみ。 そんな凌には誰にも言えない秘密があった。 あゆみの運命は……

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?