灰かぶりの姉

吉野 那生

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入社6年目『ソツスキ〜』の那月目線

新プロジェクト


矢野本部長のお名前は耳にした事がある。

5年前のあの時、私達の側についてくれた島田本部長の退任後、その座に就いたやり手だとか。


5年前のあれは、別に私達に同情したからでも人道的措置を取ったからでもないと、数年たった後、島田本部長から頭を下げられた。

「あの男の悪事を暴きたい、そのチャンスを窺っていたの。
もちろんあなた方の事は同情もするし、営業員を統括する立場にある者として、申し訳なくも思うけれど。

でもあれは…そうね、個人的な恨みを晴らすためのものだった。
それは否定できない。
だからあなた方を利用する形になってしまった事はお詫びするわ。
本当に申し訳ない事をしました」

頭を下げる島田本部長に、最初は驚いたものの…理解が追いつくと、どうしても聞きたい事があった。

「あの…、お嬢様は?
退職された後、どうなさったのですか?」


かなり踏み込んだ、不躾な質問であったにもかかわらず、島田本部長はちゃんと答えてくれた。

「あの子は当時、結婚の約束をしていたのですが、それは駄目になってしまいました。
根も葉もないでっち上げで、一時は身も心も傷つきましたが、今は良い方と巡り合い幸せに暮らしています」

それを聞き、何となく両肩から重たい荷物がなくなった気がした。


理不尽な目にあい辛い思いをした人でも、今は幸せに暮らしている。
その姿に、勝手に自分を重ね合わせた。
私も、幸せになれる。
どこかでそう、信じたかった。


「それは…良かったです」

「えぇ、本当に。
国枝さん、貴方も色々と辛い思いをされたと思います。
でも幸せになる権利は誰にも奪えない、それだけは覚えていてくださいね」

そう言ってくださった島田本部長も、退職された。

   * * *

そして今、新しい本部長の矢野さんが私の目の前に座っている。

「この春、製造、営業、事務方、年の差などの垣根を取っ払ったチームを作り、新しいプロジェクトを立ち上げる。
ついては国枝くん、君にもプロジェクトに参加して欲しいのだが」

矢野本部長の語るプロジェクト。
それは営業、製造、総務や経理といった事務方の少数のチームを作り、新しい商品の開発から売り込み、販売までを一手に担うという、今までにない企画だった。


営業のトップは北条さん。
製造の担当者は今西さん。

社内でも有名な、あのお2人と一緒に仕事ができるという事は、とても魅力的だ。
しかも、わざわざ私に声をかけてくださったという事も、光栄な事だ。

考えるまでもなく、お断りする理由はどこにもなかった。


「大変魅力的なプロジェクトだと思います」

「そうかね?では…」

「はい、ありがたく参加させていただきたいと思います」


経理部に来て4年。
時期ごとに慌ただしさの差はあれど、変わり映えのしない今の業務に、いつもと同じ毎日の繰り返しに、ほんの少しだけ飽きてきたのかもしれない。

ううん。
変わりたかったのかもしれない…。


強くなりたい。
変わりたいと思い、実際強くもなった。
悪意を躱す術も身を守る術も、多少は身につけた。
あの頃、徒手空拳だった私は鎧を身につけるようになった。

その鎧は、時が経つにつれ堅牢さを増し体に馴染んでいった。
慇懃無礼になりかねない口調と、誰であっても変えない態度。
人を簡単に寄せ付けない為の鎧は、私にとって必要なものだったけれど。
当然、交友関係は驚くほど広がらなかった。


とはいえ、何の面白みもない私でも、やはり人恋しい時もある。
誰かとたわいもない話をしたり、愚痴を言い合ったり、ただそばにいたり。

そんな時そばにいてくれたのは、ゆづただ1人だけ。

ヤマアラシのジレンマだね、と笑うゆづは今まで私を見捨てる事なく、ずっとそばにいてくれた。


そんなゆづ以外にも、私を評価し選んでくれる人がいた。
その事実に胸が震えた。

今までの仕事ぶりを見て、プロジェクトメンバーに選出してくださったのだとしたら…その期待に応えたい。
選んで良かったと思われたい。


そんな思いを抱くのも、久しぶりだ。

そう気づいた瞬間…唇が笑みの形をかたどっていた。

  
  *



そして、周囲の人は驚いたわけですよ。
あのアイスドールが微笑んだ!と(笑)


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