灰かぶりの姉

吉野 那生

文字の大きさ
48 / 56
入社6年目『ソツスキ〜』の那月目線

鎧を脱ぎ捨てて


航平が居なくなるかもしれない。


それは、はるかに予想を上回る恐怖だった。
その恐れは容易く私の仮面を切り裂き、鎧を打ち砕いた。

そして、次に胸を占めたのは後悔だった。


5年前の私は、航平の愛に返せるものが何もなかった。
まともに触れ合う事も抱き合う事も出来なくて、ただ怯えていたあの頃。
私が怯えるたび、航平の目に傷ついた色が浮かんだ。

私の事情を理解してくれている。
そう思ってはいたけど、このままじゃ私に呆れて…愛想をつかしてしまうんじゃないか。
彼の方から離れていってしまうのではないかと不安だった。


愛していたからこそ、怖くて、不安で、心細くて。
航平の気持ちを信じる事が出来なかった。



——私の弱さが航平を傷つけるのなら、いっそ…。

そんな自分勝手な考えで距離を置いた。


でも、今ほど自分の身勝手さを後悔した事はない。
 

航平を失うかもしれない。
そんな状況に陥って、ようやく胸の奥底に燻っていた想いをハッキリと自覚したのだから。
5年間、蓋をして見ないふりをしてきた航平への想いを。

   * * *

処置室から出てきた航平は車椅子に乗せられていた。
CT室へ向かうというので、看護師さんに代わってもらい私が車椅子を押す。
 

その際、自分の処置が終わっていた門馬さんが

「国枝さん、野口くんのこと頼むな。
俺は一足先に社に戻って報告しておくから」

と、ピラピラ手を振り帰っていった。


「で?門馬さんの怪我の具合はどうだった?」

「あ、うん、左手首の骨折で全治3週間だって。
すごい事故だった割に2人とも怪我が軽くて、警察の人も驚いてた」


航平も門馬さんも、お互い怪我人であるがゆえに自分の処置で精一杯で、相手の事まで気遣うゆとりはなかったのだそう。

私がそう告げると、航平はほっとした様子で顔を緩めた。



車は修理する事が難しいほど大破したのに、運転していた航平も、助手席に乗っていた門馬さんも奇跡的に骨折だけで済んだ。

その事実を聞いた時、改めて体が震えた。

万が一、少しでもぶつかった位置がずれていたり、加わった力が大きかったりしたら…。
今頃、航平とこうして会う事は出来なかったかもしれない。


特に神様を信じている訳ではない。
どちらかというと、父も、母も義父も守ってくれなかった神を恨んだ時期もあったけど。

…この時ばかりは感謝したくなった。
航平(と門馬さん)を助けてくれた、その事に。


「野口 航平さんですね。
付添いの方はこちらでお待ちください」

CT室の中から出てきた技師に言われるまま、近くのベンチに腰を下ろし、扉の向こうに消えた航平を待つ。


しばらくして出てきた航平の車椅子を押して、また救急へ戻ってCTの説明を受け、会計をして薬と松葉杖を受け取る。


航平が無理の効かない身体だからではない。
ただ、自分の思いを自覚した今、一方的に距離を置くような、そんな事はもうしたくなかった。

   * * *

松葉杖をついた航平を支えながら社に戻ると、Zeroの全員が驚き半分興味半分で私達を出迎えた。


「国枝さんてば、何も言わずに飛び出していくんですもん。
びっくりしましたよ」

「あ…ご、ごめん」

くすくす笑いながら冗談ぽく言う原沢さんの言葉に、仕事をほったらかし…どころか、行き先さえ告げずに出てきた事を思い出す。



——どれだけ周りが見えていなかったんだ、私ってば。

羞恥のあまり、耳まで真っ赤になった私を皆ギョッとした顔で見つめた。


「まぁまぁ。
それより野口くん、怪我はどうなの?」

門馬さんが訳知り顔で助け舟を出してくれたけど、それにしてはニヤけ…にこやか過ぎる。


——なんなの?一体。


「あ、はい。
右足の骨折が全治1ヶ月。
あとはごくごく軽いむち打ちでしたが、そっちはなるべく安静にして湿布貼っときゃ治るだろうって」

「て事は…俺も野口くんもプレゼンは難しいって事だな」



——そうだった。

3日後に四菱で行われるプレゼン。

航平と門馬さんが担当で、連日2人で用意していたのに…。
この怪我では重い機材や資料を運び込む事は出来ても、プレゼンを行う事は無理だろう。



「門馬!野口!」

案の定、本部長に呼ばれた2人は

「申し訳ありませんでした!」

開口一番、頭を下げている。



部長室で、航平と門馬さんがひたすら頭を下げているところへ、今西さんと北条さんが戻ってきた。


「野口君と門馬さん、どうしたの?」

小声で尋ねた今西さんに原沢さんが答える。

「2人とも社の車で事故に遭ったんです。
って言っても信号待ちしてたら、後ろからドカーン!だそうで…」


心配そうに顔を見合わせた北条さんと今西さんに気づいたのか、本部長が2人を呼び出した。

入れ違いで戻ってきた航平と門馬さんは、やや肩を落としている。

「門馬さん、仕方ないですよ。
今の俺たちじゃベストは尽くせない」

「そう…そんなんだけどさ、タイミング悪いよな」

 
あんなに一生懸命準備していたのに、北条さんと今西さんがピンチヒッターという事で、3日後のプレゼンに臨むらしい。


口では大丈夫そうな事を言っているけれど、密かに落ち込んでいる航平に

「残念だったね」

と言えばいいのか、それとも

「また次があるよ」

と言えばいいのか、悩んでいるとバッチリ目があった。


私の表情を読んだのか、苦笑しながら声に出さずに

『バカ』

と言ってくる航平に、ツンと顎をそらす。



そんな私達を門馬さんは優しく、他のみんなは驚きをもって見守っていた事を、この時はまだ知らなかった。


   *


鎧を脱ぎ捨てて…と言っても、勇気だけの素肌ではありません、あしからずw

感想 0

あなたにおすすめの小説

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

訳あり冷徹社長はただの優男でした

あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた いや、待て 育児放棄にも程があるでしょう 音信不通の姉 泣き出す子供 父親は誰だよ 怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳) これはもう、人生詰んだと思った ********** この作品は他のサイトにも掲載しています

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

君に何度でも恋をする

明日葉
恋愛
いろいろ訳ありの花音は、大好きな彼から別れを告げられる。別れを告げられた後でわかった現実に、花音は非常識とは思いつつ、かつて一度だけあったことのある翔に依頼をした。 「仕事の依頼です。個人的な依頼を受けるのかは分かりませんが、婚約者を演じてくれませんか」 「ふりなんて言わず、本当に婚約してもいいけど?」 そう答えた翔の真意が分からないまま、婚約者の演技が始まる。騙す相手は、花音の家族。期間は、残り少ない時間を生きている花音の祖父が生きている間。

夜の帝王の一途な愛

ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。 ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。 翻弄される結城あゆみ。 そんな凌には誰にも言えない秘密があった。 あゆみの運命は……

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?