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入社6年目『ソツスキ〜』の那月目線
日々の攻防〜航平〜
「今…なんか、国枝さん泣いてませんでした?」
「さぁ?目にゴミでも入ったんじゃない?」
原沢と藤川がヒソヒソと話すのを聞き流し、ゆっくりとした足取りで離れてゆく那月の後ろ姿を見つめる。
目があったのは…それ程の至近距離にて那月を見つめるのは、実に5年ぶりの事だった。
那月は、覚えていた頃よりも全体的にシャープになった気がした。
癖のない綺麗な黒い髪は、肩につかない程度に短くなり、パンツスーツと相まって中性的な雰囲気を醸し出している。
怜悧な表情は冴え冴えとして、まるで人形のようだ。
——目が、逸らせない。
昔から綺麗だと思っていたけど、こんなにも惹かれるのは…何故だろう。
視線を絡ませたまま、互いの出方を窺っていると
「野口さん、お久しぶりです。
こちら、総務の原沢さん。
原沢さん、こちら技術の野口さんです」
痺れを切らせたのか、藤川が割って入った。
「あ、初めまして。
原沢です、よろしくお願いします」
「どうも、野口です。よろしく」
まだ半分以上、那月に意識を奪われたまま頭を下げると、改めて彼女の方へ向き直る。
「な…」
名前で呼ぼうとしたのは、わざとではない。
けれど、断固とした口調でそれを遮った那月の目元は、確かに潤んでいた。
微かに強張った肩のラインと意識的な深呼吸からも、彼女の強がりが見て取れる。
——本当は、もっと話したかったんだけどな。
とはいえ、それは外野のいない時にゆっくりと。
そう思い直し、ゆるく頭を振って気持ちを切り替える。
* * *
矢野本部長の挨拶の後は、各自自己紹介。
そのまま今の売れ筋製品の改良から派生して、新型の製品を開発する所まで話が進んだ。
新しく俺の上司となったのは、今西 悠香。
女性だという事にも驚いたが、年齢を聞いてまた驚いた。
——俺より、下か。
別に男尊女卑の思想を持つわけでも、年上は無条件で尊重して敬えなどと、時代錯誤な事を言うつもりもない。
彼女には彼女なりの、抜擢された理由がある筈だから。
俺が本社に戻って早々、プロジェクトに選出されたのと同様に。
その理由はすぐにわかった。
昨年、東北でも…いや全国的にかなりの数を売り上げた新製品。
あれの開発担当が彼女だというのだ。
あのシンプルで無駄のないフォルム。
性能と強度をギリギリまで計算し、流れるようなラインに仕上げる技術。
悔しいが、あれを作ったのが彼女だというのなら、その下で働く事に何の異存もない。
キリの良いところで昼休憩となり、本部長を先頭に皆で親睦を深めるとの名目でランチに繰り出す。
——この辺も変わったな。
5年の間に、工場に隣接して新社屋が建ち本社の移転が完了していた。
その工場自体も建て替えと増築が終わり、見違える程綺麗になっている。
そんな事も含めて、那月と話がしたい。
…のだが、さっきから入れ替わり立ち替わりメンバーが話しかけにやってくる。
まぁ、これから先、一緒にやってくメンバーの事を知りたいと思うのは普通だよな。
コミニュケーションも大事だ。
それはわかる。
わかるんだが…。
結局、今日は1日那月と話が出来なかった。
もしかしなくとも…避けられてるのか?
気がつくと、すでに帰宅しているし。
那月に逃げられたので、仕方なく帰り支度を始めていると
「百聞は一見にしかず。まさにその通りでしたね」
後ろから聞き覚えのある声がかけられた。
「何だよ、それ」
振り向かなくても、もはや覚えてしまったその声は、案の定藤川のものだった。
「何回あなたの話をしても、表情を変えなかったナツが、一目あなたを見た瞬間に泣きそうな顔してたじゃないですか」
「…なぁ、あんたヒマなのか?」
ずいぶんな言い草だとは思う。
が、何が目的で俺の周りをうろちょろするのかわからない、自称「那月の親友」に辟易し始めているのも事実なので、ため息混じりにそう尋ねる。
すると、藤川は器用に片方だけ眉を跳ねあげた。
「まだなんか企んでいるのか?
…余計な事するなよ」
「何ですか?余計な事って」
食えない笑みを浮かべる藤川を、じっとり睨め付ける。
こういう口の減らない女に勝てた試しのない俺は、黙って肩を竦めた。
「まぁ、頑張って「アイスドール」を「国枝 那月」に戻してくださいよ。
ナツはあなたを避ける気満々のようですけど?」
「…アイス、ドール?」
聞き覚えのない単語に眉を顰めると、まるで内緒話をするように藤川はちょいちょいと手招きをした。
仕方ないので耳を寄せる。
「ナツの事です。
案外あのクールな感じが人気あるんですよ。
社内でも今西さんと人気を二分していて」
それは…とても、とてもおもしろくない情報だ。
だが、今の話の流れから察するに…
「もしかして、けしかけてんの?
だとしたら余計なお世話。
友達想いも大概にしとかないと、馬に蹴られるぜ」
「馬じゃなくて野口さんに、ですよね?
まぁ、蹴られるのは嫌なんでここはおとなしく退散しときます」
最後まで減らず口を叩いて、軽やかに去っていく藤川の背を複雑な思いで見送った。
——それにしても、アイスドールね。
確かにその表現は、今の那月にはピッタリだ。
…面白いじゃないか。
お人形さんがどこまで逃げ切れるか、試してやろうじゃないの。
那月が頑なに態度を崩さないのなら…。
俺を徹底的に避けるというのなら、こっちにも考えがある。
また1から那月との関係をスタートさせていくのも、アリかもしれない。
一度は離れたけど、だからと言って壊れた訳でも失くした訳でもないのだから。
2人で過ごした思い出も、その想いも。
こうして、那月と俺のすれ違いと追いかけっこの日々が始まったのだった。
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