灰かぶりの姉

吉野 那生

文字の大きさ
46 / 56
入社6年目『ソツスキ〜』の那月目線

高嶺の花〜航平〜


「より良いモノを。
その情熱は素晴らしいし、気持ちはわかります。
しかし…何ですか、この計算は。
予算は限られているんです。
自然と湧いてくる訳でも、空から降ってくる訳でもない。

どんなに良いモノでも完成させてこそ、売れてこそでしょう?
金をかければ良いモノができる訳じゃないんですよ?」


一気に言い切った那月は、次の瞬間しまったという顔をした。

といっても、その表情の変化に気づいたのはおそらく俺だけだろう。

「アイスドール」と影で噂されている那月は、確かに滅多な事では表情を崩さない。
それは感情を表に出さない事で自分を守る為だと藤川に聞いたが、だからといって感情のない冷たい人間でない事は、俺が1番よく知っている。

今のだって、若干みんなが鼻白んだのを察知し、言い過ぎたか⁈と焦ったんだろう。



——今のは良いモノを作りたいという熱意が溢れて議論が白熱し、同時に費用の試算も跳ね上がっていったからだよな。

経理として、費用対効果を見極める事は重要な役割なんだろうし。
かけたコストに見合うか、それ以上の利益が出なければ、このプロジェクトは成功とは言えない。

コスパと顧客満足度を見極めるのは、営業の大切な仕事だと思うのだけど…どうも今回ばかりは製造の熱意に押され気味のようだ。

まぁ、熱くなった俺らも悪いんだが…。



心なしか白けた雰囲気をとりなすよう

「まっ、そうだよな、国枝さんの言う事も一理ある。
どんなに良いモノを作ったとしても、費用対効果の低い物じゃダメなんだ。
より良いものを低コストで。
ここが難しい訳だが、そこは製造に頑張ってもらわないとな。
その為にも俺達営業も、もっと情報を集めて来なきゃならん訳だが」
 
北条さんが発言してくれたおかげで、場の空気は元に戻った…一応。


「そうね、限られた予算内で最高のモノを作る。
確かに製造の腕の見せ所だわ。
お金をかければ良いモノができるという訳でもないのだし、どんなに良いモノでもお客様に満足していただかないと意味がない。

少し議論の方向性を間違えていたみたいね、国枝さん、ありがとう。
ここで一旦、休憩を入れましょうか」

今西さんもフォローしてくれたおかげで、皆の雰囲気が和んだ。



「すみません、差し出がましい事を言いました」

散会し、各々飲み物を取りに離れたところで、今西さんに近づき那月が頭を下げた。

「いいえ、全然。
国枝さんもチームですもの、差し出がましいなんて事はないのよ。
それに今のは私も熱くなりすぎたわ。
コスパを忘れるようじゃ、まだまだよね」


悪戯っぽく微笑む今西さんは、癒し系というか確かに人気が出るのがわかるような、ふんわりした人だ。



それにしても癒し系の今西さんと、クールな那月。
社で人気を二分しているという2人が並んで立っているというのは…なかなか壮観だ。


——なんて言うか…目の保養?


「しっかし豪華なメンバーだよな、Zeroも。
あの今西さんと国枝さんが並んで立つなんて、目の保養でしかないだろ」

…心の声が漏れたのかと思った。


振り向くと、意外にも真剣な眼差しで2人を見つめている北条さんがいた。


この人の噂は…耳にした事がある。

「来る者は拒まず、去る者は追わず」がモットーで、女性の噂の絶えた事がないだとか。
ライバルを蹴落とし部下の実績を奪い、若くして営業1課の主任になった超やり手だとか。

だが、そんな無責任な噂ほどあてにならない物はない。


「そう…ですね」

否定も肯定もせず、無難に相槌をうつ俺を一瞥し、北条さんは表情を緩めた。


「さっきのは、俺らもだいぶ熱くなってしまったからな。
採算度外視して作り始めたって、完成出来なきゃこのプロジェクトは頓挫する。
それを思うと、国枝さんはいいストッパーだと思うぜ」

女同士で何を話しているのか、楽しそうな2人を見つめる北条さんの視線は、とても優しい。


「なんせ、モノづくりの事となると暴走しがちだもんな、今西さん」

…というか、那月はおまけで優しい目で見ているのは今西さん、というとこか。



——それにしても。
今、気になる事をさらっと言われたような…。

「暴走…しがち?今西さんが」

あの穏やかで優しげな人が、暴走?

なんだか…今西さんにはそぐわない単語のような気がして首を傾げると、逆に北条さんは不思議そうな顔をした。


「いや、そうだろ。
現場では男顔負けの大声で怒鳴るわ、作業着が汚れるのも力仕事も厭わないわ、自ら大型トレーラー操って機材取りに行くわ。
試作品が納得いかないからって、工場に泊まり込んで完徹で作り上げるわ。
って…、あれ?知らない?」

「いえ、3月まで東北にいたもので」

北条さんの語る「今西さん像」と目の前の今西さんが、全くもって重ならない。



——それ、本当に今西さんの事なのか?

そう思っていた俺は…まだ知らなかった。


現場での今西 悠香を。


彼女に

「野口!」

と怒鳴られる未来を。
感想 0

あなたにおすすめの小説

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

訳あり冷徹社長はただの優男でした

あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた いや、待て 育児放棄にも程があるでしょう 音信不通の姉 泣き出す子供 父親は誰だよ 怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳) これはもう、人生詰んだと思った ********** この作品は他のサイトにも掲載しています

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

君に何度でも恋をする

明日葉
恋愛
いろいろ訳ありの花音は、大好きな彼から別れを告げられる。別れを告げられた後でわかった現実に、花音は非常識とは思いつつ、かつて一度だけあったことのある翔に依頼をした。 「仕事の依頼です。個人的な依頼を受けるのかは分かりませんが、婚約者を演じてくれませんか」 「ふりなんて言わず、本当に婚約してもいいけど?」 そう答えた翔の真意が分からないまま、婚約者の演技が始まる。騙す相手は、花音の家族。期間は、残り少ない時間を生きている花音の祖父が生きている間。

夜の帝王の一途な愛

ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。 ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。 翻弄される結城あゆみ。 そんな凌には誰にも言えない秘密があった。 あゆみの運命は……

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?