灰かぶりの姉

吉野 那生

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入社6年目『ソツスキ〜』の那月目線

ジェラシー?の裏側


北条 智という人は、とにかくモテる。


端正な容姿に細身ながら引き締まった体躯、高学歴で高身長で高収入。
ひと昔どころかふた昔前に流行った3Kを地でいく好物件だとゆづが言っていた。

爽やかで人当たりが良くて何をやらせてもソツなくこなし、若くして営業1課の主任となったやり手。
もちろん自分の容姿が相手にどう作用するのかも知り尽くしている。
かといってそれが鼻についたり、イヤらしさを感じさせる事はない。

半分以上は彼をやっかむ人が流した噂なのだろうけど、「来る者拒まず去る者追わず」とか「入れ食い状態」とか、結構酷い噂も耳にする。
彼の耳にも届いている筈なのに、飄々として気にもとめていない所はさすがだと思う。


そんな北条さんが。
最近まるで中学生男子…いや、番犬のごとき態度、なのらしい。
私はよくわからないけれど、ゆづや美里—原沢さん—、Zeroの男性陣が話しているのだから、そうなんだろう。

悠香さんに群がる男性を牽制、威嚇し悉く撃退。
その言動に一喜一憂し、いつも目で追っているくせ素直に構ってとも言えず、尻尾だけは勢いよく振られていて。
最後は天然な彼女の言動に撃沈。


ある意味とってもわかりやすい行動で、悠香さんにアピールしているのだそう。

もっとも…それが伝わっているとは思えない。

天然というか、自分を卑下する所がある悠香さんは、どうも「北条さんが私なんか相手にする筈ない」と思い込んでいる節が見られる。
というか、実際そう口にしている現場に居合わせた事もある。



発端は、北条さんと悠香さんの仲を疑う女性社員3人が、Zeroへ押しかけてきた事。

 3対1というだけでもどうかと思うのに、彼女らは若さとやらを武器に言いたい放題だった。

聞き耳をたてていた訳では断じてない。
けれど聞こえてきた内容は、失礼で不躾で当事者でなくても不快なものだった。


だと言うのに…困ったように微笑みながら

「北条さんが私なんかを相手にする訳、ないでしょう?
私も彼もただの同僚よ」

と言う悠香さんに、真剣に頭が痛くなってきた。



それにしても、一体自分達のどこが悠香さんに勝っていると思えるのだろう。

見た目…は好みだからともかくとして。
経験と実績、社に対する貢献度、人当たりの良い優しげな笑みに隠された胆力、決断力、実行力、統率力。

どれを取っても太刀打ち出来ないであろう相手に、よくもまぁこれだけ派手に喧嘩を売れたものだと思う。

せいぜい勝てるとしたら若さだけのお嬢ちゃん達が、社内のアイドルをおばさん扱いなんて。


心なしか周囲の彼女達を見る目も冷たいモノに変わっているというのに、気付かずに言うだけ言って去っていく子達に、悠香さんはため息をついた。


「職場に何をしに来てるんですかね?」

ポツリと漏れた独り言に、Zeroの皆が激しく同意した。

   * * *

それから3日後の事だった。

残業中、職場にはおよそ相応しくない嬌声にふと顔をあげると、先日押しかけてきたお嬢ちゃんの1人が、北条さんに纏わりつくようにして歩いてくるのが見えた。

私だけでなく、皆の彼女を見る目が険しいものになる。
その視線に気付いたのか、一瞬挑発的な笑みを浮かべ、次の瞬間にはまた北条さんにしなだれかかる。


「もうお仕事終わりだったら、一緒にご飯食べに行きましょうよ。
あたし美味しいトコ知ってるんです」

明らかに意識した甘えるような声に、密かに嘆息する。


——だから、本当に何しに来ているの?職場に。
そっちは仕事終わったかもしれないけど、こっちはまだ残業中よ。

苦りきった顔をしつつ、北条さんが助けを求めるようにこちらにチラリと視線を向けた。


——いや、気持ちは分からなくもないですけど、貴方がちゃんと断ってくださいよ。

そう思い、目をすがめ半眼で見つめ返すと、横から


「せっかくのお誘いなんですから、行ってらしたらどうですか?」

営業用スマイルで悠香さんが言ってのけた。

それを見て、一瞬苛立ったように眉を顰めた北条さんは、すぐに何事もなかったかのようにヘラリと笑うと

「じゃ、お先に」

とそのまま行ってしまった。



その後ろ姿に、一種重苦しい空気が立ち込める。
門馬さんなどはあからさまに溜息をついているし、悠香さんも俯いて唇を噛み締めている。


——あーもう!
ほんとに素直じゃないんだから。

そんな顔をするくらいなら、行ってきたら?なんて言わなきゃいいのに。
仕事となると、その辺の男よりもタフで強かで隙がないのに、プライベートとなるとどうしてこうなのか。

そこもまぁ、今西 悠香の魅力ではあるのだけど。


「お疲れのようだし、今日はもうこの辺にしときましょう。
さっきの子じゃないけど、良いトコ知ってますから飲みに行きませんか?」

仕事を切り上げ、机の上を片付けながらそう声をかけると、悠香さんが弾かれたように顔を上げた。
驚いた顔が、すぐに悪戯っぽいものに変わる。


「誘ってくれたからには那月の奢りよね?」

「ザルのあなたが、1滴も呑めない私にそれを言うんですか?」


良い店を知ってるとは言ったけれど、安い飲み放題の店にしてやろうかと考えた私に

「あらやだ、私、ザルじゃないわよ。
ちょっと人より強いだけで」

澄ました顔で反論する悠香さん。


——ちょっと、じゃないですよね?
大抵の人より強いの間違いでしょう。

とはいえ、軽口を叩けるようならまだ大丈夫かと、さっさとエレベーターホールに向かう。



お酒が全く飲めない訳でもないし、飲みたい時もある。
最初から大ジョッキでガンガン飛ばす悠香さんに付き合うように、シャンディガフを少しずつ飲む。

「全く…お互い素直じゃないんだから。
いい加減認めたらどうですか?
北条さんが好きだって」

ある程度飲んで食べて、程よく酔いが回ったところでつい本音が出た。

「っ!…べつに好き…な訳じゃ…」


真っ赤な顔で否定する悠香さん。
でも…声に勢いがないし、表情が裏切っている。


——まさか、本当に自覚していないの?
だとしたら、北条さん報われないな。
いや、この場合は自業自得か。
それにしたってどっちもどっちだ。
ホントめんどくさい人達。


思わず溜息が出る。

「いいですよ?それでも。
でも気になって気になって仕方ないのは、事実でしょう?」

「それ…は」


今度は顎を引いてかすかに頷く。
だけどまだ、その目が泳いでいる。
あとひと押し…か?


「だから素直になったらどうですか?と言っているのですよ。
北条さんが他の女性と出て行くのを見て、あんな傷ついた顔するくらいなら、最初からニコニコ笑って行ってらっしゃいなんて、言わなきゃいいんです」

「それは、そうなんだけど……」

泣きそうな顔をされると胸が痛む。
けれどあえて心を鬼にしてトドメを刺す。


「あぁもう!
自分から突き放しといて、後で拗ねるなんて子供と一緒ですよ。
正直に言ったらどうですか?
北条さんを他の女に取られるのが嫌だって」

「っ!…そうよっ!
一緒にご飯を食べるのも帰るのも、私じゃなきゃイヤ」

思わずと言った様子で大声を出す悠香さんに

「やっと出ましたね、本音が」

やれやれと溜息をつく。


けれど、当の悠香さんは目を見開いたまま固まっていた。


——まぁ、自分の気持ちを整理する時間も必要だろう。
ようやく…気がついたみたいだし。
自分の本当の想いに。


そう思いはしたものの、だんだん表情が暗くなっていく悠香さんが心配になってくる。

「どうかしましたか?大丈夫ですか?」

「え?えぇ、大丈夫。
今更なんだけど、自己嫌悪に陥ってただけ」
 

——こんなに酔った悠香さん、初めて見るかも。

いつも優しい笑みに様々なものを隠しているのに、今は心許ない顔をして泣きそうになっているなんて…。
こんな無防備な悠香さん、北条さんは知っているのかしら?
…知っているんだろうな。
だから番犬よろしく、悪い虫を追い払っているのだろう。


「大丈夫ですよ。
多分北条さんは、食事なんて行ってないですから」

「…どうしてそんな事分かるの」

「見てればわかりますよ」

「あら、それってどういう意味?」

「分からない方が貴重だって事です」


シレッと告げると、また傷ついた顔をする。

「あぁもう、そんな顔しないでください!
もう、大丈夫ですか?帰れます?」

「…どうせザルだもの」

不貞腐れた顔をする悠香さんは、同性の私から見ても本当に可愛らしくて。



——この人の笑顔を守りたい。

ふと、そう思ってしまった。



 *

で、夜中番犬北条に連絡する訳ですよ。
ご主人様悠香さんをよろしくって。
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